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おまけの章 ヨースケの一日

ヨースケの一日・後編

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 学校からの帰りの道は、行きの道よりもっと足取りが軽い。迎えに来てくれたスチュアートとなぜか一緒についてくるガスパルと並んで歩きながらも、ほんとは駆け足で帰りたいと思っているくらいに。

「ヨースケ、たまにはうちの店にも来いよ。いつもお屋敷と学校の往復だけだろ?」
「ガスパルのおうちって、何のお店なんだっけ?」
「何のって言われるとちょっと困るんだけど、食べ物以外ならだいたい何でもあるよ。父さんがこれは売れそうだって思うものを色々と王都で買い付けてくるんだ。客の要望を聞いて、探してくることもあるし」

 曖昧な説明でよく分からないけど、輸入雑貨屋さんのようなものだろうか?

 僕は王都にも行ったんだけど、あの時はエディの魔法で頭がぼんやりしていたから、街並みもよく覚えていない。
 エディが目覚めた後、王都を離れる前にせめて王宮というものを見物してみたかったんだけど、ジュリアン達が絶対に近づいてはいけないと止めるので、外からちらりと見ることすらできなかった。

「なぁ、愛人として囲われているんじゃなかったら、買い物ぐらい自由にできるだろ? ちょっと寄り道して行かないか?」

 エディはこの街に来てすぐに、僕にお金の単位と使い方を教えてくれて、自由に使っていいとお小遣いも持たせてくれた。それはただの高校生だった僕がドン引きするくらいの大きな額だったけれど、実は一度も使ったことがない。日常で必要なものは、僕が欲しがる前に与えられてしまうから使う機会が無かったのだ。

 『異世界でのお買い物』、そのワードにワクワクしないと言ったら嘘になる。
 けれど今は……エディの待つ家にすぐ帰りたい。

「興味はあるけど、また今度ね」
「今度っていつだよ」
「えっと、近い内に」
「ほんとか? 絶対だぞ」
「うん、絶対行くよ」

 年嵩のスチュアートの歩調に合わせテクテクと歩いていると、やっとお屋敷の門が見えてきた。僕ははやる気持ちを抑えきれずにちょっと早足になる。
 僕が門の前に到着した時、ちょうど計ったようにお屋敷の玄関の扉が開くのが見えた。

「エディ!」

 門をくぐろうとすると、くいっとガスパルに腕をつかまれる。

「あれがお貴族様か」
「うん、エディだよ」
「ふうん……。まぁ、見た目は優しそうではあるけど」
「めちゃくちゃ優しいよ」

 玄関から出たエディがこちらに向かって歩いてくる。そういえばいつも僕が帰ってくると、タイミングよく出てくる気がする。報せの術は助けを求めた時だけ発動するはずだけど、エディはもしかしたら、いつでも僕が近づくのが分かるのかな。

「それじゃまた明日ね」

 僕はつかまれた腕をそっと離して、軽くガスパルに手を振った。

「あ、おい、ヨースケ……」

 ガスパルの返事を待たずに僕は門をくぐる。花壇に囲まれた玄関までの道を走って、こちらに微笑みかけるエディに思い切り飛びついた。ふわんと優しい香りに包まれる。

「ただいま! エディ!」
「オカエリ、ヨースケ」

 エディは嬉しそうに言ってぎゅっと抱き返してくれる。
 この世界には『ただいま』『おかえり』という挨拶が無かったけれど、僕が教えた。エディは良い言葉ですねと言って、毎日使ってくれている。

「学校は楽しかったですか」
「はい!」
「さっき一緒にいた子は」
「あの子がガスパルです。お店に買い物に来てって誘われました」
「そうですか。では今度一緒に行ってみましょうか」
「はい……エディと一緒がいいです……」

