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181 朝帰り
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抜き足差し足で階段を登り、静かにドアを開ける。
「ただいま~」
自分の耳にも届かないくらいの小ささで帰宅を告げる。
外はまだ薄暗くて、電気のついてない部屋の中は相応の光度を保っていた。部屋の中にはベッドが二つ。一つは出掛ける前まで私が読んでいた本が枕の上でそっと眠っており、もう一つのベッドでは掛け布団が人の大きさに膨れ上がっていて、空気の出入りに合わせてそれが上下している。
抜き足差し足を続行。自分のベッドに近づく。意味がないことは分かってる。感覚の共有。それが彼女の狸寝入りを教えてくれるのだ。便利なこの感覚も、こういう時は困りものだった。
ううん。ひょっとしたら考え事をしているだけかもしれない。
アリリアナから伝わってくる感情はそれを否定していたけれど、その可能性がゼロかと問われれば、そこにはまだ論議するだけの余地があるはずだ。……多分。
私は素早く着替えを済ませると、そっとベッドに入った。クランのミーティングまで時間に余裕があるから三時間は寝られる。というのは建前で、単に朝帰りしたことを根掘り葉掘り聞かれるのが恥ずかしかった。
そんな私の願望を打ち消すかのように、パァン! とクラッカーが時間を考えない迷惑な音を出した。
「おめでと~」
ウキウキとした声と感情が雨のように降ってくる。これをやり過ごせるかどうか、ひとまず布団の中で雨宿りを試みる。するとーー
パァン! と再び迷惑な音がした。でも私は反応しない。だって私は寝てるのだから。
「もう、ついにって感じよね。あっ、お腹空いてると思って赤飯炊いておいたけど食べる? それともお茶だけにしとく感じ?」
アリリアナさん、私は寝てますよ~。
「とう」
「きゃっ!?」
人一人分の重量が加重されたベッドが抗議に揺れた。
「ちょっとこの子は、何寝たふりしてるのかな?」
「キャハハ。ごめん。ごめんってば」
腋をくすぐってくる手からなんとか逃げようと体を動かすけど、アリリアナはそんな私の動きを巧みに封じる。
「話す気になった感じ?」
「ア、アハハ。は、話す。話すから! ハハ……も、もう……ハァハァ……ゆ、ゆるひ……アハハハ!」
「よかろう。てなわけで、早めの朝食にしない? どうせ眠くはないんでしょう」
「……やっぱり分かっちゃう?」
「今更それ聞いちゃう感じ?」
呆れたように肩をすくめるアリリアナ。彼女が全身に淡い魔力を纏えば、金色の髪と瞳が銀へとその属性を変える。それと同時に自然と私の魔力も高まってきて、鏡を見ないと確認できないけど、瞳と髪の色がアリリアナと同じになってるはずだ。
「ちょっとアリリアナ、共振使うとまた髪が伸びちゃうから」
「そしたらまた売りに行っちゃう?」
「行きません」
「ありゃりゃ。私たちの髪、すっごく良い値段がつくのに」
恋人であり、ギルドの職員でもあるアマギさんに銀色の髪を売っていこう、アリリアナはすっかり味を占めた様子だ。
二人を包んでいた魔力の輝きがフッと消える。
「やっぱり不思議よね。私達魔力すら共有できるくらい、すっかり一心同体な感じなのに。全然違和感がないんだもん。ドロシーと繋がってなかった時がどんなだったか、もう思い出せない感じ」
「うん。私も」
数ある神格種の中でも妖精は不思議な術を使うことで有名だ。この現象も妖精の血だからこそ起こったことなのだろう。
「その。こうなってごめーー」
「あ~。はいはい。謝らなくっていいって。私が嫌がってないの、分かってるでしょ」
アリリアナはそう言って私の上からベッドの脇へと移動する。彼女にはもちろん、私が半神半人であることは説明した。その上で、私ともオオルバさんとも今まで通り接してくれている。
「……うん。分かってる」
「なら、それでいい感じ。正直なところ妹が出来たみたいで嬉しんだよね。ほら、私一人っ子だからさ」
「私が妹なの?」
「お姉ちゃんって呼んでいいからね」
お姉ちゃんかぁ。……案外悪くないかも。
「そういうわけで妹よ。早速昨夜のことをお姉ちゃんに教えなさい」
「えっと……言わなきゃ駄目なのかな?」
「私の時は赤裸々に話したじゃん。それこそ夜が明けるまで」
「いや、あれはアリリアナが勝手に……」
理由も教えずに皆を集めて、聞いてないことまで勝手に喋ったのだ。……まぁ私も含めて皆盛り上がっていたのは否定しないけど。
「いいから。いいから。ほら、早く教えてよ」
「もう。……それじゃあお茶飲みながらね。下に移動しよ」
「赤飯も食べる?」
「え? 本当に炊いたの?」
「嬉しいでしょ」
「う、う~ん。今はお茶だけでいいかな」
「実は私も。やっぱガッツリご飯食べるには時間がね~」
「それなら何で炊いたの?」
「手際の悪いお姉ちゃんを許して」
「わっ!? アリリアナ、階段、階段だから」
