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28 手紙

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「二人がいなくなったってどう言うことですか?」

 夕刻。朝食に救助隊に加わらないという方針を決めた俺達は、今日は羽休みにそれぞれ自由行動ということにした。もちろん何処に危険な相手が潜んでいるか分からない現状、二人にはちゃんとボディーガードをつけていたのだがーー

「もう一度確認します。敵の手による拉致ではなく、二人が自分の意思で姿を眩ませたんですね?」

 寝室でルル姉さんと休んでいるところにもたらされた報告に目眩がした。

「はい。我々が警備していたティナ様とサーラ様はサーラ様の人造精霊と入れ替わっておりました。恐らくは火王の宮殿に寄った時に入れ替わったものと思われます」
「計画的な犯行ってことですか。でもどうして……」

 聖王国でもそうだが、国のトップがいる宮殿には空間魔術に対する防御策が施されている場合が殆どだ。いかに聖暗部の精鋭と言えども簡単には侵入することができず、また侵入する必要もないので、外で二人が出てくるのを待っていたら、その隙を見事に突かれたらしい。

「恐らくアリアと接触したことから、自分達が護衛かんしされている可能性に気が付いたんでしょうね」
「……ルル姉さん、体は大丈夫?」

 俺の寝室から薄手のシャツ一枚だけの格好で現れたルル姉さんは気怠げで、足取りもどこか頼りなかった。

「流石に全召喚に精霊融合の合わせ技は応えたけど、弟君のお陰で大方回復したわ」

 シャツを脱いで女性として非の打ち所のない裸体を晒すルル姉さんにアリアさんの部下の一人が服や装備を渡す。ちなみにアリアさんの部下はアリアさんの趣味なのか、それとも護衛対象であるティナやサーラのことを気遣ってくれたのか、全員が女性だ。

「それで弟君、これからどうするの?」
「勿論ティナとサーラを追うよ」
「どこに行ったのか分かるのかしら?」
「多分、いや、絶対に救助隊に参加したんだ。……でも何で俺に相談しなかったんだろ」

 そりゃどんなに仲が良くても一から十まで全て共有するわけじゃないけど、こんな重要なことを相談されなかったのは初めてだ。

「恐らくだけど……彼女達なりに相談はしたんじゃないかしら」
「え? どう言うこと?」
「ほら、今日の朝、珍しくティナとサーラが言い争っていたじゃない」
「意見が合わないことはしょっちゅうだけど、確かにちょっと珍しい感じではあったよね。でもそれが?」
「あれ、わざとだったんじゃないかしら」
「……何でそんなことを?」
「多分だけど弟君に選ばせたんじゃないかしら。あそこで弟君がティナの言葉に賛同していれば一緒に救助隊に参加した。でもそうじゃなかったからーー」
「二人だけで行ったってこと? でも、そんな……」

 二人の幼馴染みの思考こうどうに俺が頭を抱えていると、部屋にもう一人アリアさんの部下が入ってきた。

「アロス様、こちらを」
「この手紙は?」
「失礼ながら、手掛かりはないかとお二人の部屋を調べました。そしたらそちらが机の上に」

 俺はすぐに手紙に目を通した。ややあって姉さんが聞いてくる。

「なんて書いてあったの?」
「……救助隊に加わってサラステアさんを助けてくるって。それと大物の魔族が関わっている可能性があるからその首もついでに取ってくるから、その間観光でもして待っててくれって」

 予想通りの最悪ないように部屋に沈黙が訪れた。

 俺は腹立たしさから手紙を破り捨てたい衝動に襲われたけど、俺が心配しないようティナやサーラの二人が書いてくれたものを破くことはできなかった。

 手紙を折ってアリアさんの部下に手渡す。そしてーー

「クソッ!!」

 我慢できずに部屋のテーブルをぶん殴る。そんな幼稚な俺の行動に姉さんの柳眉が寄った。

「アロス様」
「わかってる。ごめん。……ふぅ。よし、切り替えよう。救助隊が例のダンジョンに向かって出発したのはいつ?」
「お昼よりも少し前となります」
「となると大体六……いや、七時間くらい経っているのか。ここからダンジョンまでの距離は?」
「普通に馬で移動すれば四時間ほどの距離ですが……」
「ダンジョンでの救助活動は時間との勝負。火王国も王族のためとあれば最短の移動方法を確保しているでしょうね。二時間以内に目的地に到着したと見るべきね」

 アリアさんの部下の言葉を引き継いだ姉さんの顔が曇る。俺は不安から強い吐き気に襲われた。

(最悪だ。どんなに希望的観測を入れても二人はすでにダンジョンの中にいる。……あの敵がいるダンジョンの中に)

 思い出すのはダンジョンマスターと思わしき相手が放ったあの威圧感。あれはどう考えても今のティナとサーラがどうこう出来る相手ではない。

(くそ。休息なんて取らずに二人についていれば」

 強敵の存在に備え、ダンジョンで力を使った疲労えいきょうを取ろうとして部屋に篭ったのが失敗だった。

(いや、そんなことを考えてる場合じゃない。大丈夫……二人は絶対に大丈夫だ。だから落ち着け、落ち着け!)

 何度も何度も自分に言い聞かせ、心音が平常のそれに戻るのをただ待った。

「…………今すぐに二人を追います。聖暗部の人達は移動方法の確保と、アリアさんや師匠達に事情の説明を」
「「「はっ」」」
「それと竜との戦いで以前に師匠から貰った剣が損耗しました。ティナからもらった剣でダンジョンマスターと戦うのは不安があるので、俺の、アロス•エイルデアの聖王武装を出してください」

 ほんの微か、聖暗部の人たちの影のような雰囲気に細波が走ったけれど、彼女達は何も言わずに空間魔術で白銀に輝く鎧と剣を出してくれた。

 俺は素早く聖王の力を十二分に発揮することができる武具を身に纏う。

「弟君、聖王家の紋章が入ったそれを纏うことがどんな意味を持つのか、ちゃんと理解してる?」
「姉さん、今はそんなことどうでもいいよ」

 ティナとサーラを助けるためならば、俺が持つ全てを支払ったって後悔はしない。

「そうね、ごめんなさい。でも私もアルバ家の者として弟君の正体を広めるつもりはないの」

 姉さんの視線を受けてアリアさんの部下が仮面を取り出した。

「これは?」
「偽造の仮面。被れば正体を隠せるわ」

 問答の時間が惜しかったので口元だけが覗く仮面それを付けてみる。すると俺の黒髪が長い金色に変わって、声にも変化が生まれた。だが、やはりそんなことはどうでもよかった。

「今すぐに出発します。悪いけど、今回ついて来れない人は誰だろうが置いていきますのでそのつもりで」

 姉さんを含めた全員が無言のまま了解の意を示した。

(ティナ、サーラ。お願いだから無事でいてよ)

 二人の無事を祈る俺の背筋をゾクリとした感覚が這う。

(クソ! これが……)

 恐怖。俺は生まれて初めて味わうそれに震えながら、二人の幼馴染みを追って宿屋を飛び出した。
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