36 / 73
第一部 薔薇姫と夕暮れ
第33話 彼は混乱していた
しおりを挟む
(アーベント視点)
変身を使わずに女性用のトイレに入るほど、無謀ではない。
ここは同じ女性であるアリーさんに探しに行ってもらうのが一番だろう。
パミュが何者かに誘拐されたという可能性を考慮に入れ、それとはなしに店員から、話術で聞き出すことに専念した。
幸いなことにパミュのように目立つ容姿の女の子が出入り口から、出た形跡はないようだ。
だが、まだ安心する訳にはいかなかった。
彼女はまだ幼く、身体も小さい。
大きな袋やカバンに詰めて、運ぶ可能性もないとは言えないだろう。
しかし、俺はなぜ、こんなにも焦っているのか?
偽装結婚をした以上、アリーさんとの仲を不自然に見えないよう周囲に見せる必要があった。
だが、パミュは違う。
彼女は完全にイレギュラーな存在だと言える。
あの屋敷がパラケ・ルッスースという不世出の錬金術師の持ち家だったとしてもあのような存在がいるとは誰も思わないはずだ。
むしろ、消えてくれた方が俺は動きやすいのではないか?
いや、そうではない。
パミュは誰も成し得なかった完全な人造人間。
その価値は計り知れないものだ。
決して、他国に情報を渡してはいけない。
それだけのことに過ぎない。
「シルさ~ん」
「パパ~」
お、おや?
アリーさんが無事にパミュを見つけたようだが……。
あの二人はあんなに仲が良かっただろうか?
手を繋いで歩いてくる姿はまるで本物の親娘のように見える。
パミュも心の底から、喜んでいるとしか思えない笑顔だ。
アリーさんがあんなにも慈愛に溢れた表情を見せるとは……。
俺一人だけが取り残されたように感じるのはなぜだ?
これが疎外感とでもいうものだろうか。
俺達の間に存在する絆は全て、偽りのものだ。
それなのになぜだか、分からないが俺は寂しさを感じている。
「だ、大丈夫ですか?」
「パパ。なくな」
アリーさんはあたふたとしているから、純粋に俺のことを心配してくれているとしか、思えない。
パミュの言い方と妙にどこか遠い目をした表情は微妙なものがある。
そこはかとなく、馬鹿にされている気がしない訳ではないのだ。
彼女なりに俺のことを気にかけている風ではあるが……。
何だと!?
今度は『その通り』と言わんばかりの顔をしてくる。
本当に読めない娘だ。
まさか、そんなはずはないと思うが、あの大錬金術師だけにないとも言えないが……。
「もう大丈夫ですよ。あ、あれ?」
「何しているんですか、アリーさん?」
「え? あの……シルさんの頭を……」
思わず、考えに耽っていたようだ。
必死に爪先立ちで背伸びをして、俺の頭に手を伸ばそうとしていたアリーさんの姿に今更のように気付いた。
俺の視線に気付くと頬を桜色に染めながら、おずおずと手を下げる姿が何とも愛おしく……何だ、おかしいぞ。
俺は今、何を考えていた?
「パパ。しなおになれ」
だから、お前のその顔は何なんだ!
……と出かかった言葉を必死に抑える。
いつ如何なる時であろうとも冷静であること。
これがナイト・ストーカーの鉄則である。
「夕食を食べてから、帰りましょうか」
「デナーたのしみ」
「ディナーな」
僅かばかりの苛立ちとそれを遥かに超える愛着に似た思いを隠しきれずについ、パミュの頭を撫でていた自分がいる。
そんな自分を見て、微笑むアリーさんがまるで女神のように……どうしたアーベント!?
