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178 ケーキの好み
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「そうかい。センカ嬢ちゃんも大変なんだね」
ナオさんのお店。一般の席からは少しだけ離れた所に特別に作ってもらった席で、オオルバさんとアリアの三人で昼食を楽しむ。
受けた依頼の準備は昨日のうちに滞りなく終わり、もういつでも出発できる。明日の予定は軽いミーティングくらいだけど冒険者の仕事は予定通りに行かないこともしょっちゅうだ。なのでこれが仕事前の最後の休日と思って、今日は冒険のことは考えず楽しむことにする。
「ドロシー嬢ちゃん、昼はそれだけで足りるのかい? 遠慮せずに好きなの頼んでいいんだよ」
「夜にレオ君とご飯食べる約束してますから。オオルバさんこそコーヒーだけでいいんですか?」
「昔から燃費が良くてね。あまり食べる必要を感じないんだよ」
オオルバさんは妖精。本来人の食事は必要ない。かくいう私やアリアも昔から少食でちょっと食べれば長い時間動けた。魔力の運用に長けた魔法使いにはそういった人は珍しくないから、てっきり自分達もそうなんだと思ってたけど、今考えると妖精の血が原因だったのかもしれない。
「アリア嬢ちゃんはケーキをよく頼むけど、好きなのかい?」
チーズケーキを切り分けていた妹のナイフが止まる。銀の瞳がオオルバさんをジッと見つめる。
「……好き」
「そうかい。そうかい。好きな物があるのはいいことだよ。そうだ。今度私がアリア嬢ちゃんの為にケーキを焼いてあげるよ」
「あっ。それなら私も手伝います」
「私も」
「いいね。なら三人で作ろうか。ちなみにケーキの種類はどうする? 何か希望はあるかい?」
「チョコレートケーキがいいと思います」
「チーズケーキ」
私とアリアの視線がぶつかった。
「アリア、いつもチーズケーキばかりだよね。たまには違うのもいいんじゃないかな?」
「…………」
「な、何よ?」
アリアは無言でチーズケーキを切り分けると、その一つをフォークで刺した。そしてそれをおばあちゃんの方へと向ける。
「なんだい? 私にくれるのかい?」
(コクン)
「ありがとね。なら遠慮なく」
オオルバさんはサラリと流れる銀の髪を耳の後ろへ回すと、妹の持つフォークへと口をつけた。
「うん。ここのケーキは美味しいね」
(フッ)
「えっと、そんな顔されても困るんだけど」
勝ち誇る妹にどう反応したものかと悩んでいると、アリアはもう一度フォークにケーキを刺した。そして今度はそれを私に向けた。
「私にもくれるの?」
(コクン)
「そう。えっと、ありがとね」
どうやら今日のアリアは機嫌がいいようだ。私もオオルバさんのように髪が邪魔にならないよう抑えてフォークに口をーーそこではたと気がついた。
「待って? このケーキに何か入れてないよね?」
「…………入れてない」
「答えるまでの間がすごく気になるんだけど」
「入れてない」
「いや、今更そんな力強く言われても説得力ゼロだよ」
そうだ。オオルバさんならアリアの悪戯を見抜けるはず。
期待を込めて私が視線を向けると、おばあちゃんは困ったように笑ってコーヒーに口を付ける。答えにくそうなその態度が答えな気がした。
ジー、と妹が私を見ている。
「分かった。お姉ちゃんアリアを信じるよ」
(コクコク)
アリアは相変わらず表情を変えないけど、なんとなく「かかったな」とか思ってそうな気がした。
「でもあーんは恥ずかしいから、こっちをもらうね。ありがとう」
私は昼食のサラダに使っていた箸で皿の上にあるケーキを摘んだ。
「だからそっちのはアリアが食べていいよ」
ガーン!! という擬音が妹の背後に見えた気がした。そんな妹を見ながらケーキを頂く。
「うん。美味しい。あれ? どうしたのアリア。食べないの? 何も入れてないんだよね?」
(……コ、コクン)
「なら食べないとね」
百歩譲って食べ物に何か入れるのはまだいいけど(いや、本当はよくないけどね)悪戯を理由にナオさんの料理を残すのは姉として許せない。
そんな私の気持ちが伝わったのか、アリアはぎこちのない動作でゆっくりとケーキを口にする。
あれ? 私の勘違いだったかな?
