薔薇の姫は夕闇色に染まりて

黒幸

文字の大きさ
上 下
19 / 73
第一部 薔薇姫と夕暮れ

第17話 心に刺さる棘

しおりを挟む
 やがて開き切った壁の隙間から、小さな影が躍り出てきました。

 子供? 女の子?

 肩の辺りできれいに切り揃えられているミルキーブロンドのボブヘア。
 目尻がやや下がった垂れ目気味の大きな目の中に青味がかった灰色の瞳が生き生きと輝いています。
 とてもかわいらしい女の子です。

 でも、こんな場所にどうして、小さな女の子がいるのでしょうか?
 おかしいでしょ!

「やっぱり、お化けええええ!」
「我こそはかの偉大なる錬金術師パラケ・ルッスースが創りし最高傑作パル……ぎょえー」

 何だか良く分からない呪いの言葉を言い始めたから、間違いないわ。
 本物のお化けです!

 気が付いた時には体が動いていました。
 染みついた暗殺者としてのさがに違いありません。
 でも、相手はお化けですから、まだいるんでしょうか?

「ア、アリーさん。これはちょっと、やりすぎですよ」
「ええ?」

 まだ、片手で鼻を押さえているシルさんのやや呆れたような声に恐る恐る目を開けるとそこには、目を回して床で伸びている小さな女の子の姿がありました。

 消えてない。
 消えないということはお化け……ではない?



「すみませんでした……私のせいで」
「いえ。アリーさんのせいではありませんよ。僕がもっと、貴女のことを知っていれば、避けられたことです」

 ごめんなさい。
 本当にごめんなさい。
 何度目か、分からないけど、心の中で謝っているだけでは居たたまれなくて、彼に癒しの魔法をかけています。

「珍しいですね。癒しの魔法は希少だったと思いますが……」
「私の治癒ヒールでは軽い怪我しか、治せません」
「そうですか。それでも十分ですよ。アリーさんの魔法はとても、気持ちがいいです」

 自嘲気味にそう吐き出した言葉にそんな返しが来るとは思ってませんでした。
 どう返せばいいのか、分かりません。
 軽く、笑みを浮かべて、「そうでしょうか」とでも言えば良かったのだとは思うんです。
 実際には言えないのですが。

 はにかむような笑顔を返せれば、それが一番なのでしょうけど……。

「もう痛くはないですか?」
「ええ。お陰様で」

 そう言って、バツが悪そうに左手で頭をかこうとしたシルさんが僅かに顔を歪めた。

「シルさん。もしかして、左手を怪我されてませんか?」
「ああ。これですか。掃除をしている時にちょっと捻ってしまいまして」
「まぁ。それも私に任せてくれませんか? 治癒ヒールで治せるかもしれませんよ?」

 シルさんが遠慮がちに左腕の袖をまくって、見せてくれた前腕には確かに痣がありました。
 青紫色の痣が前腕のそこかしこに付いています。

 何をどういう捻り方をしたら、こんな痣が付くんだろうと不思議に思いながらも一人で掃除をしているシルさんの姿を頭に思い描くと許せてしまいます。
 なぜでしょう。
 不思議な気分です。

 でも……左手なの?
 心のどこかに小さな棘のように軽く引っかかるものがなかったとは言えません。

「はい。これで大丈夫だと思います」
「ありがとうございます」

 心配するような重症ではなかったようです。
 打ち身に近い怪我だったから、私の治癒ヒールでも難なく、治せました。
 捻ったというよりは転んだりして、どこかで打っただけなのでしょう。
 きっと私の考えすぎなだけです。

 二枚目だと虚勢を張らないといけないものなのかしら?
 そう考えると顔がいいのも考え物ですね。

「それであの子は一体?」
「ああ。あの子ですか……」

 私がお化けと間違えて、つい思い切り、突き飛ばした小さな女の子。
 謝罪の意味も兼ねた治癒ヒールはかけたし、目立った外傷はありませんでした。
 軽い脳震盪を起こしているのでしょう。

 ソファに寝かせていた女の子がのっそりと立ち上がると私とシルさんの顔を忙しい様子で見ています。
 そんなに首を振ったら、首がおかしくなるのでは? と心配になるくらいです。

 彼女のアッシュブルーの瞳が真っ直ぐに私を見ていました……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

処理中です...