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第十九話 告白の行方
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「あの、で、殿下。そのようなご冗談はおやめ下さい」
突然の告白に対してカレンは咄嗟にそう答えていた。
「冗談? 君は私が冗談でこんなことを言う人間だと思っているのかい?」
「い、いえ。決してそういうわけでは……」
ロナルルは身を乗り出すとカレンの手をそっと握った。
「私は本気だ。君を妻に迎え入れることが出来るのならば、どのような犠牲も惜しくはない」
(ああ、ロラン様の前でそのようなことを仰らないで。ど、どうしよう)
婚約者の前なのだ。身分に関係なくこれが他の男ならばその手をすぐに振り払っただろう。だが相手はロナルル。彼にはダルル王国でカレンがラルドの婚約者だった頃、幾度となく危ないところを助けてもらった恩義があった。
(怖くてロラン様のお顔が見れないわ。そうだ。プリラ、プリラなら……ああ、プリラどうしてそんなに瞳を輝かせているの? ううん。いいのよ。お年頃だものね。でもお姉ちゃん本当に困ってるからできれば助けて欲しいかな)
妹がこの一触即発とも言える空気を良い方向に壊してくれることを願うカレンであったが、プリラにとって大好きな姉と友人であるロナルルが仲良くする光景は危機感からは程遠い出来事であり、むしろこの二人がこれからどうなるのかと知りたい気持ちで、椅子に腰掛けている小さな体がワクワクと揺れていた。
ロナルルは自分を見ようとしないカレンを責めるかのように、乙女の手を握る手に力をこめた。
「カレン、私のことが嫌いかい?」
「そ、そのようなことは決して」
同じ王子ならラルドではなくロナルルが相手だったなら。そう考えたことが一体幾度あっただろうか。
「私はあの愚かな兄とは違う。決して君を蔑ろにはしない。君が王妃になる為に行ってきた数々の努力を知っている。カレン、君は魅力的だ。この世界の誰よりも」
「ロ、ロナルル王子」
その言葉に気持ちが動かないと言えば嘘になる。
そもそもロランはカレンのことをどう思っているのだろうか?
手の早い貴族なら婚約者が自分の屋敷で寝泊まりするようになればすぐ手を出してもおかしくはない。カレンだって当初はそれを覚悟していた。だがどれだけ経ってもロランがカレンに手を出してくる様子はない。
それをカレンは優しさだと思っていた。不当な目に遭った自分を気遣うロランの優しさだと。だがもしもそうでないとしたら?
ロランがカレンに不器用ながらも優しさを見せるのは、単にロランの人柄によるものであって、女としてのカレンにはなんの魅力も感じていないとしたら?
(ロラン様、お願いです。何か仰ってください。……ロラン様?)
近くにいたはずのロランの姿がない。一体どこに行ったのかと部屋の中を見渡してみれば、ロランは壁に掛かった剣を手に取るところだった。
「ロラン様!?」
カレンの悲鳴で全員がロランの行動に気付く。ロランは剣を持ったままゆっくりとロナルルへと近づいた。この行動には無邪気に目を輝かせていたプリラもビックリと目を瞬いた。
ロナルルは抜き身の刃を持つ男へと向き合った。
「ロラン、君のことは友人と思っているが、愛を得る機会は誰にでも平等に訪れるべきであるというのが私の持論だ。この想いはたとえ君に斬られたとしても変わらない」
怯まない強い眼差しを持ってそう宣言するロナルルに、ロランは持っている剣をスッと差し出した。
「……ロラン?」
訳もわからぬまま剣を受け取るロナルル。カレンは思っていたのと違う展開にホッと息を吐いた。そんな中、ロランは剣を持ったロナルルから少しだけ距離を取ると改めて向き合った。
全員の頭の上に?が浮かぶ。ロランはおもむろに拳を構えるとーー
「俺は素手でいい」
と言った。
「って、よくありませんから!!」
憤慨したカレンがロランへと詰め寄る。その迫力にロランは思わず後ずさった。
「しかし……」
「しかしじゃありません。暴力はだめです。絶対」
目尻を釣り上げるカレンの横で、プリラも姉を援護するようにコクコクと頷く。
「ロナルル様も、早くその物騒なものをしまってください」
「え? あ、ああ、勿論だよ。しかしこれは私が自分の意思で持ったわけではーー」
「早くしまってください!」
「しょ、承知した」
そうして壁に剣を戻すロナルル。彼は少しだけ気まずげな顔を見せた後、恋敵へと視線を向けた。
「ロ、ロラン。カレンを怖がらせるのは互いに本意ではないはずだ。場所を変えよう」
「わかっーー」
「駄目です!! 私のいないところで喧嘩なさるおつもりでしょう。言いましたよね。暴力は駄目と。喧嘩はおやめ下さい」
「お、落ち着いてカレン。心配しなくても話をするだけだよ。そうだろう? ロラン」
「ああ」
「……本当ですか? 信じてもいいんですね?」
「勿論だとも」
「安心しろ」
「…………分かりました。本当の、本当に喧嘩なさらないでくださいね。信じていますからね」
カレンの言葉にロランとロナルルはそれぞれ曖昧に頷くと、そそくさと部屋を出ていった。二人の姿が見えなくなるとカレンはーー
「プリラァ~」
と言いながらその場に尻餅をついた。
そんな姉に妹が慌てて駆け寄る。
「こ、こわかったよぉ~」
そう言って泣きながら自分を抱きしめるカレンの頭を、プリラはよしよしと撫でるのだった。
翌日、顔をはらしたロランとロナルルを見て、カレンは泣きじゃくった挙句三日ほど部屋に引きこもった。そんな彼女の機嫌を取ろうと男二人がいかに見事な連携を取ったのか、ロラン邸のメイド達はしばらくの間、その話題で持ちきりだった。
