薔薇の姫は夕闇色に染まりて

黒幸

文字の大きさ
上 下
44 / 73
第二部 偽りから生まれる真実

第37話 夕暮れと薔薇姫のラブゲーム・序

しおりを挟む
(アーベント視点)

 アリーさんの後輩フォレスタ嬢を我が家に迎え入れた。
 彼女を利用して夫婦円満なところを大々的にアピールする作戦だが、今のところ、順調と言える。

 ナイト・ストーカーのマニュアルは完璧である。
 このような事態においても完璧なスマイルで家庭的な男を演じるくらい造作もないことなのだ。
 だが、フォレスタ嬢は中々に聡いところがある。
 俺に微かな違和感を抱いているように見えた。
 用心するに越したことはない。

 しかし、俺はナイト・ストーカーだ。
 抜かりはない。
 この日の為にアリーさんとパミュとは綿密な打ち合わせをした。
 血の滲むような練習もしてきた。

 正直なところ、パミュが全てを理解してやってくれるとは思えない。
 だが、今のところ、を慕う健気な幼子を演じてくれているようだ。
 アリーさんとパミュは百貨店に出かけてから、急速に仲が良くなっている。
 そのことが良い方に働いたのだろう。

 アリーさんは演技というにはあまりにも自然体だ。
 いくら偽装夫婦だといってもあそこまで完璧に恥じらう新妻を演じられるものだろうか?
 ならば、彼女は本当に俺のことを気にしているとでも言うのか。
 いや。
 今はそこを気にしている場合ではないな。

 フォレスタ嬢がテーブルの裏に何かを仕掛けるのを確認した。
 アレは確か、市場に出回ったばかりの盗聴用の魔道具で間違いない。
 ふむ。
 アリーさんと二人で特訓した成果の見せどころが来たということだ。



 会食は実に和やかに終わった。
 最初は訝しげにしていたフォレスタ嬢もしまいには相好そうごうを崩していた。
 しかし、俺への警戒心はまだ、消えていないように思える。
 本人は隠そうとしているが、俺の目は誤魔化せない。

 パミュの屈託のなさ。
 恥じらいからと思われるアリーさんの意図せぬ自然な振る舞い。
 二人のお陰で彼女の警戒心がかなり、薄れたように感じられる。

 だが、フォレスタ嬢に我々の夫婦生活が円満であり、問題がないということを周囲に吹聴してもらわねばならない。
 あの魔道具を介して、止めを刺しておく必要があるだろう。

 会食が終わり、談笑している間にいつしか、窓から見える空は闇一色に塗りつぶされていた。
 パミュが眠そうに目を擦り始めたことから、これでお開きとなる。
 しかし、フォレスタ嬢にこのまま、帰ってもらう訳にはいかない。

「既に遅いので今日は泊っていかれてはいかがですか?」
「まぁ。それはいいですね」
「え? でもぉ、それではご迷惑になりませんかぁ?」

 そう言いながらもフォレスタ嬢のウサギ耳が僅かにピョコピョコと揺れていたことを見逃す俺ではない。
 しおらしいことを言っているのでアリーさんは完全に騙されているが、彼女の中で我が家に泊まることが前提だったと考えざるを得ない。
 あの魔道具はそれほどに効果範囲が広くないのだ。
 もっとも効率がいいのは同じ空間にいることだろう。

「ゲストルームがあるのでかまわないよね、
「え、えぇ。あ、あなたがいいのなら」

 はにかむように薄っすらと笑みを浮かべながら、恥じらうアリーさんの返答は演技なのか?
 それとも自然なのか?
 正直、俺にも見破れないのはなぜだ……。



 支度を終え、夜着に着替えたパミュが眠そうな顔で自室へと入っていく。
 いつも元気なパミュとはいえ、さすがに疲れたのだろう。
 そう思っているといつもの全てを見透かしているかのような不思議な視線を向けてきた。
 グッと親指を立て、部屋の扉を閉めた。

 一体、何なんだ、あの子は……。
 いかん。
 パミュに気を取られている場合ではない。
 例の作戦を実行する時が来たのだ。

 フォレスタ嬢も既にゲストルームに下がっている。
 彼女はどのような音が拾えるかと手ぐすねを引いて、待っていることだろう。

 アリーさんも既に入浴を済ませ、夜着に着替えている。
 先日、百貨店で購入した葡萄酒色ワインレッドのベロアキャミソールワンピースを早速、着てくれているようだ。
 彼女の蠱惑的な体つきを隠すどころか、強調している。
 選んだのは俺だが、これは失敗したというべきか?

 湯上りでほんのりと色付いた肌のアリーさんが、魅力的に見えている。
 いかん……。
 俺はナイト・ストーカーだ。
 いつ如何いかなる時でも冷静でなくてはいけない。

 全く、魔道具の存在に気が付いていないアリーさんにジェスチャーでテーブルの裏を指し示す。
 彼女はおっとりとしているが、百貨店での一件もあるように察しがいい人だ。
 すぐに気付いてくれた。

(やるんですね?)
(はい。特訓の成果を見せる時です)

 アリーさんのは分かりやすかった。
 俺の言葉がちゃんと彼女に伝わったのだろうか。
 少々、不安ではあったが彼女はわざと音が出るように椅子を引いて、腰掛けてくれた。
 これは内容が伝わったと考えてよさそうだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜

白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。 二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。 「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」 お好きにどうぞ。 だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。 賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

処理中です...