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186 出発前の会話
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クエストの準備期間として新たに設けられた三日という時間は、あっという間に過ぎ去って、明日はいよいよ出発の日。何となく寝付けなくて、私は静まり帰ったオオルバ魔法店、その一階へと降りてきた。
「おや、ドロシー嬢ちゃん。どうかしたのかい? 出発にはまだ早いだろう」
窓から入る月光が照らすリビング。一人椅子に腰掛けたオオルバさんが首を傾げたら、幻想的な銀の髪がサラリと溢れて、暗闇に一筋の線を引いた。
夜の川辺で出会ったホタルのように、あまりにも幻想的な美しさに、私は思わず息を呑んだ。
「嬢ちゃん?」
「えっ!? あっ! えっと……寝付けなくて、それで何か飲もうかなって」
「そうかい。それならハーブティーを入れようかね」
「あっ、私がーー」
「いいから。いいから。嬢ちゃんに茶を入れるのはこのババアの楽しみなんだよ」
そう言われてはお願いするしかない。私は椅子に腰掛けるとお茶を用意するオオルバさんを何とはなしに眺めた。薄暗闇の中うっすらと輝く彼女は本当に綺麗で、絶世の美女といっても過言ではない妹を持つ私でさえも、油断すると目を奪われてしまう。そんな凄い人が私のおばあちゃんなのだ。
「えへへ」
「何だい? 何かいい事でもあったのかい?」
テーブルの上に優しい音を立てて白いカップが置かれる。私はお礼を言いながら湯気が上るそれを掴んだ。
「秘密です」
「おやまぁ、この子ったら」
良いことならこの一年でいっぱいあった。アリリアナ達とはどんどん親しくなれてるし、学生時代からは考えられないほど友達も増えた。アリアやレオ君との関係も良好だし、何より私に血の繋がったおばあちゃんがいた。たとえどんなに暗い気持ちの時でもオオルバさんと話してるとへっちゃらになる。お母さんがいたらこんな感じなのかな?
私のお母さんはどんな人なんだろう? 今どこで何をしてるのかな? 知りたい。知りたいけどーー
「オオルバさん。私、最近毎日がとっても楽しいんです」
今はこの奇跡のような時間を大切にしたい。
「それは良いことだね。私もドロシー嬢ちゃん達のおかげで充実した日々を送らせて貰ってるよ」
「本当ですか? だとしたら嬉しいです」
「本当さ。この間もーー」
ーーーーーー。
ーーーー。
ーー。
「そういえば次のクエスト、ポポルシェ王国に行くんだって?」
それは取り留めのない会話の最中、おばあちゃんが何気なく口にした問いだった。
「え? はい。ポタラさんの依頼で物資を届けに」
「……そうかい」
オオルバさんは何かを考え込むように口を閉じる。
「あの、何か気になることでも?」
「いや、嬢ちゃん達と作るケーキが楽しみだと思ってね」
はぐらかしている。そう感じた。でも妖精であるおばあちゃんにあれこれ聞くのは躊躇われた。
「私も楽しみです。あっ、でもアリアが何か変なモノを入れないか見ててくださいよ」
「善処するよ」
オオルバさんが楽しそうに笑って、私もそれにつられる。おばあちゃんとのお喋りはアリリアナが起きてくるまで続いた。
「気を付けて行くんだよ」
まだ夜の勢力が色濃く残る早朝。荷物を背負ってオオルバ魔法店のドアを潜る私とアリリアナをおばあちゃんが笑顔で送り出してくれる。
「何かいい感じのものがあったら、お土産買って帰るんで」
「ああ。楽しみにしてるよ。でもね、嬢ちゃん達。全員無事に戻ってくることが、このババアにとって最高の土産だってことは忘れないでおくれよ」
おばあちゃんの見送りの言葉はいつもよりちょっとだけ心配性だった。
「オッケーな感じです。それじゃあ」
「行ってきます」
「ああ。行ってらっしゃい」
