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160 歓声

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「月よ、良ければ私の馬に乗らないかな?」

 一眼で魔力種だと分かる立派な体躯を誇る白馬。それに跨ったガルドがアリアさんにそんな提案をした。

「…………」
「勿論、無理にとは言わないよ。望むなら君達の馬を借りてこよう」

 教会の最高幹部の馬だけあって、ガルドが乗っている白馬は一目でシロや黒帝王よりも生物として性能が上だと分かる。それはそのまま移動速度や緊急時の対応の幅へと繋がるだろう。

「……乗る」

 ヒラリ、とアリアさんが重力を感じさせない動きでガルドの馬に飛び乗った。

「ふむ。こんな形で君と触れ合えるとは、僥倖といったところかな」

 手綱を握るという大義名分の下、ガルドの両腕がアリアさんの体に回される。

 白馬に跨る絶世の美男美女。スゲー絵になる。絵になるけど、何かモヤモヤするな。ってか、あそこまで密着する必要あるのか? いや、アリアさんが嫌がってないなら別にいいんだけどさ。

「レオ・ルネラード。乗りなさい」

 黒馬の上から女従者が声を掛けてくる。

 名前は確かリリーナさん……だったか? うん。だったな。

「ありがとうございます」

 俺はリリーナさんの後ろに飛び乗った。その際、背中の大剣が馬に当たらないよう結構気を使った。

「それでは行くとしようか。全員覚悟はいいかな?」
「早く」
「ああ」
「勿論です。ガルド様」
「よろしい」

 ガルドは一つ頷くと馬を走らせた。とは言ってもまだ王都の中なので普通の馬の駆け足程度と変わらない速度だ。馬をとってくる際に話をつけたのだろう。城門前には王国軍が集結しつつあったが、兵が綺麗に左右に寄っていたので、馬を止める必要はなかった。

 なんかスゲー目立ってないか?

 通っている所を考えれば当然と言えば当然なのだが、それにしたって兵達の注目度が高すぎる気がする。普通出兵前というのはもっと忙しいものではないのだろうか? 何故こうも注目されているのか。俺が訝しんでいるとーー

「うぉおおおお!!」 

 いきなり兵達が拳を天に突き上げた。そして雄叫び、いや違う。歓声だ。歓声を上げた。よく見れば中には跪いて祈りを捧げている者までいる。

 無論、兵達の歓声も祈りも俺に対してではない。それらはたった一人の男に収束しており、この熱狂の前ではあのアリアさんですら単なる部外者でしかなかった。

 最強の聖人。ガルド・セインクリアテッド。

 魔物という人類の天敵が跋扈するこの世界で、知らぬ者を探す方が難しい、この中央大陸における人類の守護者。いや、たとえガルドのことを知らなくとも、この声援を聞けばアイツが今までどれだけの偉業をなして来たのか、容易に想像できるだろう。

「初めに言っておきますレオ・ルネラード」

 その声は兵達の声に紛れるかのように、ひっそりとしていた。

「何だよ?」
「ガルド様の御身が危険な時は命を賭してガルド様の盾になりなさい。私達三人が死んでもガルド様が生きてさえいれば、この先何千、何万という人々を救えるのですから。逆にもしもガルド様を死なせてしまえば、数万の人々を見殺しにするのと同義なのだと肝に銘じなさい。いいですね? 命を惜しまず、献身に努めるのです」
「……ガルドがスゲー奴だってことは認める。だがルネラードの人間は命を区別しない。ガルドは勿論、アンタもアリアさんも俺は見捨てない」

 リリーナさんがこちらを振り返った。炎のような色とは裏腹に、その瞳は氷のように冷ややかだ。

「これだから新兵は。……貴方が実力とは無関係のところで我々の足を引っ張らないことを祈っています」

 そして馬が速度を上げた。想像以上の速さだ。歓声はあっという間に遥か後方となった。

 足を引っ張るなだって? 上等だ。見てろよ。必ず魔物を倒してドロシーさん達を助けてみせる。勿論誰も死なせずに。

 初めて挑む国家レベルの戦闘を前に、俺の心臓はかつてない激しさで胸を叩いた。
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