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第十六話 辺境伯
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「弁当」
「え?」
「届けてくれたのだろう」
それだけ言ってさっさと歩き出すロラン。その背中にカレンは一緒に食事を取れる場所へと案内してくれるのだと察して、自分に抱きついている妹の頭を優しく撫でた。
「さぁ、プリラ。ロラン様と一緒にご飯にしましょうか」
「……(コクン)」
そうして姉妹は先を行くロランに追いつくと肩を並べて歩くのだった。
「そういえばロラン様はどうして私たちがお弁当を持って来たとお分かりになられたんですか?」
カレンが花嫁修行で作ったカレー入りの弁当は護衛の一人が持っており、ぱっと見るだけならば護衛はカレン達の買い物に付き合っただけにしか見えないはずだ。
「連絡があったからな」
「連絡……ですか? お弁当をお持ちすると決めてすぐにお屋敷を出ましたが、随分と早いですね」
「ああ。こいつがお前達がここに来ることを教えてくれたんだ」
ロランの言葉に合わせるようにその肩に一羽の鷹が舞い降りた。
「……ホウビーナ」
「クワァ」
ホウビーナは翼を広げると今度はプリラの頭へと着地する。
(ホウビーナったら、またプリラの頭に乗って。鷹の足って結構鋭いのに、大丈夫かしら?)
自分のことであれば大抵のことは我慢できる自信があるカレンであったが、可愛い妹の綺麗な髪に鋭い爪を持った者が無造作に乗った光景は正視に耐えなかった。
(ロラン様にお願いしてホウビーナがプリラに近づかないようにしてもらおう)
「あの、ロランさーー」
クイクイ、と繋いだ手を妹に引っ張られた。
「な、なぁに? プリラ」
「ホウ、ホウ」
「もう、プリラったら。前も言ったと思うけど、ホウビーナはフクロウじゃないのよ?」
いつもは姉のカレンくらいにしか変化が分からない顔を誰が見ても嬉しそうと分かるものに変えて、プリラは鳥の鳴き声を真似る。
(楽しそうね。そういえば昔から動物とは直ぐに仲良くなってたけど、これも聖女の力と関係あるのかしら?)
鷹と戯れて嬉しそうな顔をしている妹を前に、危ないからホウビーナを頭に乗せてはダメとは中々言い出せないカレンであった。
(で、でもプリラは女の子。何かあってからじゃあ遅いのよ。たとえ嫌われても……ああ、でもロラン様が何にも仰らないし、やっぱり私が心配性なだけなのかしら?)
カレンがどうしようかと悩んでいるとーー
「これはこれはロラン男爵。ストイックな貴方様が美女を二人も連れておられるとは、珍しいこともあるものですな」
白い髭を蓄えた初老の男が話しかけてきた。途端、ロランの顔に別人のような笑みが浮かぶ。
「辺境伯。貴方もジン風祭の準備に?」
(初めてお会いした時のロラン様だわ。それにしても……辺境伯!?)
国によっては大公にも匹敵する権力者の登場にカレンは思わず身を強張らせた。
「もちろんですとも。何せ今年は聖女様が現れた特別な年。お祭り好き、そして敬虔なる信者の一人としては嫌でも盛り上げねばなりませんからな」
「そうですか。聖女様もきっと喜ばれることでしょう」
「だといいのですが。して、そちらの美しいご婦人方は?」
「婚約者のカレンです。小さい方はその妹のプリラです」
「婚約者、なるほど。流石は王国の守護者デルルウガ家のご当主だ。このような美しいご婦人の心を射止めてしまわれるとは、いやはや羨ましい」
(王国の守護者? 何のことかしら。それにロラン様ったら辺境伯ともあんなに親しそうに話されて)
ロナルル王子のように上の者が気さくに話しかけることはあっても、ロランのように身分の下の者が上位の者と対等に話すなどダルル王国ではありえない光景だ。
(もしかしてだけど……お国柄なのかしら?)
