【完結】ラグナロクなんて、面倒なので勝手にやってくださいまし~ヘルちゃんの時にアンニュイなスローライフ~

黒幸

文字の大きさ
上 下
10 / 58
幕間 ある悪役令嬢の奇妙な物語

閑話 悪役令嬢奇譚4

しおりを挟む
 悪役令嬢と罵られ、身分を剥奪され、最果ての地ニブルヘイムに送られたアグネス・クリスティン・ジョーレーがどうなったのか?
 残念なことに公式の記録ではその後の彼女の足取りは杳として知れない。

 これは彼女とともに送られた者達についても同様である。
 アグネスの父マーカスと母グロリア。
 そして、ドローレス・ツイタルネン。
 モーリス・ブナンダヨ・スデズク前ゲメトー国王とモニカ・ブナノヨ・スデズク前ゲメトー王妃。
 ニブルヘイムまでの長い旅路に疲れ果て、憔悴した姿の彼らを虹の橋ビフレストに置き去りにしたという記述で終わっている。

 この虹の橋ビフレストには不思議な伝説があった。
 虹の橋ビフレストの先に最果ての地である冥府ニブルヘイムへの道が続く、巨大な門がある。
 固く閉ざされたこの地獄門が開く時、世界の終わりが始まるとされている。
 呪われた軍勢が神々への復讐の為に虹の橋ビフレストを渡り、攻めてくるのだ。
 そうならないようにと門を監視している勇敢な神――神々の番人ヘイムダルが虹の橋ビフレストの袂に住んでいると言うのだ。
 この神は人間の愚かな所業を前に何を考えているのか?
 それは誰にも分からない。



「人間てえのは酷えことをするもんだな」
「しょうでしゅわね。ヘムヘム」
「お前……また、勝手に出てきやがったか。そのヘムヘムというのはやめろ」
「でも、ヘムヘムはヘムヘムでしゅわ」
「でしゅ~でしゅ~」

 肩まで伸ばした金色の髪を適当に紐で結わいた青年は不機嫌さを隠そうともせず、やや乱暴に頭を搔きむしると胡乱な視線を声の主が座っている切り株へと向けた。
 無精髭を生やし、身なりもみすぼらしいものだが整った顔立ちと佇まいは只者ではないと感じさせるのに十分なものだ。

「しゅて子もしゅて犬もしゅて猫も……しゅてドラゴンもダメでしゅわ」
「しゅわ~しゅわ~」
「うるさいぞ。お前ら」

 切り株にちょこんと腰掛けているのは陽光に煌めく白金色の髪をそよ風に靡かせる小さな女の子だった。
 その頭の上には小さな羽が生えた蜥蜴のような生き物が鎮座している。
 妙な合いの手を入れているのはどうやら、その蜥蜴のようだ。

「でも、あの門をちゅくったのはあたちでしゅわ」
「しゅわしゅわ~」
「そういう問題じゃねえだろうよ」
「門は七ちゅありゅから、大丈夫でしゅわ」
「ありゅ~ありゅ~」
 
 青年はついには頭を抱え込み、思考をやめることにした。

「あのな。俺はお前らが出て行かないように見張るのが仕事だってことを忘れてねえか?」
「でも! でも! だってぇ! おかあちゃまがヘムヘムはおもしゅろいお話してくれるって、言ったもの」
「もの~もの~」
「分かった。分かったから、その『でもでもだって』は止めろ。いいな?」

 少女はそれまで、じっと青年を見つめていた視線を慌てて逸らすとあらぬ方向を見て、誤魔化そうとする。
 『でもでもだって』を止める気は当分、ないらしい。

「じゃあ、止めるから、あの人達をもりゃってもいい?」
「いい? いい?」
「あ、ああ。構わないが……」

 青年は諦めたように両手を上げ、降参した。
 青年には何かを思いつき、目を輝かせながら、お願いをしてくる小さな女の子を突き放せる酷薄さがなかったのだ。

「ありがとう。

 飛び去って行く漆黒の幼竜の姿を遥か遠くに見やりながら、青年は大きな溜息を吐くと先程まで少女が腰掛けていた切り株に腰を下ろした。

「全く……疲れる母娘だぜ」

 そうぼやいているものの青年の顔は僅かに綻んでいる。
 満ち足りたように暫く、呆けていた青年だがやがて、何かを思い出したかのようにのっそりと動き出すのだった。
しおりを挟む
今度こそ、スローライフになっている(はずの)続編的扱いの新作『わたしが愛する夫は小さな勇者様~お姫様と勇者のスローライフ~』でヘルちゃんの暴走はさらに悪化します🙄
感想 36

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...