 しがみつくようにして離れない僕をエディが不思議そうに見下ろすのが分かる。
 でもちょっと今はまだくっついていたかった。

「エディ、大好きです……」
「私もです」
「ほんとにほんとに大好きです」
「どうしたんですか、ヨースケ。美味しい焼き菓子がありますよ。お茶にしませんか」

 僕はくっついたままエディの黒い瞳をじっと見上げた。

「エディ、抱っこして……」

 わがままを口にすると、エディは微笑んで、ひょいと僕を抱き上げた。

「今日はいつもより甘えん坊ですね」

 僕は顔を隠すようにエディにギュッと抱きつく。

「恋人に甘えるのは普通のことですよね」
「ふふ、そうですね。普通のことです……」
「ヨースケ様はご学友に言われたことを気になさっているようですね」

 少し遅れて追いついてきたスチュアートさんの声がする。

「貴族はそのうち別のご令嬢と結婚するとか、信用できないとか言われていましたから」
「そんなことを? 子供が知ったようなことを」

 エディの声が少し険を帯びて、僕はびっくりして振り返った。

「聞こえていたんですか、スチュアートさん……」
「わたくし、年の割には耳が良いもので」

 なんでも分かっているような顔でスチュアートがうなずく。
 見透かされた気がして、僕はエディの首にギュッと抱きついた。

「ごめんなさい……」
「どうして謝るんですか」
「……僕はエディを信じているけど、でも、違う人と結婚するなんて言われて、ちょっとだけ寂しくなっちゃったから」
「ヨースケ……」

 エディは優しく僕の背中を撫でてから、くるりと向きを変えて家の方へ戻って行く。
 スチュアートがさっと前へ出て扉を開くと、エディは僕を抱いたまま中へ入りエントランスホールをカツカツと歩いて、そのまま階段を上がっていく。

「スチュアート」
「はい」
「夕食まで誰も二階へは来ないように」
「かしこまりました」

 エディは振り向かずに階段を上がり切ると、まっすぐ寝室に入って僕をベッドに降ろした。そしてベッドの脇の棚から洗浄薬の瓶を手に取るのが見える。

 あれ、こんな昼間からするの……?

 少しびっくりしたけど、エディが抱いてくれるのを拒む理由なんて無いので、僕は首のクラヴァットに手を伸ばした。
 その手をガシッとつかんで軽く引き、エディは僕を大きなテーブルの前へ立たせた。

「エディ?」
「そこにつかまっていてください」
「は、はい」

 言われるままにテーブルをつかむと、エディは僕の腰の紐をしゅるりと解いて、ズボンを膝のあたりまで降ろした。そして、下着の紐も解いて、同じように半端な位置までずるりと下げてしまう。

「あの……?」

 お尻だけ出された今の格好は、全裸よりも恥ずかしい。

「ヨースケをすぐに抱きたい。だめですか……」

 エディは囁くように言って、お尻をするっとまるく撫でてくる。

「ふあっ……だ、だめじゃないですっ」

 恥ずかしいけど、すごく恥ずかしいけど、エディに触られただけで僕の体は喜ぶ。
 たったそれだけで、僕の体はエディを受け入れたくてたまらなくなってくる。

 後ろに洗浄薬を差し込まれて、シュワっという刺激があって、次に指が入ってくる。

「んん……!」

 いつもならしつこいくらいにほぐすのに、今日のエディはさっさと指を抜いてしまった。

「あ……エディ……?」

 振り向こうとした直後、後ろに大きなものを押し当てられた。僕の中を押し開くようにしてぐぐーっと深く入ってくる。

「うっ……ああっ……」

 テーブルにしがみついて、のけぞる。
 たいして痛みは無いけれど、あまりに急で驚く。

「ん……う……あ……」

 テーブルにつかまって立ったままの姿勢で、不安定な僕の腰をエディが強くつかんでいる。ぐっぐっと強く押すように入れてくる。

「ああっ……あ、あ、」

 深い。
 けれど、一番奥には来ない。
 いつもと当たる角度が違う。
 気持ちいいけど、姿勢が苦しい。
 立ったままの膝がガクガクしてくる。

「ヨースケ……」
「は、あっ、あっ……」

 この姿勢だと抱きつくことも出来ないので、テーブルをつかむ指に力が入って白くなる。
 苦しさと快感が同時に来て、体をうまく支えられない。
 ああ、エディに抱きつきたい。
 キスして、密着したい。

