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194 物資
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「渡せそうなものは大体渡せたか。……何か他に必要なものはあるか?」
アリュウさんが自分達の馬車を覗き込みながら聞いてくる。
「アハハ。もう十分な感じですよ。ねっ、ドロシー」
「うん。ありがとうございました」
依頼主からの追加依頼をこなすべく、アリリアナ組はレイドを一時的に抜けることになった。そこで生じたのが、物資の分配問題。食料や道具のあるなしは生死を大きく分けるので、分配は難しい問題だけど、沢山の食料や結界石、過剰ともいえる量を分けてもらった。これ以上頂いて、商隊の護衛に支障があったら申し訳なさすぎる。
「やれやれ。いくらお得意様の依頼とはいえ、こんな割に合わない仕事、断ったって良いんだぜ。金に困ってるってわけじゃないんだろ?」
アリリアナ組がポタラさんからの追加依頼を正式に引き受ける旨を伝えると、アリュウさんはとても渋い顔をした。
「はい。皆で話し合って、そうするべきだと思って決めました」
「あ~……そうかい。知ってるとは思うが、ギルドで受ける仕事は、どの程度危険なのか、どのレベルの冒険者になら任せられるのか、それなりにチェックが入る。まっ、最近だと手が回らないことも増えてきたが、それでも情報のあるなしは大きい。分かってるよな?」
「勿論です」
どんな危険があるのか知ってて向かうのと、全く未知数の脅威に立ち向かうのでは、必要な装備も心構えも、何もかもが変わってくる。知っていれば無傷で勝つことのできる魔物が相手でも、唐突な遭遇で全滅させられた冒険者の話は決して少なくない。それほど事前情報というのは大切なのだ。
アリュウさんは乱暴に髪をかくと、これ見よがしのため息をついた。
「ったく、素直に見えて、嬢ちゃんは存外頑固だよな。ボウズ、必ず嬢ちゃんを守れよ」
「ああ。俺の命に替えてもドロシーさんは守ってみせる」
レオ君の気持ちは嬉しいけど、命に替えるなんて言って欲しくない。そのことを指摘したいけど、なんだか言葉尻を捕らえてるみたいで、ちょっと言いにくい。
アリリアナがレオ君の頭を後ろからドンッ! と押した。
「いてぇ!? 何すんだよ」
「アリリアナ組は死者ゼロを目指す超ホワイトクランなんだから、犠牲前提の考え方はやめて欲しい感じなんですけど?」
「うるせぇな。俺だって別に死ぬつもりなんかねぇよ。そういう気持ちの表明だろ、気持ちの。人の覚悟に水を差すなよな」
ご、ごめんなさい~。私もアリリアナと同意見でした。
別に私が言われたわけじゃないのに、胃がキリキリと締め付けられるような感触に思わず猫背になっちゃう。
「別に差したくて差してるわけじゃないんだけどね。冒険者の鉄則はとにかく自身の安全確保。アリュウさんもレオっちを焚き付けるような言い方はやめてくださいね」
「悪い、悪い。ドロシー嬢ちゃんのことになると、つい、な」
アリュウさんが意味ありげな視線を向けてくるけど、それにどんな顔をすればいいのか、ちょっと分からない。ただなんとなくレオ君の表情が気になった。
「そんなわけでボウズも自分の安全を確保した上で、死んでも嬢ちゃんを守れよ」
「……分かってるよ。アンタに言われるまでもない」
レオ君は面白くなさそうにムスッとしてる。不機嫌そうな彼には悪いけど、背が今ほど伸びてない頃みたいで、可愛いなって感じちゃう。
「……どうかした?」
「えっ!? う、ううん。なんでもないよ? なんでも」
可愛いレオ君をギュッとしてみたかった。もしも今が二人っきりなら勇気を出したかも知れないけど、こんなに沢山の人がいるところだと、とてもじゃないけど無理だ。
「どうしよう。なんだか、レオっちを無性に抱きしめたくなってきた感じなんですけど」
「は? 何言ってんだお前?」
「ちょっと、アリリアナ?」
「いやいや。これは私悪くない感じだから。むしろ被害者的な立ち位置だから」
あっ、もしかして私の気持ちが伝わっちゃったのかな? だとしたら……やだ、ちょっと恥ずかしいかも。
「こ、今度は羞恥心が? ええい、この困ったちゃんめ。こうしてあげる感じだし」
「きゃっ!? ちょっと、アリリアナ?」
いきなり抱きしめられて、どうすれば良いのか分らず、手が虚しく宙を描いた。
「う~ん。良い感じだし。っていうかドロシー相変わらず、いい匂い」
「に、匂いとか言わないでよね。あっ、ちょっと……もう」
仕方ないので脱出は諦めてアリリアナのやりたいようにやらせる。私が解放されるまで一分も関わらなかった……気がする。
