上 下
24 / 36

23.打ち合わせ

しおりを挟む
「って、ことがあってね。結構強い獣だったんだけど、そこは僕達の娘だけあって、なんと無傷で勝っちゃったよ。今は三魔で仲良くお風呂に入ってるところ」

 魔族領側にある辺境の村、そこを治める長の部屋で、フラウダは出来立てほやほやの冒険譚を面白おかしく語って聞かせていた。

「親として誇らしくはあるが、親だからこそ素直に褒める気にはならんな」
「勝手に山に入ったから? でもそれなら入る前に止めればよかったんじゃない? エレミアちゃんにも常に護衛を二魔以上張り付けてるよね?」

 自分の子供を様々な方法で二十四時間警護している元四天王は、子供の友人の周囲に漂う強者の気配に気が付いていた。

「あの子は年齢から考えれば驚くほど聡い……が、それでもまだ子供だ。それも普通とは言い難い力を秘めたな。故に普段から何かと制約をかけておる。これ以上雁字搦めに拘束すれば、いつかどこかで爆発するじゃろ。それならば可愛らしい冒険で息抜きさせた方がよほど良い」
「軍団長の親衛隊が護衛についていれば大抵の事態には対処できるしね。エレミアちゃんは護衛のこと知らないとして、旦那さんは知ってるの? あれ」
「無論だ。そもそもこんな危険な場所で愛娘を無防備に歩かせられるか。そんなことをすれば妾の心の臓は立ち所に灰となってしまうだろう」
「意外と子煩悩なんだね。いや、君らしいと言うべきかな?」

 フラウダはソファに腰掛けると、湯気のたったティーカップへと手を伸ばした。

「らしさで言うのならフラウダ先輩には負ける」

 書類を片付けたグラシデアは席を立つとフラウダの正面へと移動した。

「ん? どう言う意味?」
「あの闇組の精鋭、獣魔暗殺隊に子守をさせておるだろ。普通の魔族にそんな真似は出来ん。流石の妾もあやつらに睨まれたときは肝を冷やしたぞ」

 吸血鬼はソファに腰掛けると、ワイングラスに赤い液体をなみなみと注いだ。

「それでもうまくやってくれてるようで嬉しいよ。昔の君ならネココ達の挑発に乗って百パーセントやり合ってただろうから、何だか月日の経過を感じちゃうな」
「ふん。あやつらは妾に対してはともかくエレミアに対しては節度を守っておるからの。でなければいかに噂に名高い闇組の精鋭とはいえ、黙ってはおらんわ」
「エレミアちゃんはうちの娘の友達だからね。心配しなくても手出しはさせないよ」
「フラウダ先輩にそう言ってもらえるのなら心強いな」

 血のように紅い液体を一気に飲み干すグラシデア。空のグラスをテーブルに置いた時、その瞳には狩人の如き光が宿っていた。

「それでフラウダ先輩、話とは? わざわざ人払いをさせたのだから、よもや世間話だけではあるまい」

 フラウダも空になったティーカップをテーブルへと置く。

「話は二つ。一つはチョルダスト君についてだね。以前言った通りあの子達がこの村に来ないよう幻想山脈で足止めしてるんだけど、全然帰る気配がないんだよね。仕方ないから近々会いに行ってみるけど場合によってはこの村に連れてきてもいいかな?」
「ふむ。チョルダスト師団長か。たしかデア軍団長の男だったな。魔人で性格は生真面目、実力は師団長でもトップクラス」
「へー。中央の情報もそこそこ掴んでるんだね」
「人魔共存という無謀な試みをしておるのだ。情報に過敏になるのは当然のことであろう。もっとも、できうる限りの手を打っておきながら流行に乗り遅れるのは悲しい限りじゃがな」
「まぁ、流石にこの立地じゃね。それで? チョルダスト君については?」
「正直なところ、この村に連れてくるのは反対だ。清廉潔白と噂の魔族であれば尚なことな」

 軍務に忠実な軍人が村の状況を見ればどんな反応を取るか、論ずる必要は二魔にはなかった。

「別に誰もが人間憎しで戦ってるわけじゃないと思うよ」
「だが、どちらが少数派であるかは考えるまでもない。この戦争はあまりにも長く続きすぎておる。それこそ手段と目的が入れ替わるほどにの」
「……この戦争はね、狂っているんだよ」

