29 / 32
29 悪法
しおりを挟む
「それは本気なのでしょうか、公女殿下」
ボリスの困惑した表情はますます、酷くなった。
困惑に加え、焦燥の色まで浮かび、眉間には深く皺が刻まれている。
「勿論、本気です。わたくしがあの法案のことを知らないとでもお思いですか?」
「…………」
一方のスヴェトラーナはその場でただ一人、平然とした面持ちを崩さない。
緩やかな弧を描く口許と深淵を思わせる闇の如き、揺れを見せない瞳のままである。
「もしも、あの法案が通れば、わたくしとナーシャの存在意義はなくなります。国内に留め置けば、禍根を残すと恐らくは国外に出されると思うのですけど、ポポフスキー議長はどう思われますか?」
「誠に遺憾であり……」
「遺憾で済むと本気で思ってらっしゃいますの? これはれっきとした王位簒奪。乗っ取りですわ」
「…………」
この期に及んでもまだ、義父だった男を庇おうというのか、言葉を濁すボリスを前にスヴェトラーナは言葉を荒げることなく、直球をぶつけた。
スヴェトラーナが口に出した法案とはリューリク公国の在り方そのものを壊しかねない危険なものだ。
これまではスヴェトラーナ姉妹の母ヴェロニカが公王であったように女系であっても即位できた。
何よりも直系の血を重視する王位の継承が行われてきた。
それを覆す内容の法案だった。
女系王の即位を禁じ、王位に就けるのは男子のみとする。
ではもし、直系王族に男子がいなければ、どうなるのか?
傍系に生まれた男子を即位させることとする。
この一文が加えられている。
「あの男は傍系の生まれ。不思議なことにあの男以外の傍系は不自然な死に方をしてますのよね? おかしいですわね」
「そうなのかい? そりゃ、あたしも初耳だよ」
百年以上を生きてきたリュドミラも耳を疑う事実にこれまで閉じていた口を開いた。
スヴェトラーナは言葉で表さず、無言で首肯した。
それが事実であると……。
彼女が無限なる図書館で見た記録ではリューリク公国の王族の血を引く者はもはや、片手の指で事足りる数しかいない恐ろしい事実だった。
直系の血族であるスヴェトラーナとアナスタシア。
傍系の貴族に生まれ、王配となったプラトンと継室の間に生まれたエドアルト。
この四人だけなのだ。
それ以外の王族や僅かなりとも血が入った貴族は明らかに不自然な事故死や病死を遂げていた。
「ですから、議会をまとめて欲しいんですの。そして……」
「公女殿下。あなたが王位に就くと仰るのですか。あなたはそれで何をなさるおつもりなのか」
懐から取り出したハンカチで冷や汗を拭ったボリスは緊張した面持ちながら、真っ直ぐにスヴェトラーナへと視線を向ける。
スヴェトラーナは一切、動じた様子を見せず、羽扇子を音を立て、閉じると……。
「決まってますでしょう? 王権を国に返す。わたくしとナーシャは平民になりますの。いいえ。わたくし達、姉妹だけではありませんわ。あいつもですわ」
悠然と微笑むスヴェトラーナの姿は美しく、そして、壮絶である。
『魔王』としての威厳にも満ちた面持ちに誰も口を開くことが出来ず、沈黙が場を支配した。
ボリスの困惑した表情はますます、酷くなった。
困惑に加え、焦燥の色まで浮かび、眉間には深く皺が刻まれている。
「勿論、本気です。わたくしがあの法案のことを知らないとでもお思いですか?」
「…………」
一方のスヴェトラーナはその場でただ一人、平然とした面持ちを崩さない。
緩やかな弧を描く口許と深淵を思わせる闇の如き、揺れを見せない瞳のままである。
「もしも、あの法案が通れば、わたくしとナーシャの存在意義はなくなります。国内に留め置けば、禍根を残すと恐らくは国外に出されると思うのですけど、ポポフスキー議長はどう思われますか?」
「誠に遺憾であり……」
「遺憾で済むと本気で思ってらっしゃいますの? これはれっきとした王位簒奪。乗っ取りですわ」
「…………」
この期に及んでもまだ、義父だった男を庇おうというのか、言葉を濁すボリスを前にスヴェトラーナは言葉を荒げることなく、直球をぶつけた。
スヴェトラーナが口に出した法案とはリューリク公国の在り方そのものを壊しかねない危険なものだ。
これまではスヴェトラーナ姉妹の母ヴェロニカが公王であったように女系であっても即位できた。
何よりも直系の血を重視する王位の継承が行われてきた。
それを覆す内容の法案だった。
女系王の即位を禁じ、王位に就けるのは男子のみとする。
ではもし、直系王族に男子がいなければ、どうなるのか?
