上 下
7 / 13

07 狩人の小屋

しおりを挟む
「小屋、ですか?」

「はい」

 アリアロスの言葉にカールは大きく頷きました。

 食後のお茶と報告も終わり、これからの予定の話になったところで無人の小屋が発見されたと聞かされました。

「残留物から数人の狩人が拠点にしていたと思われます。放置されてからかなり時間が過ぎているようなので掃除補修は必要ですが……テントよりは安心して暮らせるでしょう。現在そういう作業が得意な者たちが対応しているので夕方ごろには移れるでしょう」

「あの、ここは魔物も住む森ですよね。狩人さんは危険ではなかったのでしょうか?」

 アリアロスの疑問にカールは「お優しいですね」と笑顔を浮かべました。

「無論、危険だったはずです。しかし拠点を構えるということはそれだけ実入りもよかったのでしょう」

「そうなのですね」

 アリアロスの納得した様子にカールは内心安堵しました。

 実際は盗賊など物騒な輩の拠点だと予想を立てていたのですが余計な不安を持たせないために誤魔化したのです。

「では、わたくしは作業の確認に行ってまいります。アリアロス様はどうかこの辺りでお寛ぎください。護衛はおりますが森の中はまだ完全に安全とは言えないので近づきませんように」

「分かりました」

「はい、良い返事です」

 満足そうに頷いて、カールはその場を離れました。





 森の東側、魔の木々より通常の木の比率が比較的多い地域にその小屋はありました。

 近くには井戸も掘られてあり、中は数人が生活できる程度の広さで個室などはありませんが暮らすには不便しない程度には物が揃っていました。

 しかし、それはあくまで以前暮らしていた人たちの話です。

「いいか! 聖女様が快適に暮らせるようにするのが今の我々の使命だ!! 各員持てる力を最大限に発揮せよ!!」

 レイトラの号令にアンデッドたちは歯を鳴らして応えます。

 木を切り出す者、それを加工する者、細工をする者、取り付けたり組み立てる者、実に様々です。

「どうよ、うちの奴ら優秀だろ?」

 作業を見守るリーサが自慢げに胸を反らします。

「話には聞いていたが……ガエクムン兵のほとんどが手に職を持っているというのは本当だったのだな」

「お前さんの所と比べて小さな国だからな。普段は働いて国に貢献して有事には兵として国を守る……まぁ、戦闘できるからって傭兵を部隊長にするのはさすがにどうかと思ったけどよ」

 溜息をつくリーサをレイトラは複雑な表情で見ました。

 そもそもレイトラたちマイメエントとリーサたちガエクムンの戦争の原因はこの広大な平原でした。

 国境線の位置で双方が主張を譲らず、やむなく開戦となったのです。

 国力で有利なマイメエントに対してガエクムンのとった作戦は先手必勝の奇襲でした。

 レイトラたちが前線の準備を整えているところを少数部隊で襲い掛かり、あとはお互い動く者がいなくなるまでの戦闘でした。

「お姫様の話じゃ両国は健在。オレたちの戦闘後魔の森ができたことで停戦。国境問題は話し合いで片付いて今じゃ友好国だっていうからな……はじめからそうしてりゃよかったんだ」

「確かに、思うところはあるが……俺たちだけの犠牲で戦争が終わったのなら無駄ではなかったのだろう」

「へーへー、真面目さんは割り切れていいねぇ……」

「お前は後悔しているのか?」

「そりゃそうさ。命かけるだけの金はもらったが死ぬつもりはなかったからね……だから、こんなんなってまで起きちまったんだろうさ」

 自分の骨だけの体を見下ろし、リーサは自嘲気味に笑いました。

「はいはい。しんみりした話はそこまでにして作業をしてくださいな」

「学者か……来たのかよ」

 カールの姿を見たリーサは心底嫌そうな顔をしました。一方のカールは気にした様子がありません。

「アリアロス様には説明しましたからね。それよりも急がないと夕方までに間に合いませんよ?」

「分かってるってーの! 作業はちゃんとやらせてんだからいいだろ?」

「ならば別の仕事です。あなたには残っていたシーツなどの洗濯をお願いします。綺麗にすれば十分使えるでしょう」

「めんどくせぇな……それくらい適当な奴にやらせればいいじゃねーか」

「レベル2以上で手が空いているのはここにいる3人のみです。レイトラにはここの指揮を、わたくしは泉の調査をするので、あなたしかいません。それとも、調査を変わってくださいますか?」

「はいはい分かったよ。洗濯しといてやる」

 口では勝てないと思ったのでしょう。リーサは洗濯をするべく離れていきました。

「カール殿は相変わらず人の扱いがうまいな」

「口が達者なだけですよ。では私は泉の調査に行ってきますよ」

「頼む。水源が多いに越したことはないからな」

「はい。今晩の食材も獲れればいいのですが……まぁがんばります」

 カールはひとり小屋から離れていきました。





 夕刻。レイトラの迎えで小屋までやって来たアリアロスは驚いていました。

「すごいです! 古い小屋だと聞いていたのにまるで新しく建てられたみたいです!」

 小屋は徹底的に掃除され、傷んだ部分は補修され、足りないものは新しく作り、結果として新築同然になっていました。

 短時間でここまでできたのはアンデッドたちが疲れ知らずで、対応した技能を持っていたことが理由でした。

「お布団もフカフカ……お日様のにおいがします」

 ベッドに倒れこむアリアロスを見てリーサはまんざらでもなさそうな顔をこっそりとしています。

「キッチンもあったのでアムルコスも喜んでいました。これからも存分に腕を振るってくれますよ」

 既に調理をはじめていたアムルコスはよほど機嫌がいいのか、鼻歌……ではなく歯をリズミカルに鳴らしています。

「私のためにここまで……皆さん、本当にありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 レイトラたちはその場に跪き頭を下げたのでアリアロスは慌てました。

「そ、そこまでしなくても大丈夫ですから!」

「しかし……」

「せ、聖女がいいと言うからいいのです!」

「あなたの負けですよ、レイトラ」

「カール殿……帰って来たのか」

「はい。お土産もちゃんとありますよ」

 泉の調査から戻ってきたカールの手には大きな魚がありました。

「アムルコス、こいつはメインディッシュにお願いします。さて、件の泉ですが大して大きくなく危険はなさそうです。有志の方々に潜って確認してもらったので問題はないでしょう」

 小屋の外では数人のアンデッドたちが焚火を起こして濡れた体を乾かしています。

「森の住人たちの飲み水になっているようなので警備は必要ですが、水浴びくらいはできますよ」

「水浴び……よかった」

 その言葉にアリアロスは安心しました。この数日当然ながらお風呂には入っておらず、ボロボロで汚れた体を早く洗いたかったのです。

「夜はさすがに危険なので明日になりますが……」

「だ、大丈夫です」

 正直に言ってしまえば今すぐにでも行きたかったが、キッチンから漂ってくるおいしそうなにおいの誘惑には勝てそうにないアリアロスなのでした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...