上 下
41 / 56

第41話 王子様は空回りする

しおりを挟む
(ロベルト視点)

「次元竜は大地を喰らい、世界を喰らい、壊すモノと信じられていたようだ。厄介なのはこの次元竜――ウロボロスを信奉する奴らが太古の昔から、存在しているということだ」

 ビカン先生は重苦しいことを喋っている時に一呼吸置く癖がある。
 僕にもどうやら、そういう癖があるらしい。
 エミーアマーリエに「演劇が好きだからじゃない?」と指摘されるまで気が付かなかったが。

「ジャネタ・コラーは恐らく……いや、間違いなく、ウロボロスの信者だろう。彼女の目的はを起こすことだろうな。次元竜ウロボロスをこの世に降臨させ、世界を無に帰す。だから、を殺すのではなく、絶望を与えようとしたのだよ」

 先生の話に全員が言葉を失い、表情が暗くなってしまった。
 それも仕方がないことだとは思う。
 予め、内容を知っていた僕も改めて、こうして聞くと自分で考えていた以上にショックが大きい。
 空を暗く、重たい灰色の雲が覆っているとでも例えればいいんだろうか。
 完全に黒い雲ではないのが逆にもどかしくさえある。

 当事者であるエミーとエヴァエヴェリーナは、僕よりもずっと心が苦しいに違いない。
 こういう時こそ、僕が彼女エミーを支えるべきなんだ。
 そう思っていても口と体は思うように動いてくれない。

「ジャネタはネドヴェト家が持つ竜の血を狙ったのは、大きな理由があるのだろう。だが、これだけははっきりとしている。ベラドンナの毒を使ったことでな。エヴェリーナ嬢を殺すのが目的ではなかったということだ」

 先生は再び、一呼吸置いた。
 部屋に立ち込める空気を重苦しく感じるのは決して、気のせいではない。

「しかし、ジャネタにとって大きな誤算となったのはエヴェリーナ嬢の心がどこまでも清らかで光に満ちていたということだろう。どれだけ虐げられようとも彼女の心は決して、絶望に陥らず、闇が覆うこともなかったのだ。そこで次に目を付けたのが君だよ。アマーリエ嬢」



 先生の話があまりにも衝撃的だったせいもある。
 エミーと二人きりでカブリオレにいるのに何の会話もない。
 彼女を支えなくてはと決意してもいざとなると行動に出せない自分の臆病さ加減に嫌気がさす。

 先生はこれまでに集めた情報から、推理した。
 エヴァの心を闇で閉ざすことに失敗したジャネタが次に考えたのが、エミーを追い詰めることだった。
 直接、追い詰めるのではなく、周囲の家族から冷たくあしらわれることでまだ、幼い彼女の心を絶望に陥らせる。

 ユナユスティーナがあんなにも変貌したのはジャネタの毒によるものだったのだ。
 そして、僕の不用意な言動がエミーを傷つけ、彼女の心が闇に染まる手助けになったことを知った。
 胸が張り裂けそうなほどに痛い。

 そうではなかったんだ。
 ユリアンから、不思議な夢の話を聞いた。
 このままでは誰も幸せな未来を掴めない。

 そう思ったから、僕はもっと努力して、精進しないといけないと思ったんだ。
 幸いなことに努力が認められたのか、途絶えていたロシツキー子爵の家を僕が再興させるところまであと一歩のところまで来ていた。
 だから、エミーとは少し、距離を置かなくてはいけなかったんだ。

 ユリアンから教えられた。
 僕は周囲から、こう思われていたらしい。
 後ろ盾のない第二王子がネドヴェト家に婿入りし、王太子の地位を狙っている、と……。
 違う。
 僕はそんなこと、一度も考えてないんだ。

 うまくいったら、その時に全てを明かせばいいと思っていた。
 どうして、エミーに一言でもいいから、言わなかったんだろう。
 後悔しても既に遅いのだろうか?

「エミー」
「……何? どうしたの、ロビーロベルト

 ロビーと呼んでくれる。
 君の言葉に棘はないし、嫌われているようには見えない。
 だけど、前のように僕を見てはくれない。

 夏空を映した海のようにきらきらと輝く、きれいな瞳で見てはくれない。
 僕に勇気がもっと、あったなら……。

「僕が王子でなくなったら、やっぱり……駄目かな?」
「変なロビー。ロビーはロビーじゃない。あなたはずっと、王子様よ」

 王子ではなくなる僕が君のことを好きと言ったら、迷惑だろうか?
 そうはっきりと言えていれば、どんなによかったことか。

 それなのにエミーの言葉に救われた気になっている。
 こんな情けない王子様ではいけない。
 分かってはいるんだ。
 だから、これだけは言わせて欲しい。

「君を守る権利を僕にくれないかな?」
「え? ロビーがそうしたいのなら、別にいいけど。変なの。好きでもないくせに……」

 戸惑いの表情を見せるエミーはいつもより、大人びて見えた。
 しかし、ふと表情に影が差して、何かを呟いたようなのに全く、聞こえなかった。

「ありがとう、エミー」
「ホント、変なの」

 エミーが何だか、不機嫌になったのに気が付きもせず、僕は一人救われた気分のまま、彼女をポボルスキー家に送り届けた。

 絶望が迫っていることを。
 日蝕の日が徐々に近づいていることを知らずに……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

【完結】幼馴染と恋人は別だと言われました

迦陵 れん
恋愛
「幼馴染みは良いぞ。あんなに便利で使いやすいものはない」  大好きだった幼馴染の彼が、友人にそう言っているのを聞いてしまった。  毎日一緒に通学して、お弁当も欠かさず作ってあげていたのに。  幼馴染と恋人は別なのだとも言っていた。  そして、ある日突然、私は全てを奪われた。  幼馴染としての役割まで奪われたら、私はどうしたらいいの?    サクッと終わる短編を目指しました。  内容的に薄い部分があるかもしれませんが、短く纏めることを重視したので、物足りなかったらすみませんm(_ _)m    

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

裏切りの代償~嗤った幼馴染と浮気をした元婚約者はやがて~

柚木ゆず
恋愛
※6月10日、リュシー編が完結いたしました。明日11日よりフィリップ編の後編を、後編完結後はフィリップの父(侯爵家当主)のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。  婚約者のフィリップ様はわたしの幼馴染・ナタリーと浮気をしていて、ナタリーと結婚をしたいから婚約を解消しろと言い出した。  こんなことを平然と口にできる人に、未練なんてない。なので即座に受け入れ、私達の関係はこうして終わりを告げた。 「わたくしはこの方と幸せになって、貴方とは正反対の人生を過ごすわ。……フィリップ様、まいりましょう」  そうしてナタリーは幸せそうに去ったのだけれど、それは無理だと思うわ。  だって、浮気をする人はいずれまた――

第一夫人が何もしないので、第二夫人候補の私は逃げ出したい

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のリドリー・アップルは、ソドム・ゴーリキー公爵と婚約することになった。彼との結婚が成立すれば、第二夫人という立場になる。 しかし、第一夫人であるミリアーヌは子作りもしなければ、夫人としての仕事はメイド達に押し付けていた。あまりにも何もせず、我が儘だけは通し、リドリーにも被害が及んでしまう。 ソドムもミリアーヌを叱責することはしなかった為に、リドリーは婚約破棄をしてほしいと申し出る。だが、そんなことは許されるはずもなく……リドリーの婚約破棄に向けた活動は続いていく。 そんな時、リドリーの前には救世主とも呼べる相手が現れることになり……。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

処理中です...