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168 この瞬間を

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 その者、あらゆる傷を癒し、死を払う。彼の者こそ治癒使いの頂点。

 癒しのセラスティーヌ。

 歴史書。基礎魔法学。治癒の専門書。様々な魔法の教科書にその名を刻み、少しでも教養のある者ならば知らぬ者はいない、偉大なる魔法使い。

「ふっふっふ。すごいじゃろ。儂、凄いじゃろ」

 それが……この子?

「え? 本当に?」
「なんで疑うんじゃ? 失礼な小娘じゃな」
「あう。ご、ごめんなさい」

 だってセラスティーヌ様といえば、どんなに若くても三百年以上は生きているはずだ。それがまさかこんな可愛い女の子の姿をしてるなんて……あっ、でもラミアも基本幼子に化けるんだよね。どうしよう、幼い外見に変な先入観ができちゃいそう。

「ちょっとセラスティーヌ様、ドロシーは今回の防衛戦における最大の功労者なんですのよ。小言を言うのはおやめくださいな」
「そうだ。そうだ。じゃないとこうしちゃう感じなんだから」

 アリリアナがセラスティーヌ様の脇をこちょこちょとくすぐり出した。

「ぬっはっはっは。こ、こら。やめんか。ドロテアの活躍ならちゃんと認めておるわ」
「いや、あの、ラミアに勝てたのは皆のおかげです。別に私だけが功労者とか、そんなことはないと思うんですけど」

 ただでさえお父様のせいで過剰な評価を得ているのに、これ以上身の丈に合わない評価は遠慮したかった。

「無論。そんなことは分かっておる。皆、よく戦ってくれた。全員が功労者であることは間違いない。ただお主らはこの里の者ではない上に、冒険者としても駆け出し。そんなお主達が里の中心にまで入り込んでいたラミアを倒してくれた。籠城であれば門を開けられるかどうか、戦闘であれば不意をつかれるかどうか、時として少数の行動が数の差を超えて大局を決定することがある。エルフの盟主の一人として、我が民を救ってくれたこと、礼を言う」

 そう言ってセレスティーヌ様が頭を下げ、近くにいたエルフの人達がそれに倣った。

 な、何だろこの感じ。嬉しい。嬉しいけど、すごく照れ臭い。

「い、いえ、ですので私が功労者と言うなら、アリリアナやイリーナさんも同じなわけで、え、えっと……そんな感じです」
「それは分かっておるし、別に誰が一番と決める必要はない。ないが、二人はお主のおかげだと言っておるぞ?」
「ええっ?」
「いや、実際そうでしょ。ドロシーがいなければ私達確実に死んでた感じだし」
「そうですわね。あの状況で三人が生還できたのは間違いなくドロシーのおかげですわ。ただ……」

 ズイッ、とイリーナさんが身を寄せてくる。

「イ、イリーナさん? どうしたの?」
「イリーナ」
「はい?」

 なんで今更自己紹介するんだろ?

「私のことはイリーナと呼んでくださいます? さん付けは今後禁止ですわ」
「ど、どうして?」
「決まってますわ。私は友達にさん付けされたくない派なんですの。アリリアナも、いいですわね」
「オッケー」
「……友達? 私とイリーナさんが?」
「そうですわ。まさか嫌とは言いませんわよね? ……言いませんわよね!?」
「う、うん。勿論。勿論だよ! 私とイリーナ……は友達だよ」

 うわっ。どうしよう。今すごく嬉しい。今回はもうダメなんじゃないかと思ったけど、諦めなくて本当によかった。

「ふふ。それでは改めてよろしくですわ。ドロシー」
「うん」

 私はイリーナと握手を交わし、ちょっとの間見つめ合った。アリリアナ達と街で偶然会った時もそうだけど、この瞬間を私は決して忘れない。その自信があった。

 この調子でアリアとも昔みたいになれるといいな。

 感動した私が可愛い妹のことを考えてると、イリーナが表情をコロリと変えた。そしてーー

「それでさっそくなのですが、ドロシーに頼みがありますの」

 私の肩をガシッと掴んだ。

 どうしたんだろ? すごい真剣な顔してるけど。

「何? なんでも言って」
「では遠慮なく。実は……」
「うん」
「お金を貸して欲しいのですわ」
「……うん?」

 あれ? 聞き間違いかな?

「お金を貸して欲しいのですわ」

 あっ、聞き間違いじゃないみたい。

「えっと……ど、どうして?」
「手持ちが心もとないからですわ。アリリアナといい、ドロシーといい、カード強すぎですわ」

 一瞬なんのことを言っているのか分からなかったけど、直ぐに戦いの前にイリーナとカードゲームをしたのを思い出す。

「ってかイリーナが弱すぎな感じじゃない? あと友達に金借りるのはトラブルの元だから気をつけてよね」
「何を言ってますの、ただの仲間ならともかく友人には遠慮しませんわよ私。あっ、でも無理ならそう言ってくださいね。余裕のある範囲で構いませんわ。それと勿論踏み倒しなんてしませんわよ。必ず返します。しかも倍にして」
「……ちなみにどうやって?」
「勿論、ここのエルフの方々とアリリアナから巻き上げてですわ」

 なんでアリリアナとエルフの人達が円を描くように座っているのかと思ったら、ゲームしてたんだ。

「あの、良いんですか?」
「む? 構わんじゃろ。ここにいる者は皆、休憩時間中じゃからな。警備は警備で当番の者がちゃんとしておる。一人になりたい者や、静かな時間が欲しい者は隣の建物におるからな。お主も行きたければそっちで休んで構わんぞ」
「え? いえ……ここでいいです」

 今一人になるとあれこれ考えてしまいそうだ。気持ちが落ち着くまで、この賑やかな雰囲気の中で何も考えずにいたい。……平気そうに見えるけど、アリリアナやイリーナさんもそうなのかな? あれ? そう言えば……。

「ドルドさんとロロルドさんは?」
「あそこで休んでますわよ」

 部屋の隅の方で布団の上に執事服のまま横になっているロロルドさんと、そんなロロルドさんの上で眠る一羽の白い鳥がいた。

「ドロシー達と合流する前に私をラミアの攻撃から庇って負傷しましたの。ドルドの調子も悪かったですし、私だけが合流したんですわ」
「そうだったんだ」

 あの時は必死だったから。二人がどうしているのか気にする余裕が全然なかった。ちょっぴり罪悪感。

「そんな顔する必要はありませんわ。二人ともさっきまでピンピンしてましたし、それぞれが冒険者としてやるべき事をちゃんとやった。そうではありませんこと?」
「イリーナさ……そうだね、イリーナ」
「そうですとも。それじゃあドロシー」

 グイッとイリーナが顔を近づけてくる。今までにないこの距離感が、とても嬉しい。

「お金、貸してくれますの? くれませんの?」
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