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第52話 命を奪うのは最高の気分だよ
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衝撃的な光景だった。
一面が闇に包まれ、己の手さえも確認出来なかった。
右を見ても左を見ても墨で塗りつぶされたかのように黒い。
だが不思議なことに空の一角が奇妙な光を帯びている。
金色の光が空に巨大な何かを描いていた。
「あれは魔法陣か」
「魔法陣? どういうこと!?」
「早く止めないとまずい」
「う、うん」
ロベルトが腰に佩いている剣を抜いた。
アマーリエもスケッチブックを取り出し、筆を用意した。
「遅かったわね。ロビー。エミー。まさにクライマックスだわ」
ジャネタ・コラーが仄暗き血に染められたドレスを着て、そこに立っていた。
かつて祭壇として、使われていた場所である。
そこにはユスティーナの姿もあった。
魔法の灯りで薄っすらと照らされた彼女の顔は血の気を失い青褪めており、お世辞にも無事な姿とは言い難いものだった。
ユスティーナはマルチナがデビュタントで着る予定だったボールガウンに似たドレスを身に着けている。
色こそ対照的な闇の色を纏っていたが……。
何より、彼女は祭壇のような粗末な石のベッドに寝かされている。
だらりと力なく、垂れている腕からはポタポタと赤黒い液体が流れ落ちていた。
「何をしているんですか、あなたって人は!」
「ユナ!?」
予想していなかったユスティーナの姿に動転したアマーリエは焦りのあまり、彼女の元に駆け寄ろうとしたがロベルトがそれをぐっと押し止めた。
繋いでいる手に力を込め、何の考えも無しにユスティーナのところに駆け寄ろうとしたアマーリエを引き留めた。
危うく踏み止まったアマーリエの目前には鋭く尖った二本の剣があった。
突如として、地面から生えた剣は明らかにアマーリエを狙っていた。
もしもあと一歩でも踏み出していれば、串刺しにされていたに違いなかった。
「あらあら。意外と勘が鋭いのね」
ジャネタは「ホホホ」と優雅に笑っているが目は全く笑っていない。
その時、ズシュと耳障りな肉を断つ音が聞こえた。
アマーリエではなかった。
ロベルトでもない。
近衛騎士も全員、何ともない。
異音の元はジャネタだった。
彼女の胸の辺りから、棘のように何かが生えていた。
禍々しくも真っ黒な棘が……。
「げほっ」とジャネタの口から、吐息とともに赤黒い液体が飛び散った。
「いやあ。いいねえ。こうして、命を奪うのは最高の気分だよ。我は生きていると実感が出来る。ええ? 最高じゃないか。なあ? ラーズグリーズよ」
「ど、どうして……ロキ」
ロキと呼ばれた男の声はこの場に似合わない妙におどけたものだった。
そうであるにも関わらず、アマーリエもロベルトも心臓を掴まれているような異様な感覚を感じていた。
身動き一つ出来ないでいるほどの大いなる威圧感である。
「この時を待っていたのさ。最高だろう? お前さんが幸福を感じた瞬間にそれを奪う。絶望したかい? そう! それだよ、それ。最高だ」
ジャネタの身体を貫いた棘が傷を抉るようにさらに深く、突き刺されていった。
(酷い。叔母様は罪を犯したかもしれないけど、それでも……こんなのって、ない!)
目の前で繰り広げられる惨劇にアマーリエの心は激しい怒りで燃え上がっていた。
「さあ。女神の血を吸い、今こそ、蘇るがいい。呪われし炎の剣よ!」
男の声に応じるように黒い棘から、メラメラと炎の揺らめきが生じ始めていた。
「あれは何なの?」
「分からない……」
しかし、体をも燃やさんばかりに奮い立っていたアマーリエは身動ぎ一つ出来ないでいた。
ロベルトも竦んでしまったのか、動けないままだった。
近衛騎士も片膝をつき、荒い息をしている。
(どうすれば、いいの? このままじゃ、絶対いけないのに……)
アマーリエは気が急くだけで思案に暮れるのだった。
一面が闇に包まれ、己の手さえも確認出来なかった。
右を見ても左を見ても墨で塗りつぶされたかのように黒い。
だが不思議なことに空の一角が奇妙な光を帯びている。
金色の光が空に巨大な何かを描いていた。
「あれは魔法陣か」
「魔法陣? どういうこと!?」
「早く止めないとまずい」
「う、うん」
ロベルトが腰に佩いている剣を抜いた。
アマーリエもスケッチブックを取り出し、筆を用意した。
「遅かったわね。ロビー。エミー。まさにクライマックスだわ」
ジャネタ・コラーが仄暗き血に染められたドレスを着て、そこに立っていた。
かつて祭壇として、使われていた場所である。
そこにはユスティーナの姿もあった。
魔法の灯りで薄っすらと照らされた彼女の顔は血の気を失い青褪めており、お世辞にも無事な姿とは言い難いものだった。
ユスティーナはマルチナがデビュタントで着る予定だったボールガウンに似たドレスを身に着けている。
色こそ対照的な闇の色を纏っていたが……。
何より、彼女は祭壇のような粗末な石のベッドに寝かされている。
だらりと力なく、垂れている腕からはポタポタと赤黒い液体が流れ落ちていた。
「何をしているんですか、あなたって人は!」
「ユナ!?」
予想していなかったユスティーナの姿に動転したアマーリエは焦りのあまり、彼女の元に駆け寄ろうとしたがロベルトがそれをぐっと押し止めた。
繋いでいる手に力を込め、何の考えも無しにユスティーナのところに駆け寄ろうとしたアマーリエを引き留めた。
危うく踏み止まったアマーリエの目前には鋭く尖った二本の剣があった。
突如として、地面から生えた剣は明らかにアマーリエを狙っていた。
もしもあと一歩でも踏み出していれば、串刺しにされていたに違いなかった。
「あらあら。意外と勘が鋭いのね」
ジャネタは「ホホホ」と優雅に笑っているが目は全く笑っていない。
その時、ズシュと耳障りな肉を断つ音が聞こえた。
アマーリエではなかった。
ロベルトでもない。
近衛騎士も全員、何ともない。
異音の元はジャネタだった。
彼女の胸の辺りから、棘のように何かが生えていた。
禍々しくも真っ黒な棘が……。
「げほっ」とジャネタの口から、吐息とともに赤黒い液体が飛び散った。
「いやあ。いいねえ。こうして、命を奪うのは最高の気分だよ。我は生きていると実感が出来る。ええ? 最高じゃないか。なあ? ラーズグリーズよ」
「ど、どうして……ロキ」
ロキと呼ばれた男の声はこの場に似合わない妙におどけたものだった。
そうであるにも関わらず、アマーリエもロベルトも心臓を掴まれているような異様な感覚を感じていた。
身動き一つ出来ないでいるほどの大いなる威圧感である。
「この時を待っていたのさ。最高だろう? お前さんが幸福を感じた瞬間にそれを奪う。絶望したかい? そう! それだよ、それ。最高だ」
ジャネタの身体を貫いた棘が傷を抉るようにさらに深く、突き刺されていった。
(酷い。叔母様は罪を犯したかもしれないけど、それでも……こんなのって、ない!)
目の前で繰り広げられる惨劇にアマーリエの心は激しい怒りで燃え上がっていた。
「さあ。女神の血を吸い、今こそ、蘇るがいい。呪われし炎の剣よ!」
男の声に応じるように黒い棘から、メラメラと炎の揺らめきが生じ始めていた。
「あれは何なの?」
「分からない……」
しかし、体をも燃やさんばかりに奮い立っていたアマーリエは身動ぎ一つ出来ないでいた。
ロベルトも竦んでしまったのか、動けないままだった。
近衛騎士も片膝をつき、荒い息をしている。
(どうすれば、いいの? このままじゃ、絶対いけないのに……)
アマーリエは気が急くだけで思案に暮れるのだった。
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