21 / 56
第21話 ロベルト、未確認飛行物体を見る
しおりを挟む
(三人称視点)
ロベルト・チェフは十四歳にして、波瀾万丈の半生を送った『悲運の王子』である。
王と公妾の間に生まれた庶子。
彼は母の顔も覚えていない。
父親である王ドミニクは顔を見ることすらなく、赤子のロベルトを退けた。
庇護者のないロベルトを引き取ったのが、ネドヴェト家だった。
しかし、庶子とはいえ、第二王子である。
王族の血を引いているのは紛れもなく事実だ。
王位継承権を持たない王子であってもその血を利用しようと企む者が出てもおかしくない。
ネドヴェト家がロベルトの庇護者として、名乗りを上げた時、反対の声が出なかったのはネドヴェトが特殊な血を持つ一族だったからに他ならない。
王子と同年代の娘が四人もいる家なのにも関わらずだ。
だが、ロベルトが十歳になった時、転機が訪れた。
これまで事態を静観していた前王コンラートがついに動いたのである。
ドミニクに王位を譲り、ヴィシェフラドの郊外にある離宮を居としていた。
コンラートの妹カテジナは先代のネドヴェト侯爵に降嫁している。
彼にとって年の離れた妹は目に入れても痛くない程に可愛い存在だった。
彼女が産褥で若くして、この世を去ろうともネドヴェト家との絆は決して、失われていなかった。
愛する妹の面影を残した姪との書簡のやり取りで我が子の所業を嘆いたコンラートは、『悲運の王子』に手を差し伸べたのである。
ロベルトはネドヴェト家で愛情深く、育てられた。
とはいえ、ミロスラフが出征して長い。
父親役が不在の家でもあった。
代わりを引き受けようとより強く、男らしくと育ってしまったのが、次女ユスティーナである。
そのせいか、勝気なユスティーナを反面教師として育ったロベルトはよく言えば、穏やかな人柄になっていた。
コンラートが王として、玉座にあった時代。
世はまだ混迷にあった。
長く続いたチェフ王家の治世に異を唱える者が現れ、戦禍を被る地が多かった。
コンラートの祖父の時代から、続いていた混乱は未だ収まる気配を見せず、若き頃のコンラートも自ら、剣を取って戦場を駆けた。
彼は特別に勇猛果敢な性質ではない。
温厚そのもので他者に対する慈しみが強い人柄であるコンラートにとって、戦場に身を置くのは身を裂かれるような思いが強かった。
しかし、何よりも国と民を愛して止まない強さが彼に力を与えていたのだ。
だからこそ、コンラートは戦場に立ち、国を安んじることに成功した。
コンラートがロベルトを引き取ろうと決意したのは、不遇の孫を救いたいと考えたからだけではない。
国を想うがゆえの行動でもあったと言える。
ロベルトがこのまま、ネドヴェト家にあれば、一角の人物にはなるだろう。
だが、そこまでだ。
それではこの国は救われない。
無意識のうちにそういう結論に至っていたと当の本人すら、気が付いていない以上、そのことに気付く者など誰一人いなかった。
ネドヴェト家を離れたロベルトは当初、慣れない環境に戸惑いを隠せなかった。
しかし、彼はやがて知ることになる。
それまで与えられていた愛情が過保護に近い扱いだったということにロベルトは気付いた。
寡黙で不愛想に見える祖父がどれだけ、自分のことに心を砕いてくれているのかと知った。
幼心に一方的に与えられるだけではいけないのだと悟ったロベルトは、祖父の愛に報いるべく努力に励むことになる。
コンラートは時に厳しく、時に優しすぎるほどにロベルトに接した。
彼がかつて過ごしたネドヴェト家へ遊びに行くことを止めるどころか、自由に動けるようにと馬車まで用意している。
カブリオレと呼ばれる二人掛けの座席を備えた二輪の軽装馬車は、ロベルトがネドヴェト家を気軽に訪ねられるようにコンラート自身が発注したほどである。
終業式が終わり、ロベルトは家路を急いでいた。
愛用のカブリオレを駆り、その後ろにポボルスキー伯爵家の馬車が続く。
いつもの光景である。
幼馴染の姉妹の変貌ぶりが気にかかっていたロベルトは、心ここにあらずと馬に鞭をやっていたが不意に空から、聞こえた金切り声にも似た少女の叫びが聞こえた気がした。
聞き覚えのある声だと思った。
『きゃあああああ。誰かああああ』と叫んでいる声は、いつも自分のことを『ロビー』と呼ぶ声によく似ている。
そう思った。
ふと空を見上げたロベルトはそこに信じられない物を見た。
