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156 一瞬の油断

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「ねぇねぇ。何か他の所でも戦闘が起こってる感じじゃない?」
「アリリアナ、危ない!」
「へ? ふぎゃ!?」

 アリリアナを押し倒すと、私達の頭上を真空の刃が通過した。

「やっば。ありがとうドロシー。愛してる」

 私の頰に友達の柔らかな唇が拍手のように何度も触れる。

「もっと距離を取ってから回り込まない?」
「賛成。あんなのに巻き込まれたら激ヤバな感じだし」

 巨大な体躯を十二全に駆使するラミアとその周囲で激しく動き回るエルフ。エルフは全員が全身を包む球体の防御魔法を展開しており、側から見ると炎や雷を放つ光る球体が巨大な魔物の周囲を舞ってるみたいだ。

「すごっ。そして綺麗。ねぇねぇ、あれさ、旅館とかで出し物として使えそうじゃない?」
「い、言ってる場合かな?」

 並んで全力疾走する私とアリリアナ。背後では凄い爆発がいくつも起こり、ラミアによって弾かれた魔法がすぐ近くの地面を吹き飛ばした。

「「ひゃあああ!?」」

 背中を衝撃波に押されて私達は地面を転がった。

「ド、ドロシー、生きてる?」
「な、なんとか」

 顔を上げると、泥パック状態のアリリアナと目が合う。多分私もあんな顔になってるんだろうな。

「なんかもうこれ、戦闘って言うよりも戦争って感じじゃない?」
「う、うん。早くドルドさん達と合流して避難した方がよさそう」

 ラミアとエルフ。どちらも個体としても集団としてもこの大陸で最強クラス。戦争という言葉もあながち間違いとは言えなかった。

 近くに着弾する魔法。

「ちょ!? 今のメッチャ危ない感じだったんだけど」

 吹き飛んだ大地の一部が雨のようにパラパラと降り注いで私達の全身を叩いた。

「アリリアナ、火、火が来たよ」
「ひぃいい!? って言ってる場合じゃない感じ? 退避! 退避ぃいいい!!」

 飛び起きた私達は服の汚れもそのままに走り出す。

 火柱が上がった。後ろ……ではなく私達がいる広場から遠く離れた場所で。

「ほら、ドロシー。あれ、あれ」
「うん。他の場所でも戦いが起こってるみたい」

 この場にカイエルさんがいなかったのが少し気になってたんだけど、多分他のエルフの人達と一緒に外部からの攻撃に備えてたんだ。

 またも近くに魔法が着弾した。

「「きゃあああっ!?」」

 ズザーと、二人で地面をスライディングする。魔力で体を守っていなかったら大怪我をしているところだ。

「……ねぇ、ドロシー」
「……何?」
「私達狙われてる感じじゃない?」
「偶然だよ。……多分」

 エルフとラミアの戦いはパッと見、エルフが押してるけど、やっぱり一筋縄では行かないようで、ラミアは黒い血を怨嗟のように振り撒きながらも、鬼気迫る様子でより激しい攻撃を繰り出している。結果として戦火がどんどん広がってる。

「あんな魔物が集団でせめて来てるって、何気に大ピンチな感じじゃない? 主に私達が」
「エルフがいるから大丈夫だよ。それに……」
「それに?」
「え? えっと、その、な、何があってもアリリアナは私が守るから、その、心配しないで」

 なんて、エルフよりも弱い私が言っても説得力ないかな? ないよね。

 勢いで言ってしまった自分の言葉に頰が熱くなる。

「ドロシーがそう言ってくれるなら百人力な感じ。あっ、ちなみにドロシーがピンチな時は私が守るから。これってどういうことか分かる?」
「えっと……どっちも死なないってことかな?」
「正解。イェーイ」

 アリリアナが拳をこちらに突き出してきたので、私はそれにソッと自分の拳を当ててみた。

 こんなことしてる場合じゃないのに。でもアリリアナと話してるとこんな時でもすっごく落ち着く。

「それじゃあ怒涛の爆撃にもめげずにもう一度合流を試す感じ……で?」
「アリリアナ?」

 どうしたの? と聞こうと思ったんだけど、聞くまでもなかった。

 ただでさえ巨大なラミアの尾が急激に膨れ上がったのだ。そしてーー横薙ぎ。

「ヤバっ。ドロシー」
「うん」

 浮遊魔法を使っていたエルフは皆上手く攻撃を回避したけど、大地を走る津波を避けることは私達にはできそうもない。

「「魔法の力よ害意を阻め! 『シールド』」」

 私とアリリアナの周囲に球型の防御壁が形成される。直後に激突。シールドに突き刺さってくる膨大な質量。

 ……ダメ。防ぎきれない。

 内臓が迫り上がってくるような浮遊感に襲われる。弾き飛ばされた。それを理解した時には既に重力という名の鎖に捕らわれていた。

「アリリアナ、地面! 体勢に気をつけて!」

 伝わったかな? 分からない。でも一緒に展開してる魔法は変わらず維持されてる。パニックにはなってないはずだ。

 地面に衝突。その際、防御壁で可能なかぎり衝撃を散らす。だけど完全には無理で、私達はシールドの中を放り投げられたサイコロのように転がった。

 そしてーー

「ドロシー……生きてる?」
「な、なんとか」

 互いの安否を知って気が抜ける。パッとシールドが消失した。

「やば、凄いフラフラするんだけど」
「私も」

 目が回るなんていつ以来の経験だろ? えっとここはどこかな?

 周囲を見回した。

「アハハ。里まで戻されちゃった。ってか家に当たらなかったの凄くない?」
「家よりも人にぶつからなくて良かった。……あれ? 人の気配がない?」
「あれじゃない? ほら、ラミア退治に参加しない人は避難所に集合って言ってたから」
「ああ。そう言えば……」

 よし。ようやく目が回った独特の感覚が消えた。早くイリーナさん達と合流しないと。でも不用意に近付くのも危ないし。どうしよう?

「お姉ちゃん?」

 その声に心臓が飛び跳ねる。背後を振り向くとそこにはーー

「ラーちゃん?」

 やだ。何でこの子がここに? いけない。凄く接近されてる。この距離は危険だ。

 私が後ずさると幼い瞳に大粒の涙が浮かんだ。

「皆どこにいったの? ど、どうして私は一人なの?」

 あれ? 様子がおかしい? そういえばラーちゃんはラミアじゃないって話だったっけ。魔物に操られて正気に戻ったら独りぼっち。それは怖いよね。

「えっと……大丈夫だよ。皆他の所にいるからラーちゃんもそこに行こうね」

 私はラーちゃんに一歩近付いた。油断してたわけじゃない。でもほんの一瞬だけ警戒を緩めてしまった。

 途端ーー幼い子供の口元が吊り上がる。ううん。吊り上がるなんてものじゃない。裂けた。唇が耳のあたりまで大きく。

「キッシッシッシ!」

 それはまるで悪魔の哄笑。大きく開いた口から舌……ではなく蛇? 蛇が飛び出した。

 ドンッ!

「え?」

 気付けば私は地面に手をついていた。

 突き飛ばされた? 誰に? まさか?

 全身の血がサッと引くのを感じながら顔を上げる。するとそこにはーー

「アリリアナ!? ああ、そんな、嘘!?」

 人の腕ほどもある大きな蛇に噛みつかれた、友達の姿があった。
 
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