アリリアナは何かをやり切ったような顔で、汗なんか掻いてないのに、額を腕で拭った。
「ふぅ。まったく、ドロシーにも困った感じね」
「困ったのは、お前だ」
「いいね。嬢ちゃんのボスだけあって、アリリアナ嬢も面白いな」
親指を立てるアリリアナに苦笑すると、アリュウさんはこっちを見て、急に真面目な顔になった。思わず背筋が伸びちゃう。
「今更俺が何を言っても嬢ちゃん達は意見を変えないだろう。だから最後に一つだけ。少しでも危険を感じたら、依頼は諦めろ。たとえ一度引き受けた仕事であっても、手に余るようなら大人しく引く。冒険者の鉄則だ。いいな」
「はい。私も誰にも死んで欲しくないですから」
あの親子(母親はトモコさん、娘はアケミちゃん)を助けてあげたい。襲われてる村の人達もそうだ。でもその為にアリリアナやレオ君、そしてアリアの身を危険に晒すつもりはない。少しでも無理だと感じた場合は評判なんて無視して逃げる。これは以前からアリリアナと何度も話し合った、うちのクランの方針だ。……未だに実行した試しはないけど。
「よし。それならさっき決めた通り俺達は先に行ってるぞ。向こうで会おう」
「はい。依頼を終えたらすぐに追いつきます」
アリュウさんはアリリアナとレオ君にも声をかけた後、自分の馬車の方へと戻っていった。
「あっ、それじゃあ私はポタラさんに挨拶してくるわ。そのまま出発になると思うから皆にもそう伝えておいて」
「うん。分かった。レオ君。行こう」
「ああ」
アリリアナはポタラさんの馬車へ、私とレオ君はアリリアナ組の馬車へと移動する。
「アリュウさん、やけにドロシーさんのこと気にかけるよな」
「え? うん。やっぱりリトルデビル事件のことを気にしてるみたい。あれは仕方のないことだったのにね」
「本当にそれだけなのか?」
「え? それって……」
なんだかこのまま会話を続けると、すっごく気まずい雰囲気になりそう。そんな予感がふと沸いた。
「あっ、いや……ごめん。その、変なこと聞いた」
「ううん。そんなことないよ」
肩が触れ合うほど近くにいる彼の手をそっと握る。レオ君の赤い瞳が見開かれる。
「私のこと気にかけてくれたんでしょう? 嬉しい」
「あ、ああ」
なんとなく気恥ずかしくて、お互いに視線を外す。でも握った手だけはそのままで、私達は馬車へと向かう。そしてそこではーー
「きぃいいい!! このクソガキ! もう我慢できませんわ。決闘。決闘ですわ」
「……カモン」
アリアとイリーナが取っ組み合いの喧嘩をしていた。
アリュウさんが自分達の馬車を覗き込みながら聞いてくる。
「アハハ。もう十分な感じですよ。ねっ、ドロシー」
「うん。ありがとうございました」
依頼主からの追加依頼をこなすべく、アリリアナ組はレイドを一時的に抜けることになった。そこで生じたのが、物資の分配問題。食料や道具のあるなしは生死を大きく分けるので、分配は難しい問題だけど、沢山の食料や結界石、過剰ともいえる量を分けてもらった。これ以上頂いて、商隊の護衛に支障があったら申し訳なさすぎる。
「やれやれ。いくらお得意様の依頼とはいえ、こんな割に合わない仕事、断ったって良いんだぜ。金に困ってるってわけじゃないんだろ?」
アリリアナ組がポタラさんからの追加依頼を正式に引き受ける旨を伝えると、アリュウさんはとても渋い顔をした。
「はい。皆で話し合って、そうするべきだと思って決めました」
「あ~……そうかい。知ってるとは思うが、ギルドで受ける仕事は、どの程度危険なのか、どのレベルの冒険者になら任せられるのか、それなりにチェックが入る。まっ、最近だと手が回らないことも増えてきたが、それでも情報のあるなしは大きい。分かってるよな?」
「勿論です」
どんな危険があるのか知ってて向かうのと、全く未知数の脅威に立ち向かうのでは、必要な装備も心構えも、何もかもが変わってくる。知っていれば無傷で勝つことのできる魔物が相手でも、唐突な遭遇で全滅させられた冒険者の話は決して少なくない。それほど事前情報というのは大切なのだ。
アリュウさんは乱暴に髪をかくと、これ見よがしのため息をついた。
「ったく、素直に見えて、嬢ちゃんは存外頑固だよな。ボウズ、必ず嬢ちゃんを守れよ」
「ああ。俺の命に替えてもドロシーさんは守ってみせる」
レオ君の気持ちは嬉しいけど、命に替えるなんて言って欲しくない。そのことを指摘したいけど、なんだか言葉尻を捕らえてるみたいで、ちょっと言いにくい。
アリリアナがレオ君の頭を後ろからドンッ! と押した。
「いてぇ!? 何すんだよ」
「アリリアナ組は死者ゼロを目指す超ホワイトクランなんだから、犠牲前提の考え方はやめて欲しい感じなんですけど?」
「うるせぇな。俺だって別に死ぬつもりなんかねぇよ。そういう気持ちの表明だろ、気持ちの。人の覚悟に水を差すなよな」
