上 下
44 / 56

第44話 顔もよく思い出せない

しおりを挟む
 太陽がなくなってしまう日蝕話は怖かった。
 神話や伝説の中で描かれてるだけじゃない現実に起こることだってことも……。

 その日蝕が絡んだ大きな陰謀に巻き込まれているなんて、知らなかった。
 あのまま、家から出ないでいたら、どうなっていたのかと考えただけでもぞっとしてくる。
 優しい人と思っていた叔母様が、まさか恐ろしい人だったのも未だに信じられないくらいだ。

 エヴァエヴェリーナを連れて、出てきてホントによかった。
 エヴァを残して出てたら、きっと後悔してた。

 ロビーロベルトから、マリーマルチナも家を出たと聞いた。
 マリーがどこか、一歩引いた感じに見えたのは気のせいではなかったみたい。

 彼女の瞳はきれいなサファイアの色をしてた。
 でも、あたしを目の敵にしてくるユナユスティーナの瞳はなぜか、濁ってるように感じられた。
 サファイアというには程遠いくすんだ青にしか見えないのだ。

 マリーはマソプスト公爵家に身を寄せてるので心配しなくても大丈夫らしい。
 エヴァもおじい様の離宮にいるから、平気だろう。
 あそこにはセバスさんがいる。
 それだけでなぜか、安心してる。

 日蝕が近いと言われたけど、特に何も起きないまま、ヴィシェフラドの厳しい冬の日が続いてる。

 いいこともあった。
 エヴァが歌うのが好きだと分かった。
 彼女の歌は上手でとても、きれいな歌声に魔力を乗せられることも分かった。
 あたしには絵を具現化させる魔法の才能があったけど、エヴァには歌の才能があったということなのだ。

 このまま、何事も起きなければ、いいのに……。
 そう思ってた。

「お父様がお亡くなりになったということ?」

 隣の国で起きていた戦争が終わったという報せが届いたのはそれから、間もなくのことだった。
 これは決して、悪くないニュースだと思った。
 戦争が終われば、お父様が帰ってくるからだ。

 あたしもエヴァもお父様との思い出なんて、ほとんどない。
 エヴァは分からないけど、あたしは顔すら、思い出せないくらいに知らない人。
 それでも悪くない報せだと思ったのは、お父様が帰ってくることでお母様やユナが自分の心を取り戻せるかもしれないと考えたからだ。

 でも、その希望が消えたかもしれない。
 戦争が終わったのにお父様の行方が知れなくなったのだと言う。
 お父様だけじゃない。
 第二騎士団が忽然とその姿を消してしまった。

 はっきりしてるのはグスタフ兄様が死んだという事実だけだった。

「奴らが動くかもしれんな」

 ビカン先生が深い緑色の瞳を宿した目を細めて、そう言うのをあたしはどこか、他人事ひとごとのように聞いてた。
 自分が思ってた以上にお父様のことでショックを受けてたんだろう。

 顔もよく思い出せない。
 どんな声だったかも覚えてない。
 覚えていて、思い出せるのはたった一つ。
 お父様の大きな手が温かった。
 それだけなのだ。
 それでも悲しいと感じてるのは確かだった。

 エヴァはあたしよりもずっと悲しみが深いんだろうか。
 今にも泪が零れ落ちそうな澄んだ青い瞳を見てるとあたしまで泣きそうになってくる。

 関りが薄かったあたしでさえ、こんなに悲しい気持ちになるのなら、お母様やお父様の代わりを務めようとしてたユナは大丈夫なんだろうか。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

婚約者に好きな人がいると言われました

みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり―――――― 🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー
恋愛
公爵令嬢であるオリヴィア・ブリ―ゲルには幼い頃からずっと慕っていた婚約者がいた。 彼の名はジークヴァルト・ハイノ・ヴィルフェルト。 この国の第一王子であり、王太子。 二人は幼い頃から仲が良かった。 しかしオリヴィアは体調を崩してしまう。 過保護な両親に説得され、オリヴィアは暫くの間領地で休養を取ることになった。 ジークと会えなくなり寂しい思いをしてしまうが我慢した。 二か月後、オリヴィアは王都にあるタウンハウスに戻って来る。 学園に復帰すると、大好きだったジークの傍には男爵令嬢の姿があって……。 ***** ***** 短編の練習作品です。 上手く纏められるか不安ですが、読んで下さりありがとうございます! エールありがとうございます。励みになります! hot入り、ありがとうございます! ***** *****

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈 
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

処理中です...