上 下
9 / 37
備忘録1 湘南Pホテル編

9 雨後の筍ゾンビ

しおりを挟む
 Pホテルのエントランスまでの道のりは極めて、退屈だったわ。
 「退屈過ぎて、欠伸が出るわ」とは言わないけど、暇を持て余す趣向の作りなのよ。

 エントランス前までの距離が無駄に長く、作られていると感じるの。
 ダンジョンを現出させた主はすぐにエントランスに辿り着けないようにと考えたのでしょうね。
 御苦労にも念入りな改良を施してくれたみたい。
 それもいささか趣味がいいとは言えない改良だわ。

 まず、五分以上歩いてもエントランスに近付いたと実感できないの。
 どれだけ周囲の空間を歪めたのかしらね?
 ゆっくり歩いたとしても五分も歩けば、相当進むと思うの。
 それなのに一向に進まないんだもの。

 これが単なる草原や荒野であれば、単に長く歩かされて徒労感が半端ない程度で済むと思うのだけど。
 そうではなくて。
 厄介なのは普通の荒野ではないことだわ。
 立っているのが枯れた木々ではなく、今にも崩れそうな古めかしい墓石ってこと。
 お約束のように地面から出てくるの。

 雨後の筍だったかしら?
 まぁ、出てくること出てくること……。
 動く死体(ムービング・デッド)の大安売りだわ。

 メモリアルの世界でもゾンビやウォーキング・デッドなんて、名称で呼ばれていた蠢く屍。
 魂を失った命無きものだから、不死生物(アンデッド)の一種でもあるわね。
 数が多いから、数で押してくるのが問題なだけ。
 大した脅威とは言えないわ。
 これが食屍鬼(グール)だったら、アンデッドでもないし、手間がかかるのだけど……。

 わたしは人の世界でいうところの魔法使いに近いの。
 魔女と言ってもいいわね。
 でも、魔女ではなく、聖女でもあるの。
 おばあさまもそうだったし、ママも同じようなもの。
 多分、誰かと勘違いされたのよね。
 三叉路に立つ魔女の支配者なんて、言われ方をされる筋合いはないと思うのよ?

 わたしが持っている武器の種別は確かに杖ではあるの。
 だから、魔女っていうのもおかしいと思うわ。
 これは魔法の杖なの。
 世界樹(ユグドラシル)にちなんで魔法杖ユグドラシルって名まで付けられているんだもの。

 ただ、これを見て杖だと思う人はまず、いないと思うわ。
 見た目はおじいさまの魔槍グングニルによく似ているのよ。
 槍と勘違いされるのよね。
 ただ、それも間違っているの。
 このユグドラシルは多重節を持った超硬質の鞭に近い構造をした武器なんだもの。

 とりあえず、振り回しておけば、勝手にミンチが出来上がるわ。
 もっとも腐った肉のミンチに価値があるかは分からないけどぉ。
 ユグドラシルを使う必要すらないのよね。
 オペラグローブに隠しておいた魔法の鎖が、自動的に排除してくれるし……。
 もし、傍までやってこれたとしてもわたしは足癖が悪いの。
 無駄だわ。

 それにレオがそうならないようにと立ち回ってくれるから……。
 彼の得物は日本の刀そっくりだから、鞘から抜いて戦うのが本来の姿なんだけど、それすらも必要ないみたい。
 鞘を打撃武器みたいな使い方をしているの。
 体術だけでムービング・デッドを粉砕しているから、あまりにもよく動く仕事人ぶりにチャットも「バケツマン、いい仕事してますね」と絶賛する書き込みが多いのよね。
 レオが褒められると自然に口許が緩むわ。

「これで終わりかしら?」
「ああ。終わったと思うよ」
「何か、疲れるダンジョンよね?」
「まあ、そうかもね」

 バケツヘルメットのせいでレオの表情は見えないけど、さすがにレオも辟易していると感じるわ。
 彼の父親はわたしにとっても伯父にあたる人だから、よ~く知っている。
 それこそ闘争心の固まりみたいに猛々しい人だった。
 レオもまた、わたしと同じで複雑な事情があるのよね。
 幼少期を家族と過ごせなかった辛い過去があるんだもの。
 そのお陰なのか、伯父の血を引いているとは思えないほどに穏やかで心優しい気質になったんだと思うの。

 とはいえ、やはり血は争えないと言うべきかしら。
 レオも闘争を求める気質を隠し持っているの。
 だから、強敵相手にワクワクする妙な昂揚感を隠せなくなるのだけど……。
 木偶の坊のようにただ向かってくるだけのムービング・デッドでは手応えが無さ過ぎるんでしょうね。
 ストレスになっているのよ。

「でも、どうにかエントランスには着いたわね」
「そうだね。やっとスタート地点到達か。もしかして、面倒かな?」
「多分、ダンジョン主の性格が悪いんだわ」
「そうなのか」

 そうなのよ。
 これでようやく、スタート地点に着いただけなのだから、先が思いやられるわ。
 そう。
 ここまでは一般プレイヤーでも辿り着いているの。
 エントランス前はウォーミングアップ代わりと考えた方がいいわね。
 本番はここからなのよ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

竜焔の騎士

時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証…… これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語――― 田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。 会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ? マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。 「フールに、選ばれたのでしょう?」 突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!? この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー! 天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...