「エディぃ……」

 甘えた声を出すと、エディは一度ずるりと僕から出て行く。
 がくりと力が抜けて崩れそうになる僕を支えてエディはベッドに座った。服を脱がせてもらえるかと思ったら、エディはそのまま軽々と僕を抱き上げた。

「う、うあ……」

 膝裏に手を入れて僕の体を折り曲げるようにして、後ろ向きに貫いてくる。

「ああ、あっ」

 中途半端に脱いだズボンが足首を拘束してしまって、足は開けない。両足を揃えたままで持ち上げられて、ゆさゆさと体を上下させられる。

「やっ、ああっ、あっ」

 エディの熱い息が首にかかる。
 ああ、顔が見たい。
 抱きつきたい。

「私には……ヨースケだけです」
「あっ、ああっ」
「ヨースケだけです……!」

 揺らすリズムが速くなっていく。
 否が応にも絶頂が近づいてくる。

「あ、ああ、だめ、もうイくっ、イくっ」

 全身で震えながら僕は達した。
 白い液体が飛んで、絨毯を汚してしまう。
 エディは僕の体をきつく抱きしめて、ぶるぶるっと震えた。

「は……ああ……あ……」

 まだ余韻に震える僕の体を抱えて引き抜くと、エディはベッドにそっと横たえさせた。後ろからどろりとエディの出したものが垂れてくる。

 息が整わないまま自分を見る。靴も履いたままだし、ズボンと下着は足首の当たりでくしゃくしゃになっているし、僕はけっこうひどい格好だった。力の入らない指を伸ばして革の靴を脱ごうとすると、エディがするりと脱がせてくれた。

 目が合って僕が反射的に笑うと、エディもくすっと笑った。

「ちゃんと服を脱ぎましょうか」
「はい……」

 何度も軽くキスをしながら、お互いに脱がせあう。
 僕がエディの服を脱がせるのが好きなので、最近はこうすることが多くなった。

 エディはもう胸の魔法陣を秘密にする必要は無いんだけど、僕以外の前で裸になることはほとんど無い。だから、いつでもエディの裸を見られるというのは、僕だけの特権みたいですごく嬉しくてたまらない。エディのローブを脱がせる時、いつも僕はドキドキしてしまう。

 全部脱ぎ終わったエディを押し倒すように抱きつく。エディの上に乗って、胸と胸をくっつけて足と足をからめる。エディの匂いと体温を全身で感じる。

「こうやってくっつくの、大好き……」

 エディのきれいな手が僕の髪を撫でる。

「すいません。さっきみたいなのは嫌でしたか」
「えっと、あれはあれで、ちょっとは……」
「ちょっとは?」
「ええと、その、興奮します」

 エディがぷっと笑う。

「嫌な時は嫌だと言っていいんですよ」
「嫌、ではないけど……でもやっぱり、こうやって直接エディの体に触れる方が嬉しいです」

 僕はエディの首にチュッとキスをして、胸に残る魔法陣の跡や、滑らかな感触の肩とか腕をなでなでする。エディが嬉しそうに息を吐く。

「あなたがあの友達と並んでいるのを見た時、私は少し嫉妬を覚えたんです」

 あの友達と言うのはガスパルのことだろうか。まだ13歳だし、僕とはただの学校の友達で、やきもちを焼く要素は見当たらない。
 首を傾げると、エディは両腕で僕をぎゅっと抱きしめた。

「ヨースケとあの友達は平民同士で、見た目の感じでも、並んでいる二人はまったく違和感がありませんでした。でも、貴族であり6歳も年上である私と並ぶと、どうしても対等には見えないでしょう? 私が一方的にヨースケを力でそばに置いているみたいな……」
「そんな……」
「誰でもそう思いますよ。ヨースケのように無防備できれいな少年を、大人の私が権力や金の力で、もしくは言葉巧みに騙して囲い込んでいると」

