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第一部 薔薇姫と夕暮れ
第7話 彼とまた出会った
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今日はお仕事がありません。
平和なのはいいことだと思います。
始末するクズがいなかったということなのだから、喜ぶべきことなのです。
でも、薔薇姫としての出番が無い夜はなぜか、寂しさを感じます。
一人でいることが辛いとでも言うかのように……。
人間らしい感情はとうに捨てたものだと思っていたけど、実は捨てられていなかった、ということでしょうか?
「いらっしゃい。お嬢ちゃん」
行きつけのバーに顔を出すとオーナーバーテンダーのマスターがいつものように挨拶をしてくれました。
彼にとって、私はいつまで経ってもお嬢ちゃんなのでしょう。
おばあちゃんになってもお嬢ちゃんと呼んでくる気がするのです
そして、これまたいつものように出されるのは果実ジュースでした。
だから、お嬢ちゃんなのよね。
私はどうやら、酒癖が悪いようです。
以前、果実酒を飲んだ時、店内で相当に暴れたらしいのですが……。
一切、記憶がないのです。
マスターは言葉を濁して、優しく伝えてくれましたがそれは酷い有様――店内を嵐が吹き荒れたと言ってもおかしくない荒れ方、だったとか。
それ以来、アルコール類を口に含まないことに決めました。
「あちらのお客様からです」
誰もいなければ、マスターはもっとぶっきらぼうな言い方なのに、珍しく他のお客さんがいたらしい。
マスターの声にこちらに顔を向け、軽く手を振ってくれるあちらのお客さんにない愛想を振りまこうと無理に作った笑顔が引き攣りそうです。
昼に別れたジェラメントさんが、何でこのバーにいるのでしょうか?
カウンターでは話しづらいこともあって、テーブル席に移動しました。
テーブル席であれば、隣り合って座ることがないですから、まだ安心出来るんです。
カウンターで男の人と二人で肩を寄せ合って、飲むなんて。
想像しただけで目が回りそうです。
「ジュースなんですね?」
「ええ。はい。アルコールに弱いんです」
「そうですか」
私はうまく、笑えているのかな?
自信はありません。
愛想よく振る舞うことが苦手なんです。
夜ということもあって、完全に油断していた私が悪いのは分かっています。
薔薇姫ではないのに髪留めを外して、下ろしています。
まず、これがいけません。
目立たないようにがモットーです。
服だって、肌の露出こそ抑えましたが、昼とは明らかに雰囲気が異なるシックなツーピースドレスを着ています。
お仕事のドレスのように動きやすさを追求したデザインではないので怪しまれることはないと思いますが。
顔見知りに勘付かれると勘違いされかねない姿ですが、今までこの姿をしていて、気が付かれたことはありません。
それだけ、日中の地味に偽装している姿と今の姿が剥離しているんでしょう。
ところがジュラメントさんは一目見ただけで気が付いたようです。
余程、観察眼に優れているんでしょうか?
ギルドで噂好きの同僚の話が聞こえてきた時に出てきた商人ギルドの中々のやり手の若手。
あの噂の人物がもしかしたら、ジュラメントさんのことなのかもしれません。
「このバーの雰囲気はとてもいいですね」
「そうなんです。私の隠れ家なんです」
「隠れ家か。プレガーレさんの形容は面白いですね」
しまった……。
つい隠れ家という本当のことを口に出してしまいました。
ここは組織とメンバーが渡りを付ける場所。
マスターもお仕事で片目を失うまでは一線で戦っていた人です。
私をお嬢ちゃん呼ばわりするのも昔から、知っているせいなのがあります。
「ミステリー要素のあるロマンス小説を読むのが好きなんです。そのせいでつい隠れ家なんて単語が出てしまいました」
「そうでしたか」
誤魔化せたのかしら?
彼の笑顔が眩しくて、いまいち分かりません。
感情を殺すことが出来てもこういう時、どういう顔をすればいいのか、知らないのだから。
会話が不意に途切れました。
気まずいです。
店内にはマスターと私達だけしかいないので壁時計の針の音が静かな店内に響き渡って、心臓によろしくありません。
「プレガーレさん。現在、お付き合いをしている人がいますか?」
「は、はい?」
耳打ちでもするような呟き声でジュラメントさんが、衝撃的な一言を発しました。
な、なんですか? どういうことですか?
え? ええ?
「い、いませんけど」
「そうでしたか。それは良かった」
そう言うとテーブルの上で手を組んで不敵な笑みを浮かべるジュラメントさん。
無駄に顔がいいのは困ります。
別の意味で心臓の鼓動が早くなった気がするのですが……。
「そこで僕から一つ、提案があるのです。双方にとって、損をしない。いや! むしろ、得しかありません」
「え、ええ?」
男の人に告白されたことは今までにも何度かありました。
そういった男達は欲望の色が目に出ていたので丁重にお断りしたのですが、ジュラメントさんもそういう男と同じということでしょうか?
途中までその流れでしたから、てっきり、そうだとばかり。
真面目そうだし、紳士的だし、悪くない人だと感じていたんです。
それなのに男は結局、そういう生き物。
ジュラメントさんもその程度の男なのかと幻滅し始めていたのに私が思い違いをしていただけ?
彼の目は真剣そのもの。
そういう男女の話ではなさそうです。
「僕と結婚しませんか?」
はい? 私の耳がおかしくなったのかしら?
今、結婚と聞こえた気がするんだけど……。
平和なのはいいことだと思います。
始末するクズがいなかったということなのだから、喜ぶべきことなのです。
でも、薔薇姫としての出番が無い夜はなぜか、寂しさを感じます。
一人でいることが辛いとでも言うかのように……。
人間らしい感情はとうに捨てたものだと思っていたけど、実は捨てられていなかった、ということでしょうか?
「いらっしゃい。お嬢ちゃん」
行きつけのバーに顔を出すとオーナーバーテンダーのマスターがいつものように挨拶をしてくれました。
彼にとって、私はいつまで経ってもお嬢ちゃんなのでしょう。
おばあちゃんになってもお嬢ちゃんと呼んでくる気がするのです
そして、これまたいつものように出されるのは果実ジュースでした。
だから、お嬢ちゃんなのよね。
私はどうやら、酒癖が悪いようです。
以前、果実酒を飲んだ時、店内で相当に暴れたらしいのですが……。
一切、記憶がないのです。
マスターは言葉を濁して、優しく伝えてくれましたがそれは酷い有様――店内を嵐が吹き荒れたと言ってもおかしくない荒れ方、だったとか。
それ以来、アルコール類を口に含まないことに決めました。
「あちらのお客様からです」
誰もいなければ、マスターはもっとぶっきらぼうな言い方なのに、珍しく他のお客さんがいたらしい。
マスターの声にこちらに顔を向け、軽く手を振ってくれるあちらのお客さんにない愛想を振りまこうと無理に作った笑顔が引き攣りそうです。
昼に別れたジェラメントさんが、何でこのバーにいるのでしょうか?
カウンターでは話しづらいこともあって、テーブル席に移動しました。
テーブル席であれば、隣り合って座ることがないですから、まだ安心出来るんです。
カウンターで男の人と二人で肩を寄せ合って、飲むなんて。
想像しただけで目が回りそうです。
「ジュースなんですね?」
「ええ。はい。アルコールに弱いんです」
「そうですか」
私はうまく、笑えているのかな?
自信はありません。
愛想よく振る舞うことが苦手なんです。
夜ということもあって、完全に油断していた私が悪いのは分かっています。
薔薇姫ではないのに髪留めを外して、下ろしています。
まず、これがいけません。
目立たないようにがモットーです。
服だって、肌の露出こそ抑えましたが、昼とは明らかに雰囲気が異なるシックなツーピースドレスを着ています。
お仕事のドレスのように動きやすさを追求したデザインではないので怪しまれることはないと思いますが。
顔見知りに勘付かれると勘違いされかねない姿ですが、今までこの姿をしていて、気が付かれたことはありません。
それだけ、日中の地味に偽装している姿と今の姿が剥離しているんでしょう。
ところがジュラメントさんは一目見ただけで気が付いたようです。
余程、観察眼に優れているんでしょうか?
ギルドで噂好きの同僚の話が聞こえてきた時に出てきた商人ギルドの中々のやり手の若手。
あの噂の人物がもしかしたら、ジュラメントさんのことなのかもしれません。
「このバーの雰囲気はとてもいいですね」
「そうなんです。私の隠れ家なんです」
「隠れ家か。プレガーレさんの形容は面白いですね」
しまった……。
つい隠れ家という本当のことを口に出してしまいました。
ここは組織とメンバーが渡りを付ける場所。
マスターもお仕事で片目を失うまでは一線で戦っていた人です。
私をお嬢ちゃん呼ばわりするのも昔から、知っているせいなのがあります。
「ミステリー要素のあるロマンス小説を読むのが好きなんです。そのせいでつい隠れ家なんて単語が出てしまいました」
「そうでしたか」
誤魔化せたのかしら?
彼の笑顔が眩しくて、いまいち分かりません。
感情を殺すことが出来てもこういう時、どういう顔をすればいいのか、知らないのだから。
会話が不意に途切れました。
気まずいです。
店内にはマスターと私達だけしかいないので壁時計の針の音が静かな店内に響き渡って、心臓によろしくありません。
「プレガーレさん。現在、お付き合いをしている人がいますか?」
「は、はい?」
耳打ちでもするような呟き声でジュラメントさんが、衝撃的な一言を発しました。
な、なんですか? どういうことですか?
え? ええ?
「い、いませんけど」
「そうでしたか。それは良かった」
そう言うとテーブルの上で手を組んで不敵な笑みを浮かべるジュラメントさん。
無駄に顔がいいのは困ります。
別の意味で心臓の鼓動が早くなった気がするのですが……。
「そこで僕から一つ、提案があるのです。双方にとって、損をしない。いや! むしろ、得しかありません」
「え、ええ?」
男の人に告白されたことは今までにも何度かありました。
そういった男達は欲望の色が目に出ていたので丁重にお断りしたのですが、ジュラメントさんもそういう男と同じということでしょうか?
途中までその流れでしたから、てっきり、そうだとばかり。
真面目そうだし、紳士的だし、悪くない人だと感じていたんです。
それなのに男は結局、そういう生き物。
ジュラメントさんもその程度の男なのかと幻滅し始めていたのに私が思い違いをしていただけ?
彼の目は真剣そのもの。
そういう男女の話ではなさそうです。
「僕と結婚しませんか?」
はい? 私の耳がおかしくなったのかしら?
今、結婚と聞こえた気がするんだけど……。
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