私達は途中から加わったオオルバさんと三人で、クランのミーティングが始まるギリギリまでお喋りをした。
「ただいま~」
自分の耳にも届かないくらいの小ささで帰宅を告げる。
外はまだ薄暗くて、電気のついてない部屋の中は相応の光度を保っていた。部屋の中にはベッドが二つ。一つは出掛ける前まで私が読んでいた本が枕の上でそっと眠っており、もう一つのベッドでは掛け布団が人の大きさに膨れ上がっていて、空気の出入りに合わせてそれが上下している。
抜き足差し足を続行。自分のベッドに近づく。意味がないことは分かってる。感覚の共有。それが彼女の狸寝入りを教えてくれるのだ。便利なこの感覚も、こういう時は困りものだった。
ううん。ひょっとしたら考え事をしているだけかもしれない。
アリリアナから伝わってくる感情はそれを否定していたけれど、その可能性がゼロかと問われれば、そこにはまだ論議するだけの余地があるはずだ。……多分。
私は素早く着替えを済ませると、そっとベッドに入った。クランのミーティングまで時間に余裕があるから三時間は寝られる。というのは建前で、単に朝帰りしたことを根掘り葉掘り聞かれるのが恥ずかしかった。
そんな私の願望を打ち消すかのように、パァン! とクラッカーが時間を考えない迷惑な音を出した。
「おめでと~」
ウキウキとした声と感情が雨のように降ってくる。これをやり過ごせるかどうか、ひとまず布団の中で雨宿りを試みる。するとーー
パァン! と再び迷惑な音がした。でも私は反応しない。だって私は寝てるのだから。
「もう、ついにって感じよね。あっ、お腹空いてると思って赤飯炊いておいたけど食べる? それともお茶だけにしとく感じ?」
アリリアナさん、私は寝てますよ~。
「とう」
「きゃっ!?」
人一人分の重量が加重されたベッドが抗議に揺れた。
「ちょっとこの子は、何寝たふりしてるのかな?」
「キャハハ。ごめん。ごめんってば」
腋をくすぐってくる手からなんとか逃げようと体を動かすけど、アリリアナはそんな私の動きを巧みに封じる。
「話す気になった感じ?」
「ア、アハハ。は、話す。話すから! ハハ……も、もう……ハァハァ……ゆ、ゆるひ……アハハハ!」
「よかろう。てなわけで、早めの朝食にしない? どうせ眠くはないんでしょう」
「……やっぱり分かっちゃう?」
「今更それ聞いちゃう感じ?」
呆れたように肩をすくめるアリリアナ。彼女が全身に淡い魔力を纏えば、金色の髪と瞳が銀へとその属性を変える。それと同時に自然と私の魔力も高まってきて、鏡を見ないと確認できないけど、瞳と髪の色がアリリアナと同じになってるはずだ。
「ちょっとアリリアナ、共振使うとまた髪が伸びちゃうから」
「そしたらまた売りに行っちゃう?」
「行きません」
「ありゃりゃ。私たちの髪、すっごく良い値段がつくのに」
恋人であり、ギルドの職員でもあるアマギさんに銀色の髪を売っていこう、アリリアナはすっかり味を占めた様子だ。
二人を包んでいた魔力の輝きがフッと消える。
「やっぱり不思議よね。私達魔力すら共有できるくらい、すっかり一心同体な感じなのに。全然違和感がないんだもん。ドロシーと繋がってなかった時がどんなだったか、もう思い出せない感じ」
「うん。私も」
数ある神格種の中でも妖精は不思議な術を使うことで有名だ。この現象も妖精の血だからこそ起こったことなのだろう。
「その。こうなってごめーー」
「あ~。はいはい。謝らなくっていいって。私が嫌がってないの、分かってるでしょ」
アリリアナはそう言って私の上からベッドの脇へと移動する。彼女にはもちろん、私が半神半人であることは説明した。その上で、私ともオオルバさんとも今まで通り接してくれている。
「……うん。分かってる」
「なら、それでいい感じ。正直なところ妹が出来たみたいで嬉しんだよね。ほら、私一人っ子だからさ」
「私が妹なの?」
「お姉ちゃんって呼んでいいからね」
お姉ちゃんかぁ。……案外悪くないかも。
「そういうわけで妹よ。早速昨夜のことをお姉ちゃんに教えなさい」
「えっと……言わなきゃ駄目なのかな?」
「私の時は赤裸々に話したじゃん。それこそ夜が明けるまで」
「いや、あれはアリリアナが勝手に……」
理由も教えずに皆を集めて、聞いてないことまで勝手に喋ったのだ。……まぁ私も含めて皆盛り上がっていたのは否定しないけど。
「いいから。いいから。ほら、早く教えてよ」
「もう。……それじゃあお茶飲みながらね。下に移動しよ」
「赤飯も食べる?」
「え? 本当に炊いたの?」
「嬉しいでしょ」
「う、う~ん。今はお茶だけでいいかな」
「実は私も。やっぱガッツリご飯食べるには時間がね~」
「それなら何で炊いたの?」
「手際の悪いお姉ちゃんを許して」
「わっ!? アリリアナ、階段、階段だから」
私達は途中から加わったオオルバさんと三人で、クランのミーティングが始まるギリギリまでお喋りをした。
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