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16 聖王女の叫び

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 トレイに乗せた果実と水差しを慎重に運ぶ。特に水差しにはようやく手に入ったミドルの果実水が入っている。何かを口にすること事態が少なくなった聖王女様の喉もこれならば通るかもしれない。急く気持ちが自然と足を速くする。

 背後から肩を叩かれた。

「ミリィ、そんなに焦ると溢しちゃうぞ」
「リリナ……それはお召し物? まさか聖王女様に何かあったの?」

 大陸を覆う結界を維持するために神殿の最奥にある祈りの間から出ることの叶わない聖王女様が日常生活を送られるのは三日に一度のみ。それ以外は結界を維持するために深い瞑想に入られ、差し入れたお飲み物や果実を時折口にされる以外は微動だにしない。清潔な服のストックは祈りの間にもあるので、服を新たに祈りの間に入れるのは聖王女様の休息日が終わる直前と決まっている。そして休息日はすでに昨日終わっていた。

「ミリィは基本夜の護衛だから寝てて知らなかったと思うけど、今日のお昼頃、急遽聖王女様が結界の強化を行われて、それがさっき落ち着いたところ」
「え? それじゃあまた陣を小さくしたの?」
「うん。ついに五メートルを切ったみたい」
「そ、そんな……」

 結界を張った当初は部屋の中であれば自由に動くことができた聖王女様であったが、度重なる悪魔共の侵攻に対抗するため、活動範囲を狭めることで結界を強化し続けてきた。

「聖王女様は魔法陣に近づくだけで傷を負われることがあったのよ? なのに五メートルって、そんなの……」
「うん。今上層部は最悪のシナリオを想定して会議の真っ最中。普段は緊急会議が行われている時はそのことを殆どの者に気付かせないのに、今回は色んな子達から何かあったんですか? って質問攻めよ」

 どうりですれ違う人達に落ち着きがなかったはずだ。私に質問がなかったのはせっかくの果実水を溢さないよう目で近づくなと威嚇していたからだろう。

「アルヒナ様にも連絡を入れたみたい。いつもは来られるかどうか分からないけど、今回ばかりは流石に足を運ばれると思う」
「アルヒナ様が……」

 人類軍統括アルヒナ総帥。人類は普段は国という形でそれぞれが武力を持っている形であるが、悪魔と戦う際、ただでえ武力で劣る人間が連携も取らずに挑んでも勝負は見えている。そこで人類軍という枠組みを作り、箱庭に存在するあらゆる軍隊はこれに所属する義務を負うことにした。その人類軍を束ねるリーダーこそがアルヒナ総帥。現在箱庭で唯一聖王国と同等の発言力を持つお方だ。だがーー

「こら、そんな顔しないの。いくらミリィがアルヒナ様のことを、その……と、とにかく分かるでしょ? 絶対にそんな顔を他で見せちゃダメだからね?」
「う、うん。ごめん」

 とは言っても難しいかもしれない。アルヒナ様は人類存続に欠かせない重要なお方。その功績にも深い畏敬の念を抱いてはいるが、アルヒナ様の聖王女様に対する態度だけはどうあっても許せそうにない。まず聖王女様が呼ばれても大抵の場合は本人でなく代理人を立てる。それだけならまだしも、代理人に立てる人間を毎回別の人間、それも明らかに軍に入りたての新人に任せるのだ。まるでお前の価値などそんなものだと言わんばかりに。たまに本人が来たかと思えば、聖王女様に対してあまりにも失礼な言動をとられる。何よりも不可解なのはアルヒナ様が辛く当たるのが聖王女様のみという点だ。

 一度、アルヒナ様の聖王女様に対する仕打ちがあまりにも酷かった時、聖王女様付きの護衛の一人が食って掛かったことがあった。だがアルヒナ様はそれを問題にすることはなく、むしろ忠臣振りを褒められた。そう、アルヒナ様は聖王女様意外には基本的に優しいお方なのだ。アルヒナ様のためならば命を平気で投げ捨てることのできる狂信者も数多くいるほどに。だがいかなる人物でいかなる理由があろうとも、人類を守るためにこれほどの犠牲を払っておられる聖王女様に対してあのような態度……ハッキリ言って見ていて不快だった。

「ほら、もう少しで祈りの間よ。いつまでもそんな顔してたら何かったのかと聖王女様にご心配をおかけーー」


「アァアアアアアア!!」


「……へ? い、今の声って、まさか?」
「聖王女様!?」

 祈り間のから聞こえてきた叫びに肌が泡立った。手元から落ちた水差しが廊下を濡らすがそれどころではない。私とリリナは祈りの間へと飛び込んだ。するとーー

「聖王女様? いかがなされました?」
「聖王女様?」

 地面に描かれた魔法陣の外から侍女達が声をかけている。その中心では雪のように白い髪を掻きむしり、両目に巻かれた白い聖骸布から止めどなく血の涙を流される聖王女様のお姿があった。

「貴方達、これは?」
「わ、分かりません。いつものように祈りを捧げておられたら突然」
「聖王女様、いかがなされました? 聖王女様?」

 しかしどれだけ私達がお声がけしても聖王女様は反応してくださらない。閉ざされた両目はどこを見ておられるのか、ふるふると震える両手が虚空へと伸ばされた。そしてーー

「戻って、戻ってこられた! あ、あのお方が! 死を乗り越えて、わ、私達の元に。ついに、ついに!!」

 フラフラとした足取りで陣の外へと向かう聖王女様。途端、結界の中心核である聖王女様が移動したことで変化した圧力がそのお体にのしかかり、全身から血が吹き出した。白い法衣が瞬く間に赤く染まる。なのに聖王女様の歩みは止まらない。

「ルシフル様! ルシフル様! ああ、偉大なお方! どうか、どうかお願いです!  人類を、人類をお救いください! どうか、どうか! ルシフル様ぁああああ!!」
「聖王女様をお止めするのよ!!」

 その場にいる全員で聖王女様に抱きつき、なんとかその歩みを止める。しかし聖王女様は私達のことなど気づいた様子もなく叫び続ける。

「なんでもいたします。どのようなことでも。もう二度、決して、決して貴方様を裏切りません! ですから、どうか、どうか、ルシフル様、ルシフル様ぁあああああ!!」

 慟哭のような叫びは血を流しすぎた聖王女様が意識を失われるまで行われた。

 聖王女様の錯乱から三十分後。結界の消失を危惧して発令しようとした第一種警戒宣言の直前、中継大陸を監視していた観測班から次々とあり得ない報告が寄せられた。それは普段の彼らからすれば別人かと疑うほどの抽象的で私見に満ちた報告だったとのことだ。それに共通するのはただ一つの事実。

 たった一人の圧倒的な力を持つ人間が中継大陸にいる全ての悪魔を殲滅した。

 この報告を受け、上層部は大きく揺れた。しかしすでに先走った者達が行動を起こしていたため、決定はすぐに下された。第一種警戒宣言の代わりにこの情報は瞬く間に箱庭中を駆け巡ることになる。そして聖王女様の錯乱から日が昇るまでの僅かな時間に誰もがそのことを知るのだ。言葉にすれば短く、だが誰もが待ち侘びたその言葉をーー

 勇者、現る。
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