突然の告白に対してカレンは咄嗟にそう答えていた。
「冗談? 君は私が冗談でこんなことを言う人間だと思っているのかい?」
「い、いえ。決してそういうわけでは……」
ロナルルは身を乗り出すとカレンの手をそっと握った。
「私は本気だ。君を妻に迎え入れることが出来るのならば、どのような犠牲も惜しくはない」
(ああ、ロラン様の前でそのようなことを仰らないで。ど、どうしよう)
婚約者の前なのだ。身分に関係なくこれが他の男ならばその手をすぐに振り払っただろう。だが相手はロナルル。彼にはダルル王国でカレンがラルドの婚約者だった頃、幾度となく危ないところを助けてもらった恩義があった。
(怖くてロラン様のお顔が見れないわ。そうだ。プリラ、プリラなら……ああ、プリラどうしてそんなに瞳を輝かせているの? ううん。いいのよ。お年頃だものね。でもお姉ちゃん本当に困ってるからできれば助けて欲しいかな)
妹がこの一触即発とも言える空気を良い方向に壊してくれることを願うカレンであったが、プリラにとって大好きな姉と友人であるロナルルが仲良くする光景は危機感からは程遠い出来事であり、むしろこの二人がこれからどうなるのかと知りたい気持ちで、椅子に腰掛けている小さな体がワクワクと揺れていた。
ロナルルは自分を見ようとしないカレンを責めるかのように、乙女の手を握る手に力をこめた。
「カレン、私のことが嫌いかい?」
「そ、そのようなことは決して」
同じ王子ならラルドではなくロナルルが相手だったなら。そう考えたことが一体幾度あっただろうか。
「私はあの愚かな兄とは違う。決して君を蔑ろにはしない。君が王妃になる為に行ってきた数々の努力を知っている。カレン、君は魅力的だ。この世界の誰よりも」
「ロ、ロナルル王子」
その言葉に気持ちが動かないと言えば嘘になる。
そもそもロランはカレンのことをどう思っているのだろうか?
手の早い貴族なら婚約者が自分の屋敷で寝泊まりするようになればすぐ手を出してもおかしくはない。カレンだって当初はそれを覚悟していた。だがどれだけ経ってもロランがカレンに手を出してくる様子はない。
それをカレンは優しさだと思っていた。不当な目に遭った自分を気遣うロランの優しさだと。だがもしもそうでないとしたら?
ロランがカレンに不器用ながらも優しさを見せるのは、単にロランの人柄によるものであって、女としてのカレンにはなんの魅力も感じていないとしたら?
(ロラン様、お願いです。何か仰ってください。……ロラン様?)
近くにいたはずのロランの姿がない。一体どこに行ったのかと部屋の中を見渡してみれば、ロランは壁に掛かった剣を手に取るところだった。
「ロラン様!?」
カレンの悲鳴で全員がロランの行動に気付く。ロランは剣を持ったままゆっくりとロナルルへと近づいた。この行動には無邪気に目を輝かせていたプリラもビックリと目を瞬いた。
ロナルルは抜き身の刃を持つ男へと向き合った。
「ロラン、君のことは友人と思っているが、愛を得る機会は誰にでも平等に訪れるべきであるというのが私の持論だ。この想いはたとえ君に斬られたとしても変わらない」
怯まない強い眼差しを持ってそう宣言するロナルルに、ロランは持っている剣をスッと差し出した。
「……ロラン?」
訳もわからぬまま剣を受け取るロナルル。カレンは思っていたのと違う展開にホッと息を吐いた。そんな中、ロランは剣を持ったロナルルから少しだけ距離を取ると改めて向き合った。
全員の頭の上に?が浮かぶ。ロランはおもむろに拳を構えるとーー
「俺は素手でいい」
と言った。
「って、よくありませんから!!」
憤慨したカレンがロランへと詰め寄る。その迫力にロランは思わず後ずさった。
「しかし……」
「しかしじゃありません。暴力はだめです。絶対」
目尻を釣り上げるカレンの横で、プリラも姉を援護するようにコクコクと頷く。
「ロナルル様も、早くその物騒なものをしまってください」
「え? あ、ああ、勿論だよ。しかしこれは私が自分の意思で持ったわけではーー」
「早くしまってください!」
「しょ、承知した」
そうして壁に剣を戻すロナルル。彼は少しだけ気まずげな顔を見せた後、恋敵へと視線を向けた。
「ロ、ロラン。カレンを怖がらせるのは互いに本意ではないはずだ。場所を変えよう」
「わかっーー」
「駄目です!! 私のいないところで喧嘩なさるおつもりでしょう。言いましたよね。暴力は駄目と。喧嘩はおやめ下さい」
「お、落ち着いてカレン。心配しなくても話をするだけだよ。そうだろう? ロラン」
「ああ」
「……本当ですか? 信じてもいいんですね?」
「勿論だとも」
「安心しろ」
「…………分かりました。本当の、本当に喧嘩なさらないでくださいね。信じていますからね」
カレンの言葉にロランとロナルルはそれぞれ曖昧に頷くと、そそくさと部屋を出ていった。二人の姿が見えなくなるとカレンはーー
「プリラァ~」
と言いながらその場に尻餅をついた。
そんな姉に妹が慌てて駆け寄る。
「こ、こわかったよぉ~」
そう言って泣きながら自分を抱きしめるカレンの頭を、プリラはよしよしと撫でるのだった。
翌日、顔をはらしたロランとロナルルを見て、カレンは泣きじゃくった挙句三日ほど部屋に引きこもった。そんな彼女の機嫌を取ろうと男二人がいかに見事な連携を取ったのか、ロラン邸のメイド達はしばらくの間、その話題で持ちきりだった。
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