薔薇の姫は夕闇色に染まりて

第二部 偽りから生まれる真実

第34話 偽装夫婦、壁に当たる

「なるほど。アリーさんの後輩の方ですか」

　シルさんが難しい顔をするのは珍しいかもしれません。
　考え込んで眉間に皺を寄せている表情も素敵と思ってしまうなんて、私もかなり、おかしくなっしまったものだと思います。

　パミュさんは相変わらず、私とシルさんの顔を見比べるようにキョロキョロとして、顔を赤くしたり、青くしています。
　その様子にも慣れてしまったのはこの前、百貨店での一件パミュ誘拐未遂事件があったからでしょう。

「彼女が次の休みに遊びに来たいそうなんです」
「そうですか」
「パパ。ママ。アンジューよりウムがいい。パミュ、かすこいかしこいから、しってる」
「それは『案ずるより産むが易し』だな」
「パミュさんはお勉強をしないといけませんね」
「あっ。パミュ、ねつでてきた。ねるー」

　パミュさんが青褪めた顔でリビングから、逃げるようにお部屋に入ってしまいました。
　一体、どうしたのでしょう？

　私は純粋にパミュさんに護身術を教えたかっただけなのですが……。
　人体の構造とどこが弱く、効果的に壊すことが出来るのか。
　これが分かれば、非力なパミュさんでも身を守れると思ったのですけど。

　そう考えた途端にパミュさんがカッと大きく目を見開いて、私を凝視したのが不思議ではあります。
　まるで私の考えていたことを見透かしたみたい……。
　まさか！
　何ということでしょう。

　パミュさんと私には血の繋がりがありません。
　赤の他人なのに以心伝心……まるで親娘ではありませんか！

「あの……アリーさん、涙ぐんでどうされたんですか？」
「あっ。いえ、これは何でもありません。心の汗ですっ」
「は、はあ。それなら、いいのですが」

　シルさんが呆れている！？
　どうしましょう。
　それでなくてもティナが訪問するということで私の立場は危うい気がするのにこれ以上、信頼を失ったら……。
　「君との契約はこれまでだな。さようなら」とシルさんに言われる未来が見えます。
　いけません。
　どうにかしないと……何をどうすれば、いいんですか！？

「アリーさん。これはチャンスですよ」
「え？」
「僕達の結婚は偽装です。これはお分かりいただけているはずです」
「はい」

　改めて、偽装と強調されると少し、悲しいです。
　理解はしていました。
　お互いに利があるから、その手を取ったのに私ったら、変よね。

　白塗りと戦った時の毒の影響があるのかもしれない。
　でも、不思議なのだ。
　毒に耐性がある私でもあの猛毒は、少し寝たくらいで回復は出来ない。
　誰かが解毒薬の類を飲ませてくれたのだろうけど……。

　熱に魘うなされていた時、唇に何かの感触があったような。
　あれは何だったのかしら？

「ですが偽装ではあっても周囲から、怪しまれるようではいけません。本物の夫婦のように見せる必要があります」
「なるほど。ティナに私とシルさんがラブラブであると見せればいいんですね♪」
「あっ、ええ。そうですね。それが一番、効果的です」

　少し、焦った素振りを見せたシルさんだけど、すぐにいつもの調子に戻りました。
　白い歯を僅かに見せて、薄っすらとした笑みがとても素敵です。
　もしかしたら、彼の唇が私に……違う、まさか、そんな！？

　やはり、私はどこか、おかしくなっています。
　頭を打った覚えはないのですけど……。

「そうと決まれば、早速、練習しましょうか？」
「練習ですか？　え？　何の？」
「ラブラブ夫婦を実地で体験となりますが、大丈夫ですか？」
「は？　え？　えええええ！？」

　言うよりも早く、シルさんの顔が目の前にあって、彼の手が私の腰へと伸ばされていた。
　近い！　近いんですってば！
　顔だけではなく、身体までくっつきそう。
　もう息すら、感じられるくらいに近くて、頭がクラクラしてきそう。

「アリーさん？」
「ひ、ひゃぁい」
「大丈夫……ではなさそうですね」
「らいじょうぶれふ～」
「これは前途多難かな」
「が、がんばりみゃしゅ」
「焦らないで一緒に頑張りましょう」
「ひゃい」

　あぅぅ。
　こんなことでは本当に愛想を尽かされてしまうかも……。

　そんな感情が渦巻いている私の心の中が見えたとでもいうのかしら？
　シルさんはまるで泣いている幼子をあやすように私の頭に手を置いて、優しく撫でてくれました。
　ずっとこうしていて欲しいなんて、考えるのはいけないこと？

　私と彼の関係は偽り。
　いつか終わりがくると分かっているのに……。