【完結】聞いてない、知らないで許されると思ったら、甘いです

黒幸

文字の大きさ
上 下
26 / 29

閑話 リュークの選択

しおりを挟む
三人称視点

 第五王子リュークは末っ子の王子として、皆の愛情を一身に受け、生きてきた。
 ただ、愛を享受するのみで彼は生きてきたというより、生かされてきたと言えよう。
 その最たる証拠がデ・ブライネ辺境伯家令嬢ヴィルヘルミナとの婚約だった。

 この婚約はリュークにとってはなくてはならないものであり、ヴィルヘルミナにとっては禍であり、呪いに等しいものである。
 それというのもヴィルヘルミナが有する稀有な聖女の力ゆえだった。

 彼女の力は癒しである。
 癒しの力自体はそれほど、珍しいものでもない。
 治癒の魔法である程度の病や怪我は治療が可能だからだ。
 だが、治癒の魔法にも限界はある。

 失われた命を元に戻すことは出来ないし、欠損した部位を回復することも出来ない。
 命に係わるほどの重症や重病も余程、腕利きのヒーラーでもない限りは治せないのだ。
 ヴィルヘルミナは物心のつかない幼い頃より、この癒しを正式に学ぶことなく、直感のみで使うことが出来た。
 それも無制限で使えたのだ。

 父親に連れられて、王城に登城したヴィルヘルミナはそこで金髪の愛らしい男の子と出会った。
 それが第五王子であるリュークだったのが、彼女の進む道を大きく変えることになる。

「何をしているの?」
「か、か、かあしゃまに……ふれせんとあげりゅの」

 ヴィルヘルミナより年長であるにも関わらず、リュークの言語は明瞭ではなく、その視線もどこか、定まっていない不安定なものだった。
 しかし、彼女はこう思った。
 何て、きれいな目をして、無垢な子なのだろうと……。
 だから、願ってしまったのだ。
 『どうか、彼に幸あらんことを』と。
 その時、眩いばかりの白銀の光が放たれ、奇跡が起きたのだと言う。

 かくして、ヴィルヘルミナが王家に囚われる理由が出来てしまったのだが、彼女の聖女の力に代償が必要であることを知る者は少ない。
 ヴィルヘルミナは確かに病や傷を癒すことが出来た。

 出産時の事故で生まれながらにして、患っていたリュークの病をも治せた者はこれまで誰一人いなかった。
 それを成し遂げたヴィルヘルミナはまさに不世出の才能を持った聖女と言うべきだが、その代償はあまりにも大きい。
 彼女の癒しは交換の原理に近い。
 傷や病をヴィルヘルミナが自らの体に取り込んでから、治癒させるものだ。
 それゆえ、重症の患者を治療する際には彼女自身が激痛を体験しなければ、ならないのだ。

 しかし、ヴィルヘルミナはそれを苦と思わない無垢な魂を持つ真の聖女だった。
 だからこそ、命を失いかねない瀕死のブランカを助け、自らが三日間、生死の境を彷徨うことになろうとも後悔しなかったのだ。
 だが、ここで気を付けなくてはならないのがそれが完治する病や傷だったという点である。
 リュークの病は完治しない。
 ヴィルヘルミナの傍にいて、彼女が無意識に力を使うことでどうにか、状態が改善していただけに過ぎないのだ。

 リュークの不幸はそのことを知らないまま、生きてきたことだと言えよう。
 全てを知ったのは全てを失った時だったというのが皮肉である。
 これまで聞いていない、知らないで済まされていたことはもう許されない。

「ごめん……ミナ……ごめん……」

 頬がこけ、落ち窪んだ眼窩。
 その顔にかつて讃えられた美しき容貌は微塵も感じられない。
 ただ、止めどもなく流れ落ちる涙を湛える青い瞳はどこまでも澄んでいて、純真な物だった。

 婚約者だった王子がやつれ果てた姿になりながらもようやく、己を取り戻したのだと知って、ヴィルヘルミナも目頭を押さえる。
 リュークは良くも悪くも純粋だったとヴィルヘルミナは逡巡していた。

 「聞いていなかったよ」「知らなかったんだ」が口癖でとても王子とは思えない振る舞いをするリュークだったが、人を傷つけない優しさを持つ人であった、と。

 そんな彼があんな下劣な行為に走ったのはなぜだったのか?
 自分に至らぬ点があったからだろうか?

 ヴィルヘルミナは考えに耽るあまり、複雑な表情をしていたことに気付かない。

「私は……君に……返す」
「え?」

 リュークがようやく吐き出した言葉にヴィルヘルミナが気が付いた時には、リュークは既に意識を失っており、安らかな寝息を立てていた。
 その顔からは険しさがなくなっており、何も知らない幼子のように無垢なものに見える。

「お疲れ様でした、リューク殿下。どうか、お体を大切に……」

 かつての婚約者を一瞥したヴィルヘルミナの菫色の瞳に宿るのは憐憫といくらかの愛惜の色だった。
 退室していく彼女の目にもう迷いはない。

 後の世に書かれた史書にこれ以降、第五王子リュークの名が出てくることはなかった。
 ただ、デ・ブライネ辺境伯領で余生を過ごした一人の貴人がいたと記されるのみである。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

【完結】待ち望んでいた婚約破棄のおかげで、ついに報復することができます。

みかみかん
恋愛
メリッサの婚約者だったルーザ王子はどうしようもないクズであり、彼が婚約破棄を宣言したことにより、メリッサの復讐計画が始まった。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

【完結保証】嘘の聖女を愛でたいなら、私との婚約は不要ですね

ネコ
恋愛
聖女として神殿から期待されているエヴァリン。だが、実は「真の聖女」は彼女ではなく、陰で虐げられていたクロエだった。クロエの婚約者である第一王子・ルマンドは、エヴァリンを盲信するあまり、クロエを「偽の聖女」や「悪女」として扱う。絶望したクロエは婚約破棄を宣言し、王子の前を去る。そして、真の聖女の力を解放し、世界中から崇拝されるようになる。クロエは寛容な心で人々の求めに応じるが、ルマンドだけは違う。彼をたぶらかしたエヴァリンもろとも、地獄に突き落とす。 怒れる聖女の容赦なき復讐劇が幕を開ける。

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる

kae
恋愛
 魔獣の森と国境の境目の辺境領地の領主、シリウス・レングナーの元に、ある日結婚を断ったはずの聖女サラが、隣の領からやってきた。  これまでの縁談で紹介されたのは、魔獣から国家を守る事でもらえる報奨金だけが目当ての女ばかりだった。  ましてや長年仲が悪いザカリアス伯爵が紹介する女なんて、スパイに決まっている。  しかし豪華な馬車でやってきたのだろうという予想を裏切り、聖女サラは魔物の跋扈する領地を、ただ一人で歩いてきた様子。  「チッ。お前のようなヤツは、嫌いだ。見ていてイライラする」  追い出そうとするシリウスに、サラは必死になって頭を下げる「私をレングナー伯爵様のところで、兵士として雇っていただけないでしょうか!?」  ザカリアス領に戻れないと言うサラを仕方なく雇って一月ほどしたある日、シリウスは休暇のはずのサラが、たった一人で、肩で息をしながら魔獣の浄化をしている姿を見てしまう。

処理中です...