「何だ、あれは」
あまりにも驚いた為、ロベルトのカブリオレが停車し、後続のポボルスキー家の馬車も停まらざるを得ない。
何が起きたのかと訝しんだユリアンが窓を開け、「殿下、どうされたのですか?」と尋ねるとロベルトは無言で空を指差した。
「な、なんですか、あれ」
「分からないよ」
丸くて、黄色い鳥のようなものが空を飛んでいた。
飛んでいたという形容はいささか、語弊があるかもしれない。
飛んでいるというよりも落ちてきているようにしか、見えなかったからだ。
「まずいね。あれは魔力で生み出された物かもしれない」
ロベルトの言葉にユリアンが目を凝らすと黄色い鳥のようなものの姿が徐々に薄れていることに気付いた。
はっきりと見えていた物が次第に薄れていき、空模様が薄っすらと透けて見えている。
それで分かったのは黄色い鳥のようなものに二人の人影らしきものが、乗っているということだ。
「ユリアン! 馭者を頼む」
「何をする気ですか、殿下」
「風を使う」
「分かりました。お任せください」
ロベルトのいつになく、強い物言いと空を見据える真っ直ぐな澄んだ瞳にユリアンもまた、気合が入る思いだった。
ロベルト・チェフは十四歳にして、波瀾万丈の半生を送った『悲運の王子』である。
王と公妾の間に生まれた庶子。
彼は母の顔も覚えていない。
父親である王ドミニクは顔を見ることすらなく、赤子のロベルトを退けた。
庇護者のないロベルトを引き取ったのが、ネドヴェト家だった。
しかし、庶子とはいえ、第二王子である。
王族の血を引いているのは紛れもなく事実だ。
王位継承権を持たない王子であってもその血を利用しようと企む者が出てもおかしくない。
ネドヴェト家がロベルトの庇護者として、名乗りを上げた時、反対の声が出なかったのはネドヴェトが特殊な血を持つ一族だったからに他ならない。
王子と同年代の娘が四人もいる家なのにも関わらずだ。
だが、ロベルトが十歳になった時、転機が訪れた。
これまで事態を静観していた前王コンラートがついに動いたのである。
ドミニクに王位を譲り、ヴィシェフラドの郊外にある離宮を居としていた。
コンラートの妹カテジナは先代のネドヴェト侯爵に降嫁している。
彼にとって年の離れた妹は目に入れても痛くない程に可愛い存在だった。
彼女が産褥で若くして、この世を去ろうともネドヴェト家との絆は決して、失われていなかった。
愛する妹の面影を残した姪との書簡のやり取りで我が子の所業を嘆いたコンラートは、『悲運の王子』に手を差し伸べたのである。
ロベルトはネドヴェト家で愛情深く、育てられた。
とはいえ、ミロスラフが出征して長い。
父親役が不在の家でもあった。
代わりを引き受けようとより強く、男らしくと育ってしまったのが、次女ユスティーナである。
そのせいか、勝気なユスティーナを反面教師として育ったロベルトはよく言えば、穏やかな人柄になっていた。
コンラートが王として、玉座にあった時代。
世はまだ混迷にあった。
長く続いたチェフ王家の治世に異を唱える者が現れ、戦禍を被る地が多かった。
コンラートの祖父の時代から、続いていた混乱は未だ収まる気配を見せず、若き頃のコンラートも自ら、剣を取って戦場を駆けた。
彼は特別に勇猛果敢な性質ではない。
温厚そのもので他者に対する慈しみが強い人柄であるコンラートにとって、戦場に身を置くのは身を裂かれるような思いが強かった。
しかし、何よりも国と民を愛して止まない強さが彼に力を与えていたのだ。
だからこそ、コンラートは戦場に立ち、国を安んじることに成功した。
コンラートがロベルトを引き取ろうと決意したのは、不遇の孫を救いたいと考えたからだけではない。
国を想うがゆえの行動でもあったと言える。
ロベルトがこのまま、ネドヴェト家にあれば、一角の人物にはなるだろう。
だが、そこまでだ。
それではこの国は救われない。
無意識のうちにそういう結論に至っていたと当の本人すら、気が付いていない以上、そのことに気付く者など誰一人いなかった。
ネドヴェト家を離れたロベルトは当初、慣れない環境に戸惑いを隠せなかった。
しかし、彼はやがて知ることになる。
それまで与えられていた愛情が過保護に近い扱いだったということにロベルトは気付いた。
寡黙で不愛想に見える祖父がどれだけ、自分のことに心を砕いてくれているのかと知った。