 少しだけ遠い目をするフラウダのその言葉に、吸血鬼は相槌を打った。

「まさにその通りじゃな。だからこそ妾はその狂気をこの村に持ち込ませたくはないのだ。……が、フラウダ先輩が何とかできると保証するのであれば妾は反対せん」
「いいの?」
「どのみち今の状態を永遠に維持できるわけがないからの。それならこの村の現状を把握した協力者、ないし黙認できる相手を増やしておきたいというのが本音じゃ」
「チョルダスト君ならなんだかんだで協力、最低でも黙認はしてくれると思うよ」

 フラウダとチョルダストの関係を知っているのか、グラシデアは目の前の先輩に疑るような半目を向けた。

「だといいのだが……それよりもフラウダ先輩、師団長とその親衛隊をもう幾日も足止めしておるとのことだが、一体どのような方法で? 師団長クラスともなれば並の魔族のようには行かんであろう」
「それがね、軍を抜ける際にスイナハとちょっと戦うことになったんだけど、その時に面白い技を思いついたんだよ。後でグラシデアにもかけてあげるね」
「ふむ。師団長クラスを足止めする技か。興味深いな」
「楽しみにしててよ。でもその前に僕とちょっとピクニックに行こうか。あっ、こっちのピクニックがもう一つの話ね」
「む? まさか異常の原因を突き止めたのか?」

 魔王軍の強者達から見ても異常に映る山脈の異変については、フラウダが村に訪れた当初から何度となく情報交換を行なっていた。

「いや。でも僕の植物が近寄れない場所が山脈のあちこちに点在してる。その中でも一番怪しそうな所に行ってみよう」
「なるほ……待て! フラウダ先輩の植物が寄れぬだと?」
「気を引き締めた方がいいかもね。魔王軍のサポートを受けられない以上、僕と君の二魔だけで行った方がいい。日取りの調整はグラシデアに任せるよ」
「……分かった。すぐにとはいかんがそう遠くないうちに必ず行おう。それと村の方なのだがーー」
「種は仕込んでおいたから何かあればシェルターを作るくらいは出来るよ。ほかの二つの村にもね」
「ありがたい。この時期にフラウダ先輩が妾の治める村に来てくれたのは、まさに天佑じゃな」
「軍を抜けたのを皆に非難されまくってるから、そう言ってもらえると嬉しいな」
「いや、そこは妾も非難するぞ?」
「え? うそ」

 そんな感じで友人と雑談混じりの打ち合わせを終えたフラウダは家路につくことに。家と言ってもフラウダ達家族が住うのはグラシデアが居を構える屋敷の離れなので、庭の中を少し歩くだけで目的の建物が見えてくる。

「ん? ふふ。可愛いな」

 元四天王の感覚は何度も玄関を確認しては、母親の帰りを今か今かと待ち続ける幼子の反応を捉えた。

「忍び込んで驚かせてみたいけど……また今度にしようかな」

 フラウダは子供でも気づくよう分かりやすく玄関を開ける。

「ただいま~」
「ママ! おかえり、ママ!!」
「おっと」

 フラウダは猛スピードで胸に飛び込んでくる娘を優しく抱き止めた。

「ふふ。随分機嫌がいいね。朝からのお出かけはどうだった?」
「うん。あのね。すっごい美味しそうな果物見つけたの。それでね、ニア、ママにあげようと思ったんだけど、その果物は果物じゃなくてね。とかげーー」
「ニア!? シー! シーでしょそれ!!」
「ケーキ! ケーキのことを思い出してくださいな。あっ、フラウダ様お邪魔しておりますわ」

 ニアを追いかけて廊下を駆けってきたクローナとエレミア。そこでニアは姉と友人に散々口止めされていたことを思い出してーー

「あっ」

 と言って、母親の腕の中で自分の口に両手を当てるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

アリスと女王

ちな
ファンタジー
迷い込んだ謎の森。何故かその森では“ アリス”と呼ばれ、“蜜”を求める動物たちの餌食に! 謎の青年に導かれながら“アリス”は森の秘密を知る物語── クリ責め中心のファンタジーえろ小説!ちっちゃなクリを吊ったり舐めたり叩いたりして、発展途上の“ アリス“をゆっくりたっぷり調教しちゃいます♡通常では有り得ない責め苦に喘ぐかわいいアリスを存分に堪能してください♡ ☆その他タグ:ロリ/クリ責め/股縄/鬼畜/凌辱/アナル/浣腸/三角木馬/拘束/スパンキング/羞恥/異種姦/折檻/快楽拷問/強制絶頂/コブ渡り/クンニ/☆ ※完結しました!

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

処理中です...