おかしいな。
どうにも調子が狂った気がしてならない。
そうか。
アリーさんに解毒剤を飲ませる為、口付けしたのがまずかったのだ。
しかし、あれはそれ以外に手段がなかった。
仕方がなかったんだ。
「どうしたんですか? シルさん」
アリーさんの薄く色付いた桜色の唇が言葉を紡ぐと妙に心がざわついてくる。
なぜだ……。
「何でもありませんよ。さあ、行きましょうか」
変身を使わずに女性用のトイレに入るほど、無謀ではない。
ここは同じ女性であるアリーさんに探しに行ってもらうのが一番だろう。
パミュが何者かに誘拐されたという可能性を考慮に入れ、それとはなしに店員から、話術で聞き出すことに専念した。
幸いなことにパミュのように目立つ容姿の女の子が出入り口から、出た形跡はないようだ。
だが、まだ安心する訳にはいかなかった。
彼女はまだ幼く、身体も小さい。
大きな袋やカバンに詰めて、運ぶ可能性もないとは言えないだろう。
しかし、俺はなぜ、こんなにも焦っているのか?
偽装結婚をした以上、アリーさんとの仲を不自然に見えないよう周囲に見せる必要があった。
だが、パミュは違う。
彼女は完全にイレギュラーな存在だと言える。
あの屋敷がパラケ・ルッスースという不世出の錬金術師の持ち家だったとしてもあのような存在がいるとは誰も思わないはずだ。
むしろ、消えてくれた方が俺は動きやすいのではないか?
いや、そうではない。
パミュは誰も成し得なかった完全な人造人間。
その価値は計り知れないものだ。
決して、他国に情報を渡してはいけない。
それだけのことに過ぎない。
「シルさ~ん」
「パパ~」
お、おや?
アリーさんが無事にパミュを見つけたようだが……。
あの二人はあんなに仲が良かっただろうか?
手を繋いで歩いてくる姿はまるで本物の親娘のように見える。
パミュも心の底から、喜んでいるとしか思えない笑顔だ。
アリーさんがあんなにも慈愛に溢れた表情を見せるとは……。
俺一人だけが取り残されたように感じるのはなぜだ?
これが疎外感とでもいうものだろうか。
俺達の間に存在する絆は全て、偽りのものだ。
それなのになぜだか、分からないが俺は寂しさを感じている。
「だ、大丈夫ですか?」
「パパ。なくな」
アリーさんはあたふたとしているから、純粋に俺のことを心配してくれているとしか、思えない。
パミュの言い方と妙にどこか遠い目をした表情は微妙なものがある。
そこはかとなく、馬鹿にされている気がしない訳ではないのだ。
彼女なりに俺のことを気にかけている風ではあるが……。
何だと!?
今度は『その通り』と言わんばかりの顔をしてくる。
本当に読めない娘だ。
まさか、そんなはずはないと思うが、あの大錬金術師だけにないとも言えないが……。
「もう大丈夫ですよ。あ、あれ?」
「何しているんですか、アリーさん?」
「え? あの……シルさんの頭を……」
思わず、考えに耽っていたようだ。
必死に爪先立ちで背伸びをして、俺の頭に手を伸ばそうとしていたアリーさんの姿に今更のように気付いた。
俺の視線に気付くと頬を桜色に染めながら、おずおずと手を下げる姿が何とも愛おしく……何だ、おかしいぞ。
俺は今、何を考えていた?
「パパ。しなおになれ」
だから、お前のその顔は何なんだ!
……と出かかった言葉を必死に抑える。
いつ如何なる時であろうとも冷静であること。
これがナイト・ストーカーの鉄則である。
「夕食を食べてから、帰りましょうか」
「デナーたのしみ」
「ディナーな」
僅かばかりの苛立ちとそれを遥かに超える愛着に似た思いを隠しきれずについ、パミュの頭を撫でていた自分がいる。
そんな自分を見て、微笑むアリーさんがまるで女神のように……どうしたアーベント!?
おかしいな。
どうにも調子が狂った気がしてならない。
そうか。
アリーさんに解毒剤を飲ませる為、口付けしたのがまずかったのだ。
しかし、あれはそれ以外に手段がなかった。
仕方がなかったんだ。
「どうしたんですか? シルさん」
アリーさんの薄く色付いた桜色の唇が言葉を紡ぐと妙に心がざわついてくる。
なぜだ……。
「何でもありませんよ。さあ、行きましょうか」
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる