3 / 17
3 頭が高い。控えおろう
しおりを挟む
「ええい、頭が高い」
軽装の男二人が悪漢を打ち据えると落ち着いた色合いの頭巾と着物を身に付けた老人を首座に置き、大音声で場を鎮める。
定番のあの時代劇の定刻通りに行われるざまぁシーンである。
ここが最大の盛り上がりを見せるシーンと言っても過言ではないだろう。
ミトラスもその一人。
別次元の並行世界――『異世界』で放映されている時代劇の信奉者だった。
仕事をさぼっては時代劇鑑賞に勤しむとは何とも怠惰な神様である。
しかし、映像が映っている大きな水晶球を食い入るように見ていたミトラスの首根っこをひしと掴んだのは丸太を思わせる太い腕の持ち主。
カウトパテースだった。
同僚のカウテースのアイコンタクトに然りと頷き、「貴様。ワシを誰と心得る。不敬であるぞ」とぎゃーぎゃー喚くミトラスの首を捕まえ、まるで猫の子でも運ぶようにいとも簡単に捕獲した。
こうなるとさすがのミトラスも観念するしかなかった。
かくして主神と脇侍たった三柱しかいない手狭なサンクチュアリから、久方ぶりに門が開かれた。
さして整備されていない街道は狭く、地面が剥き出しになっていた。
雨が降れ、ばぬかるみが生じるよくある田舎の道である。
ピンク髪の女性――ミトラスを先頭に一行は久しぶりの外界でのんびりと旅を楽しんでいる。
……という訳ではない。
カウテースは付近を窺いながら慎重深い様子を見せており、これが普通の旅程ではないことを示していた。
「それでだ。ワシの可愛いミラが不心得者に捕まったということか?」
「そうとしか考えられない状況ですな」
ミトラス一行が自身のサンクチュアリを離れ、外界へと出たのは神々の大会議に出席するのが最大の目的である。
しかし、ミトラスの腰は重い。
七大神の中でも『怠惰』を司る女神の系譜に連なる者として、その影響を少なからず受けているせいだ。
そんなミトラスが大会議に出るのは非常に珍しいことだった。
その理由は自らが選定した聖女ミラ・ディ・シエーナに拘る事件が関係していた。
彼女が何者かに拉致・監禁されたのである。
これが人間の所業であれば、本来ミトラスは関与するつもりがなかった。
ミトラスは約束と契約の神であるがゆえ、間接的にしか人間とは拘らない。
あくまで人ではなく、法で裁くのがミトラスなのだ。
ところが聖女ミラを連れ去った者がどうやら人ではないことが判明したことから、にわかに事態はきな臭くなる。
カウテースの事前調査でとある神族が事件に絡んでいることも分かり、さすがのミトラスも重い腰を上げざるを得なくなった。
「本当にかの者が拘っておるのか? にわかに信じ難いが」
しかし、ミトラスは不機嫌である。
大好きな時代劇を鑑賞している途中で無理矢理に連れ出され、不満たらたらなのだ。
それに加えて、今回の事件に絡んでいる神族を束ねる神が絡んでいるとは考えられなかったのも大きい。
ミトラスには相反する属性ゆえ、非常に相性の悪い神が一人いる。
同じ『怠惰』の女神の系譜に連なりながらも生理的に受け付けない輩というものだった。
その名はモロク。
普段は野性的な風貌の青年といった姿をした神だが、真の姿は牛頭の魔物に似ている。
同様にミトラスも美女の姿はあくまで力を抑える為にとっているだけだ。
本来は獅子とドラゴンの融合した奇怪な獣形態なのである。
この獅子と牛の相性は悠久の昔から、非常に悪い。
だが対立している関係という訳でもない。
会話もすれば、やり取りも行われる。
ただ何となく、いけすかない。
それだけなのである。
「かの者は分かりやすいヤツぞ? ワシよりも分かりやすい」
「それはありますな」
カウテースも思案するとミトラスの考えに同調した。
言葉一つ発さないカウトパテースも無言で頷く。
彼らがそう考えるのも無理はない。
モロクはいけすかない輩ではあるものの裏でこそこそと動いたり、ましてや人質を取るなどといった非道な行いはしない。
それだけは確かだと感じられる神だったからである。
「まあ。行けば分かるさ。とりあえず行くぞ」
「はあ。そうではありますが、それでよろしいので?」
「よろしいのだよ。それがワシだからね」
ミトラスは釈然としない様子を隠そうともしないカウテースを一瞥すると、視界に入ったいわくありげな丸太小屋に「いかにもだな!」と目を細めるのだった。
軽装の男二人が悪漢を打ち据えると落ち着いた色合いの頭巾と着物を身に付けた老人を首座に置き、大音声で場を鎮める。
定番のあの時代劇の定刻通りに行われるざまぁシーンである。
ここが最大の盛り上がりを見せるシーンと言っても過言ではないだろう。
ミトラスもその一人。
別次元の並行世界――『異世界』で放映されている時代劇の信奉者だった。
仕事をさぼっては時代劇鑑賞に勤しむとは何とも怠惰な神様である。
しかし、映像が映っている大きな水晶球を食い入るように見ていたミトラスの首根っこをひしと掴んだのは丸太を思わせる太い腕の持ち主。
カウトパテースだった。
同僚のカウテースのアイコンタクトに然りと頷き、「貴様。ワシを誰と心得る。不敬であるぞ」とぎゃーぎゃー喚くミトラスの首を捕まえ、まるで猫の子でも運ぶようにいとも簡単に捕獲した。
こうなるとさすがのミトラスも観念するしかなかった。
かくして主神と脇侍たった三柱しかいない手狭なサンクチュアリから、久方ぶりに門が開かれた。
さして整備されていない街道は狭く、地面が剥き出しになっていた。
雨が降れ、ばぬかるみが生じるよくある田舎の道である。
ピンク髪の女性――ミトラスを先頭に一行は久しぶりの外界でのんびりと旅を楽しんでいる。
……という訳ではない。
カウテースは付近を窺いながら慎重深い様子を見せており、これが普通の旅程ではないことを示していた。
「それでだ。ワシの可愛いミラが不心得者に捕まったということか?」
「そうとしか考えられない状況ですな」
ミトラス一行が自身のサンクチュアリを離れ、外界へと出たのは神々の大会議に出席するのが最大の目的である。
しかし、ミトラスの腰は重い。
七大神の中でも『怠惰』を司る女神の系譜に連なる者として、その影響を少なからず受けているせいだ。
そんなミトラスが大会議に出るのは非常に珍しいことだった。
その理由は自らが選定した聖女ミラ・ディ・シエーナに拘る事件が関係していた。
彼女が何者かに拉致・監禁されたのである。
これが人間の所業であれば、本来ミトラスは関与するつもりがなかった。
ミトラスは約束と契約の神であるがゆえ、間接的にしか人間とは拘らない。
あくまで人ではなく、法で裁くのがミトラスなのだ。
ところが聖女ミラを連れ去った者がどうやら人ではないことが判明したことから、にわかに事態はきな臭くなる。
カウテースの事前調査でとある神族が事件に絡んでいることも分かり、さすがのミトラスも重い腰を上げざるを得なくなった。
「本当にかの者が拘っておるのか? にわかに信じ難いが」
しかし、ミトラスは不機嫌である。
大好きな時代劇を鑑賞している途中で無理矢理に連れ出され、不満たらたらなのだ。
それに加えて、今回の事件に絡んでいる神族を束ねる神が絡んでいるとは考えられなかったのも大きい。
ミトラスには相反する属性ゆえ、非常に相性の悪い神が一人いる。
同じ『怠惰』の女神の系譜に連なりながらも生理的に受け付けない輩というものだった。
その名はモロク。
普段は野性的な風貌の青年といった姿をした神だが、真の姿は牛頭の魔物に似ている。
同様にミトラスも美女の姿はあくまで力を抑える為にとっているだけだ。
本来は獅子とドラゴンの融合した奇怪な獣形態なのである。
この獅子と牛の相性は悠久の昔から、非常に悪い。
だが対立している関係という訳でもない。
会話もすれば、やり取りも行われる。
ただ何となく、いけすかない。
それだけなのである。
「かの者は分かりやすいヤツぞ? ワシよりも分かりやすい」
「それはありますな」
カウテースも思案するとミトラスの考えに同調した。
言葉一つ発さないカウトパテースも無言で頷く。
彼らがそう考えるのも無理はない。
モロクはいけすかない輩ではあるものの裏でこそこそと動いたり、ましてや人質を取るなどといった非道な行いはしない。
それだけは確かだと感じられる神だったからである。
「まあ。行けば分かるさ。とりあえず行くぞ」
「はあ。そうではありますが、それでよろしいので?」
「よろしいのだよ。それがワシだからね」
ミトラスは釈然としない様子を隠そうともしないカウテースを一瞥すると、視界に入ったいわくありげな丸太小屋に「いかにもだな!」と目を細めるのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる