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第一話 婚約破棄
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「カレンお前との婚約を破棄する」
婚約者でありダルル王国の第一王子であるラルドのあまりにも突然な宣告に、カレンは一瞬何を言われたのか分からなかった。
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
大公の娘であるカレンは幼い時から王子の良き婚約者になろうと努力してきた。中々思うように成績が上がらず両親に出来損ないと罵られても歯を食いしばって耐えたし、婚約者である王子に心ない言葉を投げかけられた時も笑みを絶やすことはなかった。その努力が突然の婚約破棄で全て無意味になるのだ。せめて理由を知りたかった。
「お前が私の婚約者であることを笠に着て下々の者達に陰湿な虐めを行っていることが分かった。このような行いをする者を王妃にするわけにはいかん」
(虐めって、それをしているのは私ではなく王子の方じゃない)
ラルドは王子であるのを良いことに、気に食わない者を蹴ったり、時には大勢の前で笑い者にしたりする。その度に婚約者であるカレンが止めに入るのだ。だからこれは冤罪もいいところだった。
「そのようなことをした覚えはありません。下々の者達とは正確には誰のことでしょうか?」
「それは言えん」
「何故でしょうか?」
「言えんものは言えんのだ。ええい、とにかく調べはついている。今更貴様が何を言おうが婚約破棄は変わらん。貴様は黙って従えばいいのだ。分かったな」
「……畏まりました」
カレンは大公の娘。こんな横暴、たとえ王子と言えども許されることではない。婚約破棄は十中八九王子の独断だろう。王に直訴する手段もあったが、カレンはそこまでしてこの王子との婚約を守りたいとは思わなかった。
(今までの努力はなんだったのかしら?)
泣きたい気持ちをグッと堪えてカレンは頭を下げた。
「それでは失礼いたします」
「待て! 貴様は今から隣国に嫁いでもらう。家に帰ることは許さん」
「…………は? え? お、王子、今何と?」
婚約破棄だけでも十分に信じられないことなのに、まさかそれ以上の話を聞かされることになるとは。カレンは一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思った。だがおかしいのはやはり王子の方だった。
「隣国に嫁げと言った。急なのは分かる。しかし貴様がこの国にいると、俺の新たな婚約者が色々と気まずい思いをするかもしれん。それは困るだろう?」
先程まで婚約者だった自分が困るのはいいのだろうか? そう思うカレンであったが、それよりも気になる事があった。
「あの、王子、新たな婚約者というのは?」
「貴様の妹であるプリラだ。俺はプリラを婚約者にした」
「ど、どうしてですか? プリラのことはよく思われていなかったはずです。それにあの子はまだ若すぎます」
カレンの六つ年下の妹であるプリラは酷く美しい容姿をしているが、誰もいないところに向かって喋る癖がある。そのせいで長いこと気狂いと言われ、姉であるカレン以外は誰もプリラに近づこうとはしなかった。
「先日教会の者が言っていたが、プリラは精霊と言葉を交わせる人間、俗にいう聖女らしい。美しかろうが頭のおかしい女に興味はなかったが、そうでないと分かれば……分かるだろう? それに今は若くとも数年待てばすぐに熟れる。そうなれば……」
王子の顔に浮かぶ嫌らしい笑み。嫌悪感にカレンの肌が泡立った。
「王子、考え直してください。このような横暴、王はもちろんのこと両親も許すはずがありません」
「最早婚約者でない貴様如きが俺に意見するんじゃない! それに両親だと? はっ! 貴様の両親ならちょっと土地をくれてやったらあっさりと首を縦に振ったぞ」
「そ、そんな?」
事あるごとに辛く当たってくる両親であったが、それも自分の成長を信じてのことだと思っていた。だのに土地と交換に自分を売った? カレンは力なくその場に膝をついた。
「ふん。ようやく己の分際というものが分かったようだな。おい、誰かこの用済みの女を連れていけ。そしてこんな無能を欲しがる隣国の……ああ、何と言ったかな? まぁ何でもいいからさっさと厄介払いしてこい」
そうしてカレンは婚約を一方的に破棄された上、その日の内に馬車に乗せられて隣国の誰とも知らぬ男に嫁ぐことになったのだった。
婚約者でありダルル王国の第一王子であるラルドのあまりにも突然な宣告に、カレンは一瞬何を言われたのか分からなかった。
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
大公の娘であるカレンは幼い時から王子の良き婚約者になろうと努力してきた。中々思うように成績が上がらず両親に出来損ないと罵られても歯を食いしばって耐えたし、婚約者である王子に心ない言葉を投げかけられた時も笑みを絶やすことはなかった。その努力が突然の婚約破棄で全て無意味になるのだ。せめて理由を知りたかった。
「お前が私の婚約者であることを笠に着て下々の者達に陰湿な虐めを行っていることが分かった。このような行いをする者を王妃にするわけにはいかん」
(虐めって、それをしているのは私ではなく王子の方じゃない)
ラルドは王子であるのを良いことに、気に食わない者を蹴ったり、時には大勢の前で笑い者にしたりする。その度に婚約者であるカレンが止めに入るのだ。だからこれは冤罪もいいところだった。
「そのようなことをした覚えはありません。下々の者達とは正確には誰のことでしょうか?」
「それは言えん」
「何故でしょうか?」
「言えんものは言えんのだ。ええい、とにかく調べはついている。今更貴様が何を言おうが婚約破棄は変わらん。貴様は黙って従えばいいのだ。分かったな」
「……畏まりました」
カレンは大公の娘。こんな横暴、たとえ王子と言えども許されることではない。婚約破棄は十中八九王子の独断だろう。王に直訴する手段もあったが、カレンはそこまでしてこの王子との婚約を守りたいとは思わなかった。
(今までの努力はなんだったのかしら?)
泣きたい気持ちをグッと堪えてカレンは頭を下げた。
「それでは失礼いたします」
「待て! 貴様は今から隣国に嫁いでもらう。家に帰ることは許さん」
「…………は? え? お、王子、今何と?」
婚約破棄だけでも十分に信じられないことなのに、まさかそれ以上の話を聞かされることになるとは。カレンは一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思った。だがおかしいのはやはり王子の方だった。
「隣国に嫁げと言った。急なのは分かる。しかし貴様がこの国にいると、俺の新たな婚約者が色々と気まずい思いをするかもしれん。それは困るだろう?」
先程まで婚約者だった自分が困るのはいいのだろうか? そう思うカレンであったが、それよりも気になる事があった。
「あの、王子、新たな婚約者というのは?」
「貴様の妹であるプリラだ。俺はプリラを婚約者にした」
「ど、どうしてですか? プリラのことはよく思われていなかったはずです。それにあの子はまだ若すぎます」
カレンの六つ年下の妹であるプリラは酷く美しい容姿をしているが、誰もいないところに向かって喋る癖がある。そのせいで長いこと気狂いと言われ、姉であるカレン以外は誰もプリラに近づこうとはしなかった。
「先日教会の者が言っていたが、プリラは精霊と言葉を交わせる人間、俗にいう聖女らしい。美しかろうが頭のおかしい女に興味はなかったが、そうでないと分かれば……分かるだろう? それに今は若くとも数年待てばすぐに熟れる。そうなれば……」
王子の顔に浮かぶ嫌らしい笑み。嫌悪感にカレンの肌が泡立った。
「王子、考え直してください。このような横暴、王はもちろんのこと両親も許すはずがありません」
「最早婚約者でない貴様如きが俺に意見するんじゃない! それに両親だと? はっ! 貴様の両親ならちょっと土地をくれてやったらあっさりと首を縦に振ったぞ」
「そ、そんな?」
事あるごとに辛く当たってくる両親であったが、それも自分の成長を信じてのことだと思っていた。だのに土地と交換に自分を売った? カレンは力なくその場に膝をついた。
「ふん。ようやく己の分際というものが分かったようだな。おい、誰かこの用済みの女を連れていけ。そしてこんな無能を欲しがる隣国の……ああ、何と言ったかな? まぁ何でもいいからさっさと厄介払いしてこい」
そうしてカレンは婚約を一方的に破棄された上、その日の内に馬車に乗せられて隣国の誰とも知らぬ男に嫁ぐことになったのだった。
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