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石の私が殴られる?

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「あなたのせいで兄様は…!父様も!
あなたはこの街の災厄だわ!!」

――バシッ―――――

大きな頬を叩く音が町の路地にこだました。
取り囲む街の住人と思われる人々が、痛そうな音に顔を背けた。

強い頬の痛みと、目がチカチカする衝撃を感じ、セキは目をパチパチとさせた。

(へ…………?これは何?
 目の前の人はだれ?
 どういう状況?
 そして自分の身に何が起こっている?)

全く訳がわからず、セキはもう一度目をパチパチと瞬いた。

(あれ?視界が高いんじゃない?)

おかしい。
とってもおかしなことになっている。

今の今まで、セキは愛する勇者の足元にいたはずなのだ。

それなのに、なんと視界が高いものか。
瞬きができる。
思い通りに体が動く。


(へ?もしかして私人間になってる?)


「何か言いなさい!言えるものなら………」

目の前の少女がまた手を振りかざした。
大変だ。またあの衝撃がやってくる。

「あなたが私達にしたことと比べたら
こんなことじゃ物足りません………!!
あなたは、あなたは悪魔です!!」


――ヒュッ――――――


少女が動くのと同時に、セキはすっと横に飛び、少女の平手打ちは空を切った。


そして態勢が揺らいだ少女は少しフラフラとしたが、しっかり踏ん張ることができたようだ。

よく見るとワナワナと震えながら憎悪の目をセキに向けているのは、金髪のまだ15歳にも満たないであろう少女である。


(うわぁめちゃくちゃ怒ってるじゃない
私が避けたから、余計怒らしちゃった感じ?)

セキはごめん、という表情を作りたかったが、まだ人間になりたてのため、表情がうまく作れない。


少女はひょうひょうとしたセキに対して込み上げてくるものがあるのか、早口でまくしたてた。


「なんですか。なんであなたがそんな顔をするのです!
あなたに騙されて兄様はかの悪名高い西の国へ行ってしまったのですよ。そして兄様を追った父様も…!
それに昔から時々あった我が家の不幸は、全てあなたが画策したものと言うじゃないですか!
どうしてなの?
私達は家族じゃなかったんですか!
あなたは…!ひとではありません……………!!!」


少女から少し下がったところで取り巻く街の人々も、顔を覆ったり、セキを指を指し何か言っている。
どうも悪口を囁かれているらしい。
この女性はかなり色んな人に憎まれているのだろうか。

しかしセキは、街の人の反応などどうでも良かった。

“人生で初めて動かした手”
で、殴られた頬をさすってみる。
じーんと痺れが走る。

少し舌を少し切っているかもしれない。
苦い味がする。


「へぇーこれが人間の感じる痛みなのね。みんなこんなのを感じてるなんて、大変ね」

にこっと笑ってみる。
意外と表情を作るのは簡単だ。
セキはいろんな新しいことに感動していた。



それもそのはず。


何故か今は灰銀の髪の美少女になっているが、セキはほんの数秒前まで1センチにも満たない
“石ころ”
だったのだ。


ギザギザの灰色の小さな石ころ。


それも勇者の靴に挟まっていた石ころである。

「石が人間に乗り移るなんて聞いたこと無いわよね」

セキは覚えたての笑顔で呟いた。
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