 ガスパルが同じようなことを言っていたのを思い出して、僕は悲しくなった。

 エディはふふっと微笑む。

「それなのに、ヨースケは私が結婚するかもしれないという現実には存在もしない架空のご令嬢に嫉妬していたなんて……」
「えっと……」

 エディが僕を想ってくれているのは分かっていても、頭の片隅ではやっぱり正式に結婚できる女性の方がエディにふさわしい気がしている。どこかでそういう気後れがある。

「頭では分かっていても、少しざわざわって心が騒いだんです」
「ええ。私も同じように、少しだけざわざわしてしまいました」

 くすくす笑うエディにつられて、僕もなんだか笑ってしまった。

「私達はお互いに的外れな嫉妬をしていると思ったら、愛しくてかわいらしくてたまらなくなってしまって……次からはできるだけ服を脱がせてからにしますね」
「はい……」

 毎日毎日、甘々でとろとろで溺れるくらいにイチャイチャしているのに、こんなちょっとしたことでやきもちを焼いたりする。
 僕達はあれだ。
 日本で言う『バカップル』ってやつなんだ、きっと。

「今度、ガスパルにも、他の友達にも、エディを紹介していいですか。この人は僕の大事な恋人ですって……。僕は囲われているんじゃなくて、愛する人と暮らしているんだって、ちゃんと知ってもらいたいんです」
「それはとても嬉しい……。私もヨースケの友達を知りたいので、一度屋敷に招待しましょうね」
「はい」

 エディは僕の背中に手を回して、くるりと位置を入れ替えた。上から僕を見下ろして、深いキスをしてくる。

「ん……」

 舌でくすぐるように上顎を舐められると、ぞくぞくと気持ち良くなる。

「ヨースケ、夕飯までまだ時間があります」
「はい……」

 キスだけでとろんとした僕は、期待を込めた目でエディを見てしまう。

「いいですか……?」
「はい、僕もまだいっぱいしたいです……」

 僕達はその後、じっくりとたっぷりと、時間をかけて愛し合った。




 その日の夕御飯はいつもより遅くなってしまったんだけど、スチュアートは何も言わなかった。
 エディは領主であるお父さんに縁談はすべて断るようにお願いしてあるから、そういうお話自体エディのもとには来ないということを教えてくれた。五男だから家を継ぐ必要も無いし、魔導士としての仕事もあるから、家からの援助が無くてもお金に困らないそうだ。


 食事が終わると、僕らは寝室へ引き上げる。エディはいつもテーブルで魔導書を読むか書き物をしていて、僕はその横でたいていは学校の宿題をしている。

 今夜も宿題をしたい。しようとする……んだけど、昼間にそこでエッチをしてしまったせいで、なかなか集中できなかった。

「エディ……」
「はい、どうしました」

 エディも今夜は同じテーブルで何冊も本を広げて何かの魔法陣を紙に書いていたんだけど、僕とは違ってまったく平気そうな顔をしていた。

 魔力が十分の一に減ってしまったので、エディはモンスター討伐の依頼はほとんど受けなくなった。今は他の魔導士からの相談や依頼を受けて、新しい魔法陣を開発する仕事をしているらしい。魔力が少なくても、エディが優秀な魔導士であることには変わりがないので、依頼の手紙はしょっちゅう届く。

「エディ」

 僕は決意を込めてギュッとこぶしを握る。

「これからは、テーブルでのエッチは禁止にしましょう!」

 僕の提案は唐突だったみたいで、エディは目をぱちくりさせる。

「え、禁止ですか?」
「僕、昼間ここでしたことを色々思い出しちゃって……なんだか、上の空になってしまって、勉強できないんです……」
「じゃぁ、ベッドに行きましょうか」
「え、今?」
「はい、今です。だって思い出しちゃったんでしょう?」

 エディは嬉しそうに僕を抱え上げてベッドに連れて行く……。



 僕はその夜も濃厚な行為の直後に寝てしまい、エディに水魔法で洗われ、寝間着を着せられて、気付くともう次の朝になっていた。

「おはよう、ヨースケ」

 そしてまた、僕の一日はエディの匂いと体温から始まるのだ。






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