上 下
4 / 56

第4話 目覚めないアマーリエ

しおりを挟む
 四姉妹の従兄にあたるグスタフ・コラーもミロスラフの第二騎士団と行動を共にしていた。

 グスタフの父ダニエルはミロスラフの二つ下の弟だが、この兄弟は対照的な見た目をしている。
 ミロスラフは顎髭を蓄えており、大柄で鍛え上げた肉体をした野性味に溢れている。
 ダニエルは兄よりも身長が高く、二メートル近いもののその身に筋肉らしいものは付いていない。
 整った顔立ちをしているもののこけた頬のせいか、不健康な印象を受ける男だ。
 幼少期から、背だけは伸びていたダニエルはガリガリの瘦せっぽち、ひょろひょろとした木偶でくぼうなどと呼ばれていた。

 しかし、ダニエルの真骨頂は頭を使うことである。
 彼がアカデミーにおいて、成し遂げた記録のいくつかは未だに破られていないほどだ。
 そんな彼を婿として迎えたのがジャネタ・コラー伯爵令嬢だった。
 彼女の好みは他の令嬢とはいささか、趣きが異なるものでダニエルを見た目も含め、全てが気に入ったのである。

 変わった縁で一緒になったダニエルとジャネタだが、夫婦仲の良さは周囲が羨むほどだった。
 そして、生まれたのが嫡男のグスタフである。
 コラー家は代々、優秀な文官を輩出した家柄として知られていた。
 ダニエルもまた、文官になるべくして生まれた男と言っても良かった。

 二人の間に生まれたグスタフもそうなるものと思われていた。
 ところがこのグスタフは物心ついた頃には剣を持っていたというほどに体を動かすのが好きな活動的な少年だった。
 彼にとって、憧れの存在は騎士として活躍する伯父ミロスラフなのだ。
 アカデミーの騎士科に進み、成人を迎えたグスタフは両親や周囲の反対を押し切り、騎士になった。

 その姿に若き頃のミロスラフの姿を重ねる者が少なからずいたほどに中々、堂々としたものである。
 グスタフは『正義の戦い』に赴いたまま、帰らない伯父を尊敬していたが為に出征した。
 彼はコラー家の嫡男であり、のにも関わらずだ。



「お母様。エミーは平気かな?」

 いつも隣でうるさいくらいに騒ぐ妹アマーリエの姿がないことでほっとしながらもどこか、落ち着かない様子のユスティーナがオムレツを口に運びながら、何気なくそう口にした。

「そうね。あの子には可哀想なことになってしまったわ」

 ミリアムは慈善活動にも力を入れ、慈愛に満ちた女性として社交界でその名を知られている。
 そうあろうとして、誰よりも誇り高く、家族を愛して生きてきたという自負心があった。

 夕食もとらず、自室に戻ったアマーリエの姿を最後に見たのはミリアムである。
 その時のアマーリエの顔は今までにないほどに陰っていなかっただろうか?
 母親として、心配にならないはずがなかった。

 その一方でアマーリエの誕生日を祝うパーティーがまたも流れたのはいつものことであり、気にするはずはないとも考えていたのだ。

「でも、仕方ないわ。まさか、あんなことが起きるなんて。神様でもないと分からないわ」

 マルチナは長女として、強い責任感を持つ立派な淑女レディになった。
 そう信じて疑わないミリアムはマルチナの言葉に強く、頷く。
 妹思いの優しい性格をしたマルチナもそう考えているのなら、問題はないと考えたのだ。

「そうよ。エミーのことだから、もう一晩寝たら、忘れてるわ。けろっとした顔で現れるって」
「そうよね。あの子には後で埋め合わせをしてあげれば、いいわね」
「そうですわ」

 快活なユスティーナまで断言したので、ミリアムも押し切られるように同意せざるを得なかった。

 アマーリエがいたからこそのだった。
 そのが失われたことにまだ、誰も気付いていない。



 自室の窓から、手を滑らせたのか落下したアマーリエの姿が発見されたのは早朝のことである。
 花壇にうつ伏せに倒れていたアマーリエを見つけたのは、花壇を見に行ったメイドのベアータだった。
 「大変です。アマーリエお嬢様が!」というベアータの悲鳴にも似た叫びに屋敷は騒然とした。

 幸いなことに二階の自室から、落ちたにも関わらず、アマーリエは軽傷だった。
 頭と手足に僅かな擦り傷を負って、少しばかりの血を流した程度で済んだのは奇跡に近い。
 不思議なのは花壇に倒れ伏していたアマーリエが、白い百合の花を手にしていたことだった。
 白い百合は『純潔』を意味する高貴な花であるとともに不吉の前兆とも言われていた。
 その理由は死の女神が好み、彼女自身を表す花でもあったからだ。

 外傷がほとんどなかったアマーリエだが、眠ったまま、目覚めることがなかった。
 医師も体に異常はないと診断したが、アマーリエの炎を思わせる赤毛レディッシュブラウンが一夜にして、赤みがかった金色の髪ミルキーブロンドに変化した理由を説明出来なかった。
 「考えられないような恐怖を体験した人間が短期間で白髪に変わったという事例がない訳ではありません」とその医師は付け加えたが、それでも説明のつかない現象だった。

 アマーリエが意識を失ってから、既に三日が経過しようとしている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

「だから結婚は君としただろう?」

イチイ アキラ
恋愛
ホンス伯爵家にはプリシラとリリアラという二人の娘がいた。 黒髪に茶色の瞳の地味なプリシラと、金髪で明るい色彩なリリアラ。両親は妹のリリアラを贔屓していた。 救いは、祖父母伯爵は孫をどちらも愛していたこと。大事にしていた…のに。 プリシラは幼い頃より互いに慕い合うアンドリューと結婚し、ホンス伯爵家を継ぐことになっていた。 それを。 あと一ヶ月後には結婚式を行うことになっていたある夜。 アンドリューの寝台に一糸まとわぬリリアラの姿があった。リリアラは、彼女も慕っていたアンドリューとプリシラが結婚するのが気に入らなかったのだ。自分は格下の子爵家に嫁がねばならないのに、姉は美しいアンドリューと結婚して伯爵家も手に入れるだなんて。 …そうして。リリアラは見事に伯爵家もアンドリューも手に入れた。 けれどアンドリューは改めての初夜の夜に告げる。 「君を愛することはない」 と。 わがまま妹に寝取られた物語ですが、寝取られた男性がそのまま流されないお話。そんなことしたら幸せになれるはずがないお話。

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...