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第一部 名も無き島の小さな勇者とお姫様

第55話 姫の敗北

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小さな勇者視点

 小さい時は父さんが食べさせてくれたのを覚えている。
 今では僕も
 人に食べさせてもらうのはちょっと、恥ずかしいかもしれない。
 ローも「お前もいっぱしな大人になってきたんだなあ」とよく分からないことを言っていた。

 でも、リーナがそっと差し出してくれたフォークには”すぱげっちー”が丁寧に巻き付けられていて、僕が食べやすいようにしてくれたことが見ただけで分かる。
 それに彼女の「お口をあ~んして」という言葉が僕の耳に甘く、残って、逆らえないんだ。

 でも、僕に餌付けでもするように”すぱげっちー”を食べさせてくれていたリーナの様子が急におかしくなった。
 目がトロンとして眠そうに見えるし、何よりも顔が赤くなっている。
 透けるように白い肌だから、余計に目立つんだ。

「うぅ~ん。この果実しゅい、あみゃくてぇ……あら? レオが二人に増えたわぁ」

 一体、どうしたんだろう?
 まずは落ち着いて、考えよう。
 そう思って、彼女が飲んだのと同じ果実水に手を伸ばして気が付いた。

「あれ、リーナ? これ……果実水じゃない!? この匂い……果実酒だ!」

 間違いない。
 島で作った果実酒と同じ香りがしている。
 お酒には特殊な成分が含まれているから、子供は飲んじゃいけないらしい。
 何だ。
 「わたしは大人なんだから」と言っているリーナもまだ、子供じゃないか。

「もうダメぇ」

 リーナが変な声を上げるとバタンという結構、派手な音を立てて、突っ伏した。
 痛くないんだろうか?
 かなり勢いよく、いったように見えた。
 それに危ない。
 お皿があったら、”すぱげっちー”に顔を突っ込んでいるところだ。
 本当に危ない。

 リーナのことが心配なので食事が途中だけど、諦めて彼女を抱きかかえて、部屋に戻った。
 部屋は三階だから、戻るのにそんなに時間がかからない。
 ところがその短時間が中々に大変だった。
 言葉遣いがおかしくなって、どこか陽気になったリーナが「りぇお~。ちゅーはちゅー。きゃはっ」と言いながら、手足をばたつかせるんだ。

「はぁ。疲れた……」

 リーナは軽いから、抱きかかえるだけなら、そんなに疲れないんだけどなぁ。
 暴れる人の面倒を看るのは大変なんだと実感する。

 彼女をどうにか、ベッドに寝かせることが出来た。
 本当に疲れたよ。
 疲れを取りたいし、お風呂に入るかな。



「あちゅ~い! ふぁ~」

 油断していた。
 家でもリーナが怒ったりしなければ、何も着ないで歩き回るのが普通だったからだ。
 寝る前に下着を穿けばいいと思っていた。

 リーナが目を覚ましていて、服を脱ぎ散らかしているなんて、思ってもいなかったんだ。
 気が付いたら、

 何だ、これ?
 僕の体に巻き付いているのは真っ黒な鱗で覆われたドラゴンや蛇の尻尾に似ている。
 全ての服を脱ぎ切ったリーナの体から、それは伸びていたんだ。

「ちゅかまえたぁ」

 リーナのトロンとした眠そうなルビーの色の瞳にはっきりと見えるのは蛇を思わせる縦長の瞳孔だ。
 その瞳に見つめられて、怖いというよりもきれいだと思ってしまった。

「りぇお~」

 解放されたと思ったら、ベッドの上に仰向けで寝かされた。
 僕の腰の上にリーナが馬乗りになっているけど、二人とも裸なんだが……。
 いつもは恥ずかしがって、「見ないでよね」と怒るのにどうなっているんだろう?

 これがお酒の怖さなのか?
 ローもお酒を飲んだ次の日に記憶がないとか、言っていた気がする。

「あれ? あのリーナ?」

 反応がない。
 困ったことが起きたようだ。
 跨っていたリーナの反応が急になくなったと思ったら、僕に体を預けるように全体重をかけたまま、寝ている……。

 僕の首筋に顔を埋めて、既に夢の世界の住人になったリーナの横顔はかわいい。
 気を張っていて凛とした彼女もかわいいんだけど、ちょっと違うんだ。
 今、目の前で寝息を立てて、安心しきった顔のリーナはとてつもなく、かわいい。

「まあ、いっか」

 まあ、このまま寝てもリーナは軽いし、問題はないかな?
 ちょっと寝苦しいけど、気持ちよさそうに寝ている彼女を起こしたくない。

 あの黒い尻尾を触ってみたい欲求を我慢して、僕はリーナが寝にくくないようになるべく、力を入れないで抱き締めて寝ることにした。

 疲れていたからかな?
 リーナはビックリするかな?

 頭の中で色々な考えが浮かんだけど不安に思う間もなかった。
 あっという間に寝れたからだ。
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