婚約者の地位? 天才な妹に勝てない私は婚約破棄して自由に生きます

名無しの夜

文字の大きさ
上 下
135 / 149
連載

181 朝帰り

しおりを挟む
 抜き足差し足で階段を登り、静かにドアを開ける。

「ただいま~」

 自分の耳にも届かないくらいの小ささで帰宅を告げる。

 外はまだ薄暗くて、電気のついてない部屋の中は相応の光度を保っていた。部屋の中にはベッドが二つ。一つは出掛ける前まで私が読んでいた本が枕の上でそっと眠っており、もう一つのベッドでは掛け布団が人の大きさに膨れ上がっていて、空気の出入りに合わせてそれが上下している。

 抜き足差し足を続行。自分のベッドに近づく。意味がないことは分かってる。感覚の共有。それが彼女の狸寝入りを教えてくれるのだ。便利なこの感覚も、こういう時は困りものだった。

 ううん。ひょっとしたら考え事をしているだけかもしれない。

 アリリアナから伝わってくる感情はそれを否定していたけれど、その可能性がゼロかと問われれば、そこにはまだ論議するだけの余地があるはずだ。……多分。

 私は素早く着替えを済ませると、そっとベッドに入った。クランのミーティングまで時間に余裕があるから三時間は寝られる。というのは建前で、単に朝帰りしたことを根掘り葉掘り聞かれるのが恥ずかしかった。

 そんな私の願望を打ち消すかのように、パァン! とクラッカーが時間を考えない迷惑な音を出した。

「おめでと~」

 ウキウキとした声と感情が雨のように降ってくる。これをやり過ごせるかどうか、ひとまず布団の中で雨宿りを試みる。するとーー

 パァン! と再び迷惑な音がした。でも私は反応しない。だって私は寝てるのだから。

「もう、ついにって感じよね。あっ、お腹空いてると思って赤飯炊いておいたけど食べる? それともお茶だけにしとく感じ?」

 アリリアナさん、私は寝てますよ~。

「とう」
「きゃっ!?」

 人一人分の重量が加重されたベッドが抗議に揺れた。

「ちょっとこの子は、何寝たふりしてるのかな?」
「キャハハ。ごめん。ごめんってば」

 腋をくすぐってくる手からなんとか逃げようと体を動かすけど、アリリアナはそんな私の動きを巧みに封じる。

「話す気になった感じ?」
「ア、アハハ。は、話す。話すから! ハハ……も、もう……ハァハァ……ゆ、ゆるひ……アハハハ!」
「よかろう。てなわけで、早めの朝食にしない? どうせ眠くはないんでしょう」
「……やっぱり分かっちゃう?」
「今更それ聞いちゃう感じ?」

 呆れたように肩をすくめるアリリアナ。彼女が全身に淡い魔力を纏えば、金色の髪と瞳が銀へとその属性を変える。それと同時に自然と私の魔力も高まってきて、鏡を見ないと確認できないけど、瞳と髪の色がアリリアナと同じになってるはずだ。

「ちょっとアリリアナ、共振使うとまた髪が伸びちゃうから」
「そしたらまた売りに行っちゃう?」
「行きません」
「ありゃりゃ。私たちの髪、すっごく良い値段がつくのに」

 恋人であり、ギルドの職員でもあるアマギさんに銀色の髪を売っていこう、アリリアナはすっかり味を占めた様子だ。

 二人を包んでいた魔力の輝きがフッと消える。

「やっぱり不思議よね。私達魔力すら共有できるくらい、すっかり一心同体な感じなのに。全然違和感がないんだもん。ドロシーと繋がってなかった時がどんなだったか、もう思い出せない感じ」
「うん。私も」

 数ある神格種の中でも妖精は不思議な術を使うことで有名だ。この現象も妖精の血だからこそ起こったことなのだろう。

「その。こうなってごめーー」
「あ~。はいはい。謝らなくっていいって。私が嫌がってないの、分かってるでしょ」

 アリリアナはそう言って私の上からベッドの脇へと移動する。彼女にはもちろん、私が半神半人であることは説明した。その上で、私ともオオルバさんとも今まで通り接してくれている。

「……うん。分かってる」
「なら、それでいい感じ。正直なところ妹が出来たみたいで嬉しんだよね。ほら、私一人っ子だからさ」
「私が妹なの?」
「お姉ちゃんって呼んでいいからね」

 お姉ちゃんかぁ。……案外悪くないかも。

「そういうわけで妹よ。早速昨夜のことをお姉ちゃんに教えなさい」
「えっと……言わなきゃ駄目なのかな?」
「私の時は赤裸々に話したじゃん。それこそ夜が明けるまで」
「いや、あれはアリリアナが勝手に……」

 理由も教えずに皆を集めて、聞いてないことまで勝手に喋ったのだ。……まぁ私も含めて皆盛り上がっていたのは否定しないけど。

「いいから。いいから。ほら、早く教えてよ」
「もう。……それじゃあお茶飲みながらね。下に移動しよ」
「赤飯も食べる?」
「え? 本当に炊いたの?」
「嬉しいでしょ」
「う、う~ん。今はお茶だけでいいかな」
「実は私も。やっぱガッツリご飯食べるには時間がね~」
「それなら何で炊いたの?」
「手際の悪いお姉ちゃんを許して」
「わっ!? アリリアナ、階段、階段だから」

 私達は途中から加わったオオルバさんと三人で、クランのミーティングが始まるギリギリまでお喋りをした。
しおりを挟む
感想 149

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。