ご、ごめんなさい~。私もアリリアナと同意見でした。
別に私が言われたわけじゃないのに、胃がキリキリと締め付けられるような感触に思わず猫背になっちゃう。
「別に差したくて差してるわけじゃないんだけどね。冒険者の鉄則はとにかく自身の安全確保。アリュウさんもレオっちを焚き付けるような言い方はやめてくださいね」
「悪い、悪い。ドロシー嬢ちゃんのことになると、つい、な」
アリュウさんが意味ありげな視線を向けてくるけど、それにどんな顔をすればいいのか、ちょっと分からない。ただなんとなくレオ君の表情が気になった。
「そんなわけでボウズも自分の安全を確保した上で、死んでも嬢ちゃんを守れよ」
「……分かってるよ。アンタに言われるまでもない」
レオ君は面白くなさそうにムスッとしてる。不機嫌そうな彼には悪いけど、背が今ほど伸びてない頃みたいで、可愛いなって感じちゃう。
「……どうかした?」
「えっ!? う、ううん。なんでもないよ? なんでも」
可愛いレオ君をギュッとしてみたかった。もしも今が二人っきりなら勇気を出したかも知れないけど、こんなに沢山の人がいるところだと、とてもじゃないけど無理だ。
「どうしよう。なんだか、レオっちを無性に抱きしめたくなってきた感じなんですけど」
「は? 何言ってんだお前?」
「ちょっと、アリリアナ?」
「いやいや。これは私悪くない感じだから。むしろ被害者的な立ち位置だから」
あっ、もしかして私の気持ちが伝わっちゃったのかな? だとしたら……やだ、ちょっと恥ずかしいかも。
「こ、今度は羞恥心が? ええい、この困ったちゃんめ。こうしてあげる感じだし」
「きゃっ!? ちょっと、アリリアナ?」
いきなり抱きしめられて、どうすれば良いのか分らず、手が虚しく宙を描いた。
「う~ん。良い感じだし。っていうかドロシー相変わらず、いい匂い」
「に、匂いとか言わないでよね。あっ、ちょっと……もう」
仕方ないので脱出は諦めてアリリアナのやりたいようにやらせる。私が解放されるまで一分も関わらなかった……気がする。
アリリアナは何かをやり切ったような顔で、汗なんか掻いてないのに、額を腕で拭った。
「ふぅ。まったく、ドロシーにも困った感じね」
「困ったのは、お前だ」
「いいね。嬢ちゃんのボスだけあって、アリリアナ嬢も面白いな」
親指を立てるアリリアナに苦笑すると、アリュウさんはこっちを見て、急に真面目な顔になった。思わず背筋が伸びちゃう。
「今更俺が何を言っても嬢ちゃん達は意見を変えないだろう。だから最後に一つだけ。少しでも危険を感じたら、依頼は諦めろ。たとえ一度引き受けた仕事であっても、手に余るようなら大人しく引く。冒険者の鉄則だ。いいな」
「はい。私も誰にも死んで欲しくないですから」
あの親子(母親はトモコさん、娘はアケミちゃん)を助けてあげたい。襲われてる村の人達もそうだ。でもその為にアリリアナやレオ君、そしてアリアの身を危険に晒すつもりはない。少しでも無理だと感じた場合は評判なんて無視して逃げる。これは以前からアリリアナと何度も話し合った、うちのクランの方針だ。……未だに実行した試しはないけど。
「よし。それならさっき決めた通り俺達は先に行ってるぞ。向こうで会おう」
「はい。依頼を終えたらすぐに追いつきます」
アリュウさんはアリリアナとレオ君にも声をかけた後、自分の馬車の方へと戻っていった。
「あっ、それじゃあ私はポタラさんに挨拶してくるわ。そのまま出発になると思うから皆にもそう伝えておいて」
「うん。分かった。レオ君。行こう」
「ああ」
アリリアナはポタラさんの馬車へ、私とレオ君はアリリアナ組の馬車へと移動する。
「アリュウさん、やけにドロシーさんのこと気にかけるよな」
「え? うん。やっぱりリトルデビル事件のことを気にしてるみたい。あれは仕方のないことだったのにね」
「本当にそれだけなのか?」
「え? それって……」
なんだかこのまま会話を続けると、すっごく気まずい雰囲気になりそう。そんな予感がふと沸いた。
「あっ、いや……ごめん。その、変なこと聞いた」
「ううん。そんなことないよ」
肩が触れ合うほど近くにいる彼の手をそっと握る。レオ君の赤い瞳が見開かれる。
「私のこと気にかけてくれたんでしょう? 嬉しい」
「あ、ああ」
なんとなく気恥ずかしくて、お互いに視線を外す。でも握った手だけはそのままで、私達は馬車へと向かう。そしてそこではーー
「きぃいいい!! このクソガキ! もう我慢できませんわ。決闘。決闘ですわ」
「……カモン」
アリアとイリーナが取っ組み合いの喧嘩をしていた。
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