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第三十九話 自分が二人

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「もう行くぞ」

 ロビンの姿から元に戻ったロランは双子の弟へそっけなくそういった。

「つれないな兄上。いつもは何だかんだ言って我と祭りを楽しんでくれるではないか」
「……先約がある」

 腕利きの護衛をつけてはいるが、この人混みだ。イレギュラーなことが起こらない保証はなく、精霊への祈りを捧げる剣舞の最中にもロビンの頭の中にはずっと婚約者の姿があった。

「ふむ。ふふ。まぁそれなら仕方ない。確かにカレンはいい女だからな。それによく物事を見ている。何せ事情を知らぬ者で初めて我らの入れ替わりに気付いた人間だからな。兄上もそこに惹かれたのだろう?」


 ーーあの、殿下。何かお悩みですか?ーー
 ーーなんだ藪から棒に。何故そのようなことを聞くのだ?ーー
 ーーいえ、ここに来てからというもの、時折殿下が影を纏っておられるような気がして。もしも何かお悩みでしたら遠慮なく言ってくださいねーー

 同盟国の義務として何度か訪れた隣国。そこで出会った愚かな王子の婚約者。彼女に自分とロビンの入れ替わりに疑問を持たれた時の衝撃を今でもロランは忘れない。

 幼い時から同じであれと育てられた。そして本人達も同じであると信じた。誰も、両親でさえ入れ替わった二人がどちらか見分けがつかない。違和感すら抱かない。それは十歳の時、ロランが弟との決闘に勝利してデルルウガになった後も変わらなかった。

 自分が二人いる。それはロビンにとってもロランにとってもごく当たり前のことだった。だがしかし、デルルウガとなったロランはロビンではない。ならば果たして今の自分は一体誰なのだろうか? その葛藤が貴族を演じないロランのコミュニケーションの欠落として強く現れる。

 ロランは考える。その精神性は矯正しなければならない。だが同時にどこかで仕方ない事だと割り切ってもいた。

 自分はロビンでロビンは自分なのだから。だからこそ、十歳を超えても時折二人は入れ替わった。時に影武者として、時にはなんの意味もなく。それが二人にとって自然なことで、その行為の正しさは入れ替わりに気付かない周囲の者達が証明しているのだから。

 だからこそ、初めて自分とロビンに疑問を持ったカレンにロランは強く惹かれたのだ。

「……カレンは違和感に気付いただけで影武者と入れ替わっていると見抜いたわけではない」
「だが我らにはそれで十分だった。そうだろう? 兄上」
「そうだな。……その通りだ」

 何度試してもカレンに変化を気付かれる二人はそれ以後、仕事以外で入れ替わる事を止めた。別に話し合ってそうしたわけではない。自然とそうなったのだ。まるで自分達はもう違う人間になったのだと言わんばかりに。

「祭りを楽しむといい、兄上。いや、ロラン・デルルウガ」

 王子の言葉を背に、ロランは人混みに紛れる。どこにいても人、人、人がいる。皆、一様に祭りを楽しんでいる。これだけ色んな人がいるのに、どうして皆同じに見えるのか。そしてその中にいる自分もまた同じでしかないのか。

 大勢の中に埋没していく感覚。自分は本当にここにいるのかという疑問。そんな中ーー

「あ、ロラン様! ここです、ロラン様。ほらプリラ、アラン君も、ロラン様に手を振って」

 彼女はいつも自分を見つけてくれる。

 ロランはまるで眩しいものでも見たかのように目を細めると、子供二人を両手に抱えている婚約者の元へと急いだ。
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