傍系に生まれた男子を即位させることとする。
この一文が加えられている。
「あの男は傍系の生まれ。不思議なことにあの男以外の傍系は不自然な死に方をしてますのよね? おかしいですわね」
「そうなのかい? そりゃ、あたしも初耳だよ」
百年以上を生きてきたリュドミラも耳を疑う事実にこれまで閉じていた口を開いた。
スヴェトラーナは言葉で表さず、無言で首肯した。
それが事実であると……。
彼女が無限なる図書館で見た記録ではリューリク公国の王族の血を引く者はもはや、片手の指で事足りる数しかいない恐ろしい事実だった。
直系の血族であるスヴェトラーナとアナスタシア。
傍系の貴族に生まれ、王配となったプラトンと継室の間に生まれたエドアルト。
この四人だけなのだ。
それ以外の王族や僅かなりとも血が入った貴族は明らかに不自然な事故死や病死を遂げていた。
「ですから、議会をまとめて欲しいんですの。そして……」
「公女殿下。あなたが王位に就くと仰るのですか。あなたはそれで何をなさるおつもりなのか」
懐から取り出したハンカチで冷や汗を拭ったボリスは緊張した面持ちながら、真っ直ぐにスヴェトラーナへと視線を向ける。
スヴェトラーナは一切、動じた様子を見せず、羽扇子を音を立て、閉じると……。
「決まってますでしょう? 王権を国に返す。わたくしとナーシャは平民になりますの。いいえ。わたくし達、姉妹だけではありませんわ。あいつもですわ」
悠然と微笑むスヴェトラーナの姿は美しく、そして、壮絶である。
『魔王』としての威厳にも満ちた面持ちに誰も口を開くことが出来ず、沈黙が場を支配した。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
亡くなった夫の不義の子だと言われた子どもを引き取ったら亡くなった婚約者の子どもでした~この子は私が育てます。私は貴方を愛してるわ~
しましまにゃんこ
恋愛
ある日アルカナ公爵家に薄汚い身なりをした一人の娘が連れてこられた。娘の名前はライザ。夫であり、亡きアルカナ公爵の隠し子だと言う。娘の体には明らかに虐待された跡があった。けばけばしく着飾った男爵夫妻は、公爵家の血筋である証拠として、家宝のサファイヤの首飾りを差し出す。ライザはそのサファイヤを受け取ると、公爵令嬢を虐待した罪と、家宝のサファイヤを奪った罪で夫婦を屋敷から追い出すのだった。
ローズはライザに提案する。「私の娘にならない?」若く美しい未亡人のローズと、虐待されて育った娘ライザ。それから二人の奇妙な同居生活が始まる。しかし、ライザの出生にはある大きな秘密が隠されていて。闇属性と光属性を持つライザの本当の両親とは?ローズがライザを引き取って育てる真意とは?
虐げられて育った娘が本当の家族の愛を知り、幸せになるハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
素敵な表紙イラストは、みこと。様から頂きました。(「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!10」「とばり姫は夜に微笑む」コミカライズ大好評発売中!)
【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。
珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?
月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。
ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。
「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」
単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。
「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」
「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」
「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」
という感じの重めでダークな話。
設定はふわっと。
人によっては胸くそ。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる