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3 頭が高い。控えおろう

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「ええい、頭が高い」

 軽装の男二人が悪漢を打ち据えると落ち着いた色合いの頭巾と着物を身に付けた老人を首座に置き、大音声で場を鎮める。
 定番のあの時代劇の定刻通りに行われるざまぁシーンである。
 ここが最大の盛り上がりを見せるシーンと言っても過言ではないだろう。

 ミトラスもその一人。
 別次元の並行世界――『異世界』で放映されている時代劇の信奉者だった。
 仕事をさぼっては時代劇鑑賞に勤しむとは何とも怠惰な神様である。

 しかし、映像が映っている大きな水晶球を食い入るように見ていたミトラスの首根っこをひしと掴んだのは丸太を思わせる太い腕の持ち主。
 カウトパテースだった。
 同僚のカウテースのアイコンタクトに然りと頷き、「貴様。ワシを誰と心得る。不敬であるぞ」とぎゃーぎゃー喚くミトラスの首を捕まえ、まるで猫の子でも運ぶようにいとも簡単に捕獲した。
 こうなるとさすがのミトラスも観念するしかなかった。

 かくして主神と脇侍たった三柱しかいない手狭なサンクチュアリから、久方ぶりにゲートが開かれた。



 さして整備されていない街道は狭く、地面が剥き出しになっていた。
 雨が降れ、ばぬかるみが生じるよくある田舎の道である。
 ピンク髪の女性――ミトラスを先頭に一行は久しぶりの外界でのんびりと旅を楽しんでいる。

 ……という訳ではない。
 カウテースは付近を窺いながら慎重深い様子を見せており、これが普通の旅程ではないことを示していた。

「それでだ。ワシの可愛いミラが不心得者に捕まったということか?」
「そうとしか考えられない状況ですな」

 ミトラス一行が自身のサンクチュアリを離れ、外界へと出たのは神々の大会議に出席するのが最大の目的である。
 しかし、ミトラスの腰は重い。
 七大神の中でも『怠惰』を司る女神の系譜に連なる者として、その影響を少なからず受けているせいだ。
 そんなミトラスが大会議に出るのは非常に珍しいことだった。

 その理由は自らが選定した聖女ミラ・ディ・シエーナに拘る事件が関係していた。
 彼女が何者かに拉致・監禁されたのである。
 これが人間の所業であれば、本来ミトラスは関与するつもりがなかった。
 ミトラスは約束と契約の神であるがゆえ、間接的にしか人間とは拘らない。
 あくまで人ではなく、法で裁くのがミトラスなのだ。

 ところが聖女ミラを連れ去った者がどうやら人ではないことが判明したことから、にわかに事態はきな臭くなる。
 カウテースの事前調査でとある神族が事件に絡んでいることも分かり、さすがのミトラスも重い腰を上げざるを得なくなった。

「本当にかの者が拘っておるのか? にわかに信じ難いが」

 しかし、ミトラスは不機嫌である。
 大好きな時代劇を鑑賞している途中で無理矢理に連れ出され、不満たらたらなのだ。
 それに加えて、今回の事件に絡んでいる神族を束ねる神が絡んでいるとは考えられなかったのも大きい。

 ミトラスには相反する属性ゆえ、非常に相性の悪い神が一人いる。
 同じ『怠惰』の女神の系譜に連なりながらも生理的に受け付けない輩というものだった。
 その名はモロク。
 普段は野性的な風貌の青年といった姿をした神だが、真の姿は牛頭の魔物に似ている。
 同様にミトラスも美女の姿はあくまで力を抑える為にとっているだけだ。
 本来は獅子とドラゴンの融合した奇怪な獣形態なのである。
 この獅子と牛の相性は悠久の昔から、非常に悪い。

 だが対立している関係という訳でもない。
 会話もすれば、やり取りも行われる。
 ただ何となく、いけすかない。
 それだけなのである。

「かの者は分かりやすいヤツぞ? ワシよりも分かりやすい」
「それはありますな」

 カウテースも思案するとミトラスの考えに同調した。
 言葉一つ発さないカウトパテースも無言で頷く。
 彼らがそう考えるのも無理はない。
 モロクはではあるものの裏でこそこそと動いたり、ましてや人質を取るなどといった非道な行いはしない。
 それだけは確かだと感じられる神だったからである。

「まあ。行けば分かるさ。とりあえず行くぞ」
「はあ。そうではありますが、それでよろしいので?」
「よろしいのだよ。それがワシだからね」

 ミトラスは釈然としない様子を隠そうともしないカウテースを一瞥すると、視界に入ったいわくありげな丸太小屋に「いかにもだな!」と目を細めるのだった。
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