上 下
12 / 33

第11話 トリスちゃんと氷の貴公子

しおりを挟む
 目を回して、倒れているライオネルを小柄なメイドさんが軽々と担いで、回収していく。
 カラビア家が武を重んじるとか、そういう話でもおかしいよね?
 どうなっているの?

 日常の風景なのか、この家の者は全く、動じていない。
 あれが日常風景とはカラビアのメイドは化け物か、と思わざるを得ない。

「先行と後行、どちらがいいですか?」
「あ……それでは後行でお願いします」

 リチャードは淡々と次の弓勝負を進めようとしている。
 その表情は表情筋が死んでいるのでは? と疑いたくなるほどに変化が見られない。

 彼の顔には打ち倒された兄を心配している素振りが欠片もないのだ。
 そして、正体の知れないわたしに対して、不安を抱いているようにも見えない。

 一発勝負なのにこの冷静さ。
 とても十三歳とは思えない。

 ナイジェル兄様も見習え! と言いたいところだが、あの人にはあの人のいいところがある。
 兄様から、優しさを取ったら、単なる脂肪の塊になってしまう……。

「それではお先に失礼します」

 おっと、いけない。
 つい現実逃避しかけていた。

 矢をつがえ、的を見据えて、弓を引き絞るリチャードの姿は絵になるくらいの美少年ぶりだ。
 切れ長の瞳に見つめられたら、卒倒する女子もいるのではないだろうか?

 わたしは普段、きれいなものに見慣れているせいか、特にどうということはない。
 力を込める所作がきれいで見惚れたりはしていないよ?
 決して、ないのだ。

「十点です」

 どこからか、現れたメイドさんが的の点数を確認して、良く通る声で読み上げた。
 紅茶色のおかっぱ頭を揺らしながら、メイドさんはけていく……。
 この家は一体、どうなっているのか!?

「ベアトリス嬢の番ですよ。どうぞ」
「あ、はい」
「え?」
「はい?」

 同じ弓を使うことでいかさまではないと証明出来るからだそうだ。
 十三歳の男子と八歳の女子が同じ弓を使う時点で十分にいかさまな気がしてならないのだが、そこは気にしたら、負け。
 気持ちで負けた時点で負けなのだ!

 わたしは履いていたブーツを脱ぎ、素足になっている。
 この開放感は自由を感じられる。
 足の指を動かせるだけでこんなにも自由を感じられるとは!

 そして、倒立をするとリチャードから弓を受け取った。
 足でね!

「ベ、ベアトリス嬢。その格好にはどのような意味があるのですか?」

 氷の貴公子のように崩れない態度を保っていたリチャードが初めて、感情を露わにした。
 あの女王なら、恐らく『受けますわ~。おハーブ生えますわ~』と優雅に笑っているのだろうか?
 わたしにはとても、そのような真似は出来ない。

「正々堂々と足で勝負するんですよ」

 睨まれているとはっきり、感じるくらいにリチャードの視線を感じるが気にしない。
 弓は心が大事。

 集中しないといけないのだ。
 足の指で器用に弓と矢を掴んで、地べたにぺたっと寝そべる。
 いわゆる海老反りの格好になって、矢を番え、弓を引き絞った。

「な、なんだって……そんな馬鹿な」

 あなたには出来ない。
 わたしには出来る。
 ただ、それだけのこと。

 柔軟性には自信があった。
 だから、このポーズを取って、弓を構えるまでは余裕なのだ。
 足の筋肉は腕よりも大きいから、腕力で負けていても反撃が出来るということを知らないのだろうか?

 知らなかったのでしょうね。
 切れ長の目がまん丸になるくらい、驚いているところを見ると……。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。 「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」 ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。 本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

「結婚しよう」

まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。 一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。

悪役令嬢は高らかに笑う。

アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。 エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。 たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。 男爵令嬢に教えてもらった。 この世界は乙女ゲームの世界みたい。 なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。(話し方など)

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄まで死んでいます。

豆狸
恋愛
婚約を解消したので生き返ってもいいのでしょうか?

処理中です...