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第一部 名も無き島の小さな勇者とお姫様

第53話 月下のイソロー

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ネズ・イソロー視点

 夜空を飾る満天の星。
 ここが南海の果てにある島であることを感じさせてくれる俺の好きな風景だ。

 だが、あの大きく、赤く輝く月だけは俺に違和感を感じさせる。
 月は血のように赤い色をしているものだったか?
 あんなにも巨大に見えるものだったか?

 俺の薄れゆく記憶の中で月は銀色の優しい光で照らしてくれるものだと思っていたんだが……。

「あいつは何してんのかな?」

 赤く輝く月を肴にようやく完成した果実酒を口に運ぶ。
 柑橘類の果実が原料で甘く、アルコール度数も低い飲みやすい酒だ。

 本当は飲んでいい年齢なのかどうか、良く分からない。
 身体は成人扱いされているから、多分問題はないだろう。
 実際、既に結構飲んでしまったが、全く酔いが来ない。

「ご一緒にいい? つまみもあるのよ」

 この声は……と振り向くと干し魚が山盛りになった皿を手にしたシグリンド先生が立っていた。
 シグムンド先生とは日中、嫌になるほどに顔を付き合わせている。
 地獄の特訓なんてものがあったら、きっとこのことだろうっていうくらいに扱かれている。
 お陰で一族の中では落伍者扱いだった俺でもそれなりに動けるようになった。
 動けるようになると不思議なもので魔法使いとしての格も上がった気がしてくる。

「いいですね。月がきれいですよお」
「ふふっ。変なことを言うわね」

 『月がきれい』は誌的な愛の告白。
 俺の記憶になぜか、残っているのはその部分だけなので言ってみた。
 軽く流されたようだ。
 これが大人の女の余裕なのか?
 それとも通じていないだけなのか?

「帰って来なかったわね」
「そうですねえ」

 会話が続かない。
 さっきから、ずっとこの調子である。

 だいたいが女との接点など、今までなかったんだ。
 仕方ないだろう。
 姫さんに女を意識しない訳じゃないが、レオとの関係を知っているだけに妹みたいな存在にしか、思えないしな。

「ねぇ、イソロー君」
「はい?」

 果実酒を口に含んだシグリンド先生の声は何だか、艶っぽく感じる。

「あの二人の前にはいつか、大きな壁が立ちはだかると思う。その時、君が力になってあげて」
「先生も……」

 その続きを言うことが出来なかった。
 夜空を見上げる先生の目はどこか、遠くを見ている。

 これから起こることを知っているとでも言うんだろうか?
 切なく、悲しい色を湛えた瞳が揺れていて、彼女の姿は今にも消えてしまいそうに感じた。

「私と兄は……」
「分かりましたよお、先生。俺が……俺っち、頑張りますよお」
「うん。ありがとね」

 そこからは特に会話も無く、ただ酒を果実酒を口に運ぶだけで味なんて、感じられなかった。

 先生は既に運命を受け入れている。
 その身が呪われている人だ。
 だから、己の身を犠牲にすることを厭わないんだろう。

 だが、俺は認めない。
 あいつらも先生も全部、俺が守ってやらあ。

「君。ペースがちょっと早いわよ?」

 果実酒を呷りすぎた俺がだらしなく伸びてしまい、先生に迷惑をかけたのは言うまでもない……。
 折角、カッコよく決意したのに締まらないもんだ。
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