「カレン殿、そしてプリラ殿。私はダラマス・アルバートと申します。以後お見知りおきを」
「カレンです。いずれデルルウガの姓を名乗れればと思っております。こちらは先ほどロラン様にご紹介いただきました妹のーー」
「ホウ、ホウ」
「プ、プリラ!?」
「ふっはっはっは。目を見張る美しさでありながら中々に愉快なお嬢さんのようですな。十年後、いや五年後が非常に楽しみです。そうだ。よければうちの息子の嫁に来てはくださりませんかな? それほどの器量。そしてデルルウガ家のお墨付きとあれば、是非とも真剣に検討いただきたいのですが、いかがですかな?」
「い、いえ。辺境伯様。この子にはまだその手の話は早いかと存じます」
「そうですか。それは残念だ。しかし……ふむ。……ふーむ? カレン殿にプリラ殿? ……はて。どこかで聞いたような」
(ど、どうしよう)
聖女ということが発覚すると大騒ぎになるので自己紹介の時は名前だけにするか、あるいはデルルウガの姓を名乗るようにとカレンはロランに強く言い含められていた。だから妹が聖女ですとは言えず、カレンはロランに視線で助けを求めた。
「恐らく気のせいでしょう。しかし気になるなら誰かに聞いてみてはいかがでしょうか。それととても残念なのですがカレンの弁当が冷めてしまうといけないので、我々はこれで失礼します。お別れにこのヤンチャなちびっ子の頭でも撫でてあげてください」
ロランがプリラの髪の毛がクシャクシャになるくらい小さな頭を撫で回す。ホウビーナがプリラの頭からロランの肩へと避難した。
「そうですか。それでは失礼して。プリラ殿、そのユーモアと美しさを大事にしなさい。ただしユーモアは使う時と場所を気をつけるんですぞ。知らぬ内にど偉い人物に無礼を働いていたとあっては、笑えるものも笑えませんからな。ふっはっはっは」
大笑いしつつ孫の頭でも撫でるかのようにプリラの頭を撫で回すダラマス辺境伯。
数日後。大量の金銀財宝を持った辺境伯が妖精のように美しい少女に人目も憚らずに謝罪する姿が街のちょっとした話題となった。
「え?」
「届けてくれたのだろう」
それだけ言ってさっさと歩き出すロラン。その背中にカレンは一緒に食事を取れる場所へと案内してくれるのだと察して、自分に抱きついている妹の頭を優しく撫でた。
「さぁ、プリラ。ロラン様と一緒にご飯にしましょうか」
「……(コクン)」
そうして姉妹は先を行くロランに追いつくと肩を並べて歩くのだった。
「そういえばロラン様はどうして私たちがお弁当を持って来たとお分かりになられたんですか?」
カレンが花嫁修行で作ったカレー入りの弁当は護衛の一人が持っており、ぱっと見るだけならば護衛はカレン達の買い物に付き合っただけにしか見えないはずだ。
「連絡があったからな」
「連絡……ですか? お弁当をお持ちすると決めてすぐにお屋敷を出ましたが、随分と早いですね」
「ああ。こいつがお前達がここに来ることを教えてくれたんだ」
ロランの言葉に合わせるようにその肩に一羽の鷹が舞い降りた。
「……ホウビーナ」
「クワァ」
ホウビーナは翼を広げると今度はプリラの頭へと着地する。
(ホウビーナったら、またプリラの頭に乗って。鷹の足って結構鋭いのに、大丈夫かしら?)
自分のことであれば大抵のことは我慢できる自信があるカレンであったが、可愛い妹の綺麗な髪に鋭い爪を持った者が無造作に乗った光景は正視に耐えなかった。
(ロラン様にお願いしてホウビーナがプリラに近づかないようにしてもらおう)
「あの、ロランさーー」
クイクイ、と繋いだ手を妹に引っ張られた。
「な、なぁに? プリラ」
「ホウ、ホウ」
「もう、プリラったら。前も言ったと思うけど、ホウビーナはフクロウじゃないのよ?」
いつもは姉のカレンくらいにしか変化が分からない顔を誰が見ても嬉しそうと分かるものに変えて、プリラは鳥の鳴き声を真似る。
(楽しそうね。そういえば昔から動物とは直ぐに仲良くなってたけど、これも聖女の力と関係あるのかしら?)
鷹と戯れて嬉しそうな顔をしている妹を前に、危ないからホウビーナを頭に乗せてはダメとは中々言い出せないカレンであった。
(で、でもプリラは女の子。何かあってからじゃあ遅いのよ。たとえ嫌われても……ああ、でもロラン様が何にも仰らないし、やっぱり私が心配性なだけなのかしら?)
カレンがどうしようかと悩んでいるとーー
「これはこれはロラン男爵。ストイックな貴方様が美女を二人も連れておられるとは、珍しいこともあるものですな」
白い髭を蓄えた初老の男が話しかけてきた。途端、ロランの顔に別人のような笑みが浮かぶ。
「辺境伯。貴方もジン風祭の準備に?」
(初めてお会いした時のロラン様だわ。それにしても……辺境伯!?)
国によっては大公にも匹敵する権力者の登場にカレンは思わず身を強張らせた。
「もちろんですとも。何せ今年は聖女様が現れた特別な年。お祭り好き、そして敬虔なる信者の一人としては嫌でも盛り上げねばなりませんからな」
「そうですか。聖女様もきっと喜ばれることでしょう」
「だといいのですが。して、そちらの美しいご婦人方は?」
「婚約者のカレンです。小さい方はその妹のプリラです」
「婚約者、なるほど。流石は王国の守護者デルルウガ家のご当主だ。このような美しいご婦人の心を射止めてしまわれるとは、いやはや羨ましい」
(王国の守護者? 何のことかしら。それにロラン様ったら辺境伯ともあんなに親しそうに話されて)
ロナルル王子のように上の者が気さくに話しかけることはあっても、ロランのように身分の下の者が上位の者と対等に話すなどダルル王国ではありえない光景だ。
(もしかしてだけど……お国柄なのかしら?)
「カレン殿、そしてプリラ殿。私はダラマス・アルバートと申します。以後お見知りおきを」
「カレンです。いずれデルルウガの姓を名乗れればと思っております。こちらは先ほどロラン様にご紹介いただきました妹のーー」
「ホウ、ホウ」
「プ、プリラ!?」
「ふっはっはっは。目を見張る美しさでありながら中々に愉快なお嬢さんのようですな。十年後、いや五年後が非常に楽しみです。そうだ。よければうちの息子の嫁に来てはくださりませんかな? それほどの器量。そしてデルルウガ家のお墨付きとあれば、是非とも真剣に検討いただきたいのですが、いかがですかな?」
「い、いえ。辺境伯様。この子にはまだその手の話は早いかと存じます」
「そうですか。それは残念だ。しかし……ふむ。……ふーむ? カレン殿にプリラ殿? ……はて。どこかで聞いたような」
(ど、どうしよう)
聖女ということが発覚すると大騒ぎになるので自己紹介の時は名前だけにするか、あるいはデルルウガの姓を名乗るようにとカレンはロランに強く言い含められていた。だから妹が聖女ですとは言えず、カレンはロランに視線で助けを求めた。
「恐らく気のせいでしょう。しかし気になるなら誰かに聞いてみてはいかがでしょうか。それととても残念なのですがカレンの弁当が冷めてしまうといけないので、我々はこれで失礼します。お別れにこのヤンチャなちびっ子の頭でも撫でてあげてください」
ロランがプリラの髪の毛がクシャクシャになるくらい小さな頭を撫で回す。ホウビーナがプリラの頭からロランの肩へと避難した。
「そうですか。それでは失礼して。プリラ殿、そのユーモアと美しさを大事にしなさい。ただしユーモアは使う時と場所を気をつけるんですぞ。知らぬ内にど偉い人物に無礼を働いていたとあっては、笑えるものも笑えませんからな。ふっはっはっは」
大笑いしつつ孫の頭でも撫でるかのようにプリラの頭を撫で回すダラマス辺境伯。
数日後。大量の金銀財宝を持った辺境伯が妖精のように美しい少女に人目も憚らずに謝罪する姿が街のちょっとした話題となった。
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