ケーキを食べても平然としている妹の様子に私が自分の勘違いを疑い始めたところで、アリアの白い肌に玉のような汗がいくつも浮かび始めた。そしてーー
ガシャン。と妹はテーブルに額から突っ伏した。
「やれやれ。すまないけどお水もらえるかい?」
「はーい。今伺います」
トレイに水差しとコップを乗せたナオさんがやってくる。
「あれ? アリアさん、どうしたの?」
「自滅です」
「ふーん? 天才のやることってのは分かんないね」
天才とは真逆の行動だった気がするけど、こんなでも可愛い妹だ。余計なことは言わないでおこう。
水差しの中身が空のコップを満たしていく。
「ありがとね」
「あっ。いえ、全然。これくらいは、し、仕事ですから」
間近でオオルバさんの美貌を見たナオさんの頬が赤らむ。妹がすごい美人なのは誰もが認めるところだけど、おばあちゃんはその上、女性特有の色香まであって、一緒に街を歩いているとすごく目立つ。
……前は殆ど認識されてなかったのに。
出会った頃は妖精の姿をしていてさえ、それを意識させなかった。なのに今ではその美貌を隠そうともしない。というか隠せていない。
神格種に与えられるペナルティ。家族で過ごす幸せな時間の中、それだけが喉に引っ掛かった小骨のように気になった。
ナオさんのお店。一般の席からは少しだけ離れた所に特別に作ってもらった席で、オオルバさんとアリアの三人で昼食を楽しむ。
受けた依頼の準備は昨日のうちに滞りなく終わり、もういつでも出発できる。明日の予定は軽いミーティングくらいだけど冒険者の仕事は予定通りに行かないこともしょっちゅうだ。なのでこれが仕事前の最後の休日と思って、今日は冒険のことは考えず楽しむことにする。
「ドロシー嬢ちゃん、昼はそれだけで足りるのかい? 遠慮せずに好きなの頼んでいいんだよ」
「夜にレオ君とご飯食べる約束してますから。オオルバさんこそコーヒーだけでいいんですか?」
「昔から燃費が良くてね。あまり食べる必要を感じないんだよ」
オオルバさんは妖精。本来人の食事は必要ない。かくいう私やアリアも昔から少食でちょっと食べれば長い時間動けた。魔力の運用に長けた魔法使いにはそういった人は珍しくないから、てっきり自分達もそうなんだと思ってたけど、今考えると妖精の血が原因だったのかもしれない。
「アリア嬢ちゃんはケーキをよく頼むけど、好きなのかい?」
チーズケーキを切り分けていた妹のナイフが止まる。銀の瞳がオオルバさんをジッと見つめる。
「……好き」
「そうかい。そうかい。好きな物があるのはいいことだよ。そうだ。今度私がアリア嬢ちゃんの為にケーキを焼いてあげるよ」
「あっ。それなら私も手伝います」
「私も」
「いいね。なら三人で作ろうか。ちなみにケーキの種類はどうする? 何か希望はあるかい?」
「チョコレートケーキがいいと思います」
「チーズケーキ」
私とアリアの視線がぶつかった。
「アリア、いつもチーズケーキばかりだよね。たまには違うのもいいんじゃないかな?」
「…………」
「な、何よ?」
アリアは無言でチーズケーキを切り分けると、その一つをフォークで刺した。そしてそれをおばあちゃんの方へと向ける。
「なんだい? 私にくれるのかい?」
(コクン)
「ありがとね。なら遠慮なく」
オオルバさんはサラリと流れる銀の髪を耳の後ろへ回すと、妹の持つフォークへと口をつけた。
「うん。ここのケーキは美味しいね」
(フッ)
「えっと、そんな顔されても困るんだけど」
勝ち誇る妹にどう反応したものかと悩んでいると、アリアはもう一度フォークにケーキを刺した。そして今度はそれを私に向けた。
「私にもくれるの?」
(コクン)
「そう。えっと、ありがとね」
どうやら今日のアリアは機嫌がいいようだ。私もオオルバさんのように髪が邪魔にならないよう抑えてフォークに口をーーそこではたと気がついた。
「待って? このケーキに何か入れてないよね?」
「…………入れてない」
「答えるまでの間がすごく気になるんだけど」
「入れてない」
「いや、今更そんな力強く言われても説得力ゼロだよ」
そうだ。オオルバさんならアリアの悪戯を見抜けるはず。
期待を込めて私が視線を向けると、おばあちゃんは困ったように笑ってコーヒーに口を付ける。答えにくそうなその態度が答えな気がした。
ジー、と妹が私を見ている。
「分かった。お姉ちゃんアリアを信じるよ」
(コクコク)
アリアは相変わらず表情を変えないけど、なんとなく「かかったな」とか思ってそうな気がした。
「でもあーんは恥ずかしいから、こっちをもらうね。ありがとう」
私は昼食のサラダに使っていた箸で皿の上にあるケーキを摘んだ。
「だからそっちのはアリアが食べていいよ」
ガーン!! という擬音が妹の背後に見えた気がした。そんな妹を見ながらケーキを頂く。
「うん。美味しい。あれ? どうしたのアリア。食べないの? 何も入れてないんだよね?」
(……コ、コクン)
「なら食べないとね」
百歩譲って食べ物に何か入れるのはまだいいけど(いや、本当はよくないけどね)悪戯を理由にナオさんの料理を残すのは姉として許せない。
そんな私の気持ちが伝わったのか、アリアはぎこちのない動作でゆっくりとケーキを口にする。
あれ? 私の勘違いだったかな?
ケーキを食べても平然としている妹の様子に私が自分の勘違いを疑い始めたところで、アリアの白い肌に玉のような汗がいくつも浮かび始めた。そしてーー
ガシャン。と妹はテーブルに額から突っ伏した。
「やれやれ。すまないけどお水もらえるかい?」
「はーい。今伺います」
トレイに水差しとコップを乗せたナオさんがやってくる。
「あれ? アリアさん、どうしたの?」
「自滅です」
「ふーん? 天才のやることってのは分かんないね」
天才とは真逆の行動だった気がするけど、こんなでも可愛い妹だ。余計なことは言わないでおこう。
水差しの中身が空のコップを満たしていく。
「ありがとね」
「あっ。いえ、全然。これくらいは、し、仕事ですから」
間近でオオルバさんの美貌を見たナオさんの頬が赤らむ。妹がすごい美人なのは誰もが認めるところだけど、おばあちゃんはその上、女性特有の色香まであって、一緒に街を歩いているとすごく目立つ。
……前は殆ど認識されてなかったのに。
出会った頃は妖精の姿をしていてさえ、それを意識させなかった。なのに今ではその美貌を隠そうともしない。というか隠せていない。
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