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第一部 名も無き島の小さな勇者とお姫様

閑話 動き出す黒き災厄ともう一つのおねショタ物語

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(三人称視点)

 ヘルヘイムはリリアナとレオニードが島へと戻り、お祭り騒ぎも収まった。
 平穏な日常を取り戻しつつある者がほとんどを占めている。
 そんな中、多忙を極めていたのは二人である。
 リリアナとレオニードの旅装束を一挙に手掛けるメニエ。
 そして、今一人は……

「あざます!」
「チッチッチッ。ありあとぉござーいまぁーす、だわ」
「ありあざます!」

 荊城ドルンブルグにある舞踏場で十代後半と思しき少女と言葉遣いがまだ、たどたどしい少女というにはまだ、幼い女の子が火花を散らしていた。
 火花を散らすというよりも少女が幼女の世話に手を焼くと言った方が正しいかもしれない。

 ショートボブにセットされた黒い髪の上で時折、感情に合わせた動きを見せる猫のような耳が付いた少女。
 その瞳は金色に輝き、まるで猫を連想させるものだ。
 それもそのはず。
 彼女こそ、猫の女神様の異名を持つバステトだった。

 バステトはリリアナがヘルとなるのに必要とされた『運命の泉』に封じられていたが、楔から解き放たれ自由の身となったのだ。
 それにも関わらず、ヘルヘイムが気に入ったのか、すっかり馴染んでいる。

 対する幼女はまだ、四歳か、五歳にしか見えない小さな女の子だ。
 艶のいい濡れ羽色の髪はおかっぱにきれいに切り揃えられている。
 大きな猫目に縦に長い蛇のような瞳孔を持つ黄金色の瞳が印象的だった。
 よく見ると側頭部に付いている物が髪留めではなく、暗紫色の捻じ曲がった小さな角であることに気が付くだろう。

「あじゃまぁす!」
「悪化しているのだわ。こんなので期日に間に合うのか、心配なのだわ」
「心配。心配だわだわ~」
「他人事はいけないのだわ!」
「だわ~? ます!」

 額に指をやり、悩むバステトとは対照的に黒髪淑女は能天気に大口を開けて、ケラケラと笑っていた。

「まぁ、人化が出来るようになっただけ、ましか」
「あじゃましゅ!」

 バステトは返事だけは気合の入った小さな淑女レディの頭を優しく、撫でると再び、終わりの無いレッスンを始めるのだった。



(とある戦乙女ワルキューレ視点)

 あたし、ブリュンヒルドは偉大なる大神オーディンワルキューレとして、この世に生を受けた。
 数多くの妹達がいる。
 ワルキューレにおける
 それがあたしの役割だ。

 ワルキューレには大事な役目がある。
 まず、事が起こった時ラグナロク、父の尖兵として戦う勇敢なる戦士エインヘリヤルを選別すること。
 さらに勇敢なる戦士エインヘリヤルを率いて、ともに戦うこと。
 これがあたしらに課せられた使命なのだ。

 しかし、あたしには誰にも譲れないとても大切な任務がある。
 それは未来の勇者を見守り、育てるというとても! とても! 大事なことなのだ。

「えいっ! とうっ!」

 小さな体で一生懸命、練習用の木剣で素振りをしているシグ君こそ、あたしが見守り、育てなくてはいけない存在だ。
 フワフワとしたひよこみたいな金色の髪にエメラルドのように澄んだ翠の美しい瞳の愛らしい男の子。
 あぁ、可愛い。
 いけないっ!
 涎で危うく、危ういところだったわ!?

 あたしは彼が産声を上げたその時から、見守っているんだ。
 彼のことで知らないことなどない。
 間違いない。

 どこにホクロがあって、何歳までおねしょをしていたのかも知っている。
 ちなみにおねしょはまだ、治っていない。
 将来の勇者ともあろうものがちょっと情けない?
 いいんですっ!
 全てが可愛いから、許されるっ!

 あぁ、いけない。
 あたしともあろう者がつい興奮しちゃった。

「おかしいなぁ。誰か、いたような?」

 木陰から、こっそりと見守るつもりだったのに危なかった。
 その辺りの勘の良さは親譲りね。
 少しでも遅れていたら、見つかっていたわ。

 陰からこっそりと見守るのがいいのよ。

「何してるんだい?」
「まだ、ナニもしてない。もうちょっと大きくなったら、食べ頃だわ。ぐふふふっ」
「はい? 何を言ってるのかな、
「ひょぇ!?」

 しっかりと隠れていたはずなのに目の前にシグ君がいた。
 しかも何だか、言わなくてもいいことを言った気がするよ、あたし!?

 その後、地べたに座らされたまま、シグ君の有難い説教を一時間以上にわたって、聞くことになった……。
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