幼心に一方的に与えられるだけではいけないのだと悟ったロベルトは、祖父の愛に報いるべく努力に励むことになる。
コンラートは時に厳しく、時に優しすぎるほどにロベルトに接した。
彼がかつて過ごしたネドヴェト家へ遊びに行くことを止めるどころか、自由に動けるようにと馬車まで用意している。
カブリオレと呼ばれる二人掛けの座席を備えた二輪の軽装馬車は、ロベルトがネドヴェト家を気軽に訪ねられるようにコンラート自身が発注したほどである。
終業式が終わり、ロベルトは家路を急いでいた。
愛用のカブリオレを駆り、その後ろにポボルスキー伯爵家の馬車が続く。
いつもの光景である。
幼馴染の姉妹の変貌ぶりが気にかかっていたロベルトは、心ここにあらずと馬に鞭をやっていたが不意に空から、聞こえた金切り声にも似た少女の叫びが聞こえた気がした。
聞き覚えのある声だと思った。
『きゃあああああ。誰かああああ』と叫んでいる声は、いつも自分のことを『ロビー』と呼ぶ声によく似ている。
そう思った。
ふと空を見上げたロベルトはそこに信じられない物を見た。
「何だ、あれは」
あまりにも驚いた為、ロベルトのカブリオレが停車し、後続のポボルスキー家の馬車も停まらざるを得ない。
何が起きたのかと訝しんだユリアンが窓を開け、「殿下、どうされたのですか?」と尋ねるとロベルトは無言で空を指差した。
「な、なんですか、あれ」
「分からないよ」
丸くて、黄色い鳥のようなものが空を飛んでいた。
飛んでいたという形容はいささか、語弊があるかもしれない。
飛んでいるというよりも落ちてきているようにしか、見えなかったからだ。
「まずいね。あれは魔力で生み出された物かもしれない」
ロベルトの言葉にユリアンが目を凝らすと黄色い鳥のようなものの姿が徐々に薄れていることに気付いた。
はっきりと見えていた物が次第に薄れていき、空模様が薄っすらと透けて見えている。
それで分かったのは黄色い鳥のようなものに二人の人影らしきものが、乗っているということだ。
「ユリアン! 馭者を頼む」
「何をする気ですか、殿下」
「風を使う」
「分かりました。お任せください」
ロベルトのいつになく、強い物言いと空を見据える真っ直ぐな澄んだ瞳にユリアンもまた、気合が入る思いだった。
8
お気に入りに追加
1,913
あなたにおすすめの小説
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
婚約者に好きな人がいると言われました
みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり――――――
🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
価値がないと言われた私を必要としてくれたのは、隣国の王太子殿下でした
風見ゆうみ
恋愛
「俺とルピノは愛し合ってるんだ。君にわかる様に何度も見せつけていただろう? そろそろ、婚約破棄してくれないか? そして、ルピノの代わりに隣国の王太子の元に嫁いでくれ」
トニア公爵家の長女である私、ルリの婚約者であるセイン王太子殿下は私の妹のルピノを抱き寄せて言った。
セイン殿下はデートしようといって私を城に呼びつけては、昔から自分の仕事を私に押し付けてきていたけれど、そんな事を仰るなら、もう手伝ったりしない。
仕事を手伝う事をやめた私に、セイン殿下は私の事を生きている価値はないと罵り、婚約破棄を言い渡してきた。
唯一の味方である父が領地巡回中で不在の為、婚約破棄された事をきっかけに、私の兄や継母、継母の子供である妹のルピノからいじめを受けるようになる。
生きている価値のない人間の居場所はここだと、屋敷内にある独房にいれられた私の前に現れたのは、私の幼馴染みであり、妹の初恋の人だった…。
※8/15日に完結予定です。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観ですのでご了承くださいませ。
両親からも婚約者からも愛されません
ララ
恋愛
妹が生まれたことで、私の生活は一変した。
両親からの愛を妹が独り占めをして、私はすっかり蚊帳の外となった。
そんな生活に終わりを告げるように婚約が決まるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる