上 下
33 / 47

閑話 餓えし災厄

しおりを挟む
(三人称視点)

 ブレイズ城塞を包囲していたオスワルド率いる近衛騎士団が黒槍騎士団の奇襲に遭い、ほぼ壊滅した。
 それから、間もなくのことである。
 王国全土を隈なく、闇色の雲が覆い尽くした。
 そして、ポツポツと降り始めた雨に人々は歓喜した。
 王都に血のような赤い雨が降って以来、照り付けるような日差しが大地を灼く日が続いていたからだ。
 恵みの雨とばかりに喜ぶ彼らは知らない。
 火山灰を溶いたような乳白色をしており、乾ききった大地に染み渡るように消えていった不思議な雨がさらなる恐怖を呼ぶことを……。

 ヒメナの進言に従い、『ゾンビ』と名付けられた動く死者は残らず、焼き尽くされた。
 その数は数千を超えるという。
 『ゾンビ』は人を襲う。
 襲われた者は『ゾンビ』になる。
 そうして、数を増やしていったのだ。
 では、彼らは『焼却』されて、本当に消えたのだろうか?
 答えは否である。
 焼き尽くされようとも彼らの生きとし生けるモノに対する恨みの念は消えなかった。
 まるでヒメナの髪のように薄い桃色がかった灰色の煙は空へと昇っていき、遥か上空にて集合し、一つの巨大な塊となったのだ。
 それは徐々に怨念を体現するかのように不気味な姿へと変化していく。
 やがて、出来上がったのは雨雲と言うにはあまりにも禍々しい闇そのものであった。
 それが何を意味するのか、理解出来る人間は誰一人として存在しないだろう。



「うわあああ! 助けてく……ぐぎゃ」

 日が沈み、静かな時が流れる田園地帯に断末魔の悲鳴が響き渡る。
 運悪く、ソレに出会ってしまったのは農具を担ぎ、家路を急いでいた農夫である。
 首を捩じ切られ、骨ごとバリボリと食らい尽くされ、農夫はこの世に存在していた証一つ残さず、消え去った。

 返り血と夕日を浴び、立ち尽くすソレは得体の知れない巨大なモノだった。
 街道筋に植えられた大木を優に超えようかという巨体は動きを見せるたびにギチギチという耳障りな音を上げている。
 『スケルトン』と呼ばれる動く骸骨のアンデッドモンスターに良く似ているが大きさがまるで違う。
 ただ、闇を思わせる眼窩に生者への消えない恨みが炎のように揺らめいていた。
 
 頭部にある二本の長い角は天に向かって伸びており、その先端から滴るのは真っ赤な血液だ。
 大きく裂けた口からは牙が覗き、ダラリと垂れ下がった舌の先端には人間のものと思われる指先が付着していた。
 ソレは長い長い両腕を揺らしながら、ゆっくりと歩き出す。
 一歩踏み出されるごとに大地は大きく揺れ動き、周囲の草木が薙ぎ倒されていく。

 この巨大な白骨の集合体のような怪物は後に『餓えし災厄アウンブレ・デサストレ』と名付けられる。
 焼かれ、天に消えたはずの『ゾンビ』は消えるどころか、生者への恨みをさらに募らせた。
 恨みは凝縮し、さらなる昇華を遂げる。
 別の種へと進化したのだ。
 慈雨として、大地に降り注いだ恨みが物言わぬむくろを融合させる。
 こうして、『餓えし災厄アウンブレ・デサストレ』が王国各地に出現した。

 だが、通常の『ゾンビ』と明らかに異なる点が二つある。
 一つはある程度の知能を持ち、行動すること。
 もう一つは人の命を食らうことで成長することである。
 これが厄介で生きている人間を見つけては捕食し、さらなる知恵をつけていく。
 『餓えし災厄アウンブレ・デサストレ』はさながら、人類の天敵と言わんばかりに猛威を振るっていた。

 『餓えし災厄アウンブレ・デサストレ』は獲物を求め、彷徨い続ける。
 そして、また哀れな犠牲者が現れた。

「あなた!」
「お父様」
「逃げろ! 早く、逃げるんだ!」

 帰路を急いでいた商人の一家が『餓えし災厄アウンブレ・デサストレ』と遭遇してしまったのだ。
 馬車の御者を務めていた父親はこのままでは全員死ぬと悟ったのだろうか。
 馬車を止め、御者台を降りると妻と娘に逃げるように促した。
 そして、妻や娘の盾になるように両手を広げ、ジリジリと近づいてくる『餓えし災厄アウンブレ・デサストレ』の前に立ち塞がる。

「駄目よ……あなたが死んじゃうわ」
「いいから、お前たちは先に行け! ここは私が食い止める」
「でも……」
「私は大丈夫だ。早く行くんだ」

 男は愛する家族を乗せた馬車が無事に遠くへと逃れられたことを知らない。
 彼の命はその後、すぐに失われたからだ。
 生きたまま、引き千切られ、頭から喰われる男の顔はそれでも、どこか満足したように見えた。

 彼の覚悟が天に届いたのだろうか。
 人馬のどよめきが微かに遠くから、聞こえてくる。
 それは先行して、王都へと向かう途上の南部残存兵と第二騎士団だったのだ。
 先頭で騎馬兵を指揮するのは死んだはずの男――レックス・ヒースターだった。



 ◇ ◇ ◇

 補足説明
 今回、登場した巨大な骸骨の化け物・餓えし災厄アウンブレ・デサストレは日本の妖怪である飢者髑髏がしゃどくろです。
 『バタリア〇』風に舞い上がった煙→雨からの強化個体になっています。
 大きさは樹木より、大きいとだけでわざとぼかしてあります。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)

京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。 生きていくために身を粉にして働く妹マリン。 家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。 ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。 姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」  司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」 妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」 ※本日を持ちまして完結とさせていただきます。  更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。  ありがとうございました。

王太子に婚約破棄され奈落に落とされた伯爵令嬢は、実は聖女で聖獣に溺愛され奈落を開拓することになりました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します

しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。 失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。 そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……! 悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。

冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ
恋愛
セシリアは王女でありながら離宮に隔離されている。 父以外の家族にはいないものとして扱われ、唯一顔を見せる妹には好き放題言われて馬鹿にされている。 そんな中、公爵家の子息から求婚され、幸せになれると思ったのも束の間――それを知った妹に相手を奪われてしまう。 今までの鬱憤が爆発したセシリアは、自国での幸せを諦めて、凶帝と恐れられる隣国の皇帝に嫁ぐことを決意する。 自分に正直に生きることを決めたセシリアは、思いがけず隣国で才能が開花する。 一方、セシリアがいなくなった国では様々な異変が起こり始めて……

無能だと言われ続けた聖女は、自らを封印することにしました

天宮有
恋愛
国を守る聖女として城に住んでいた私フィーレは、元平民ということもあり蔑まれていた。 伝統だから城に置いているだけだと、国が平和になったことで国王や王子は私の存在が不愉快らしい。 無能だと何度も言われ続けて……私は本当に不必要なのではないかと思い始める。 そうだ――自らを封印することで、数年ぐらい眠ろう。 無能と蔑まれ、不必要と言われた私は私を封印すると、国に異変が起きようとしていた。

殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう
恋愛
 聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。  数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。  周囲から最有力候補とみられていたらしい。  未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。  そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。  女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。  その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。  ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。  そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。 「残念だよ、ハーミア。  そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。  僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。  僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。  君は‥‥‥お払い箱だ」  平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。  聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。  そして、聖女は選ばれなかった.  ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。  魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。

【4話完結】聖女に陥れられ婚約破棄・国外追放となりましたので出て行きます~そして私はほくそ笑む

リオール
恋愛
言いがかりともとれる事で王太子から婚約破棄・国外追放を言い渡された公爵令嬢。 悔しさを胸に立ち去ろうとした令嬢に聖女が言葉をかけるのだった。 そのとんでもない発言に、ショックを受ける公爵令嬢。 果たして最後にほくそ笑むのは誰なのか── ※全4話

処理中です...