そうして私とアリリアナは出発した。途中振り返ってみるとオオルバさんは店に戻らずジッとこちらを見ていたので、大きく手を振ってみた。おばあちゃんは優しく微笑むと手を振り返してくれた。
「おや、ドロシー嬢ちゃん。どうかしたのかい? 出発にはまだ早いだろう」
窓から入る月光が照らすリビング。一人椅子に腰掛けたオオルバさんが首を傾げたら、幻想的な銀の髪がサラリと溢れて、暗闇に一筋の線を引いた。
夜の川辺で出会ったホタルのように、あまりにも幻想的な美しさに、私は思わず息を呑んだ。
「嬢ちゃん?」
「えっ!? あっ! えっと……寝付けなくて、それで何か飲もうかなって」
「そうかい。それならハーブティーを入れようかね」
「あっ、私がーー」
「いいから。いいから。嬢ちゃんに茶を入れるのはこのババアの楽しみなんだよ」
そう言われてはお願いするしかない。私は椅子に腰掛けるとお茶を用意するオオルバさんを何とはなしに眺めた。薄暗闇の中うっすらと輝く彼女は本当に綺麗で、絶世の美女といっても過言ではない妹を持つ私でさえも、油断すると目を奪われてしまう。そんな凄い人が私のおばあちゃんなのだ。
「えへへ」
「何だい? 何かいい事でもあったのかい?」
テーブルの上に優しい音を立てて白いカップが置かれる。私はお礼を言いながら湯気が上るそれを掴んだ。
「秘密です」
「おやまぁ、この子ったら」
良いことならこの一年でいっぱいあった。アリリアナ達とはどんどん親しくなれてるし、学生時代からは考えられないほど友達も増えた。アリアやレオ君との関係も良好だし、何より私に血の繋がったおばあちゃんがいた。たとえどんなに暗い気持ちの時でもオオルバさんと話してるとへっちゃらになる。お母さんがいたらこんな感じなのかな?
私のお母さんはどんな人なんだろう? 今どこで何をしてるのかな? 知りたい。知りたいけどーー
「オオルバさん。私、最近毎日がとっても楽しいんです」
今はこの奇跡のような時間を大切にしたい。
「それは良いことだね。私もドロシー嬢ちゃん達のおかげで充実した日々を送らせて貰ってるよ」
「本当ですか? だとしたら嬉しいです」
「本当さ。この間もーー」
ーーーーーー。
ーーーー。
ーー。
「そういえば次のクエスト、ポポルシェ王国に行くんだって?」
それは取り留めのない会話の最中、おばあちゃんが何気なく口にした問いだった。
「え? はい。ポタラさんの依頼で物資を届けに」
「……そうかい」
オオルバさんは何かを考え込むように口を閉じる。
「あの、何か気になることでも?」
「いや、嬢ちゃん達と作るケーキが楽しみだと思ってね」
はぐらかしている。そう感じた。でも妖精であるおばあちゃんにあれこれ聞くのは躊躇われた。
「私も楽しみです。あっ、でもアリアが何か変なモノを入れないか見ててくださいよ」
「善処するよ」
オオルバさんが楽しそうに笑って、私もそれにつられる。おばあちゃんとのお喋りはアリリアナが起きてくるまで続いた。
「気を付けて行くんだよ」
まだ夜の勢力が色濃く残る早朝。荷物を背負ってオオルバ魔法店のドアを潜る私とアリリアナをおばあちゃんが笑顔で送り出してくれる。
「何かいい感じのものがあったら、お土産買って帰るんで」
「ああ。楽しみにしてるよ。でもね、嬢ちゃん達。全員無事に戻ってくることが、このババアにとって最高の土産だってことは忘れないでおくれよ」
おばあちゃんの見送りの言葉はいつもよりちょっとだけ心配性だった。
「オッケーな感じです。それじゃあ」
「行ってきます」
「ああ。行ってらっしゃい」
そうして私とアリリアナは出発した。途中振り返ってみるとオオルバさんは店に戻らずジッとこちらを見ていたので、大きく手を振ってみた。おばあちゃんは優しく微笑むと手を振り返してくれた。
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