上 下
90 / 149
連載

136 街路樹

しおりを挟む
「え? ガルドさんが?」

 今日はメルルさんと一緒に『クリスタル』でお買い物。一階にある美容関係の商品を眺めていると、メルルさんが急に休みを取れた理由を教えてくれた。

「そうなの。先日ウチの病院にやってきて、リトルデビル事件で再生魔法が必要となった患者さん全員を治療したのよ。それもその日のうちに」
「全員!? 魔法使いじゃない人もいるんだよね? 再生後の適合調整は大丈夫なの?」

 再生魔法での治療は、ただ体を作ればいいといった単純なものではなくて、再生された肉体が拒絶反応を起こさないようにしたり、元のように動かせるようにしたりと、むしろ再生後の方が大変な場合もある。再生後も治癒使いの時間を束縛するので、当然安くない賃金が発生する。なので魔力で肉体をコントロールできる魔法使いは自分の力で肉体に馴染むよう調整する場合が多いけど、それは一般人には不可能だ。

「適合調整はウチがやることになってるけど、協会からも人材を出して頂けるの。だから何の問題もないのよ」
「そうなんだ。何て言うか、やっぱりガルドさんは凄いんだね」

 最強の聖人。出会い方のせいであんまりそんな感じはしないけど、この国の王よりも発言力のある人なんだよね。

「ドロシーさん、そんな人に求婚されたのよね。はぁ。レオも大変だわ」
「な、なんでそこでレオ君が出てくるの? それよりもほら、この色なんてどうかな?」

 私は棚に並んでいる口紅の中から一つを手に取った。

「いいと思うわ。ただ、私としてはドロシーさんにはもっと明るい色の方が合いそうな気がするのよね。例えば……これなんてどうかしら?」
「あ、じゃあそれで」
「え? あの、別にドロシーさんが好きなのを選んでいいのよ?」
「ううん。絶対こっち」

 正直、口紅一つとっても数が多すぎて、どれも同じに見えてきた。なので友達が勧めてくる物があるなら、それを選ばない理由はない。

「そんな簡単に決められるとちょっと不安かも。センカちゃんがいたら、意見が聞けるんだけど」
「センカさんはお化粧とかうまいの?」

 そう言えば着物姿のセンカさん、とっても綺麗だったな。

「センカちゃんは私たちの中で一番おしゃれよ。流行ものは大抵彼女に教えてもらってるの」
「そうなんだ。私も今度教えて貰おうかな」
「いいんじゃないかしら。センカちゃん、その手の話題好きだし、きっと喜ぶわ」

 メルルさんの選んでくれた口紅を購入して店を出る。前回『クリスタル』に来た時は、あれだけギラギラと燃え盛っていた太陽も、この頃はすっかりとその日差しを弱め、肌寒い風が肌を撫でるようになってきた。

「そういえばレオ君。どんな様子だった?」
「レオ?」
「うん。その、怒ってなかったかな?」

 今回のクエストにはついてこないでいいと告げた時、口では分かったと言ってくれたけど、その顔は納得からは程遠く見えた。

「クエストの件ね。確かに不満そうな様子だったけど放っておけばいいのよ」
「いいのかな?」

 メルルさんはレオ君のことになると、時々辛辣だ。

「口では言い訳を色々言ってるけど、弟は武力に魅せられ始めてるわ。人を救うのは治癒使いじゃなくて戦士なんじゃないかって考えてる。でも私はそうは思わない。だからクエストからレオを外してくれて、むしろ嬉しいくらいよ」

 そう言われると次からレオくんをクエストに誘い難いんだけど、でも私もメルルさんの言う通り、レオ君には優しいレオ君のままでいて欲しいな。……どうしよう、思いきってクエストには付き合わなくて良いって言うべきなのかな?

「あら? あそこにいるのってグラドール家の方じゃないかしら」
「え? あっ、本当だ」

『クリスタル』からナオさんの喫茶店へと続く通りに、金髪を縦ロールにした美女がいた。

「何をされてるのかしら?」
「……さぁ。一人のようだし、ちょっと声掛けても良いかな?」
「勿論よ。私もご挨拶しておきたいし」

 イリーナさんの肩には何故かリスが乗っていて、彼が私達を見つけると直ぐにイリーナさんが振り返った。

「あら、ドロシーさん。奇遇ですわね。それと……」
「初めまして、メルル•ルネラードと申します。いつも弟がお世話になっております」
「ああ。貴方が。お世話だなんてとんでもないですわ。レオさんの素質は素晴らしい。もしも冒険者の道を選べば、きっと大陸中にその名が轟くような、りっぱな殿方になりますわ」
「ありがとうございます。ですが弟は元々治癒使いの道を志しておりまして。冒険者になったのもそのための足掛かりに過ぎません。なのでその可能性はないかと」
「残念ですが、そのようですわね。ですが彼はまだ学生の身。これから考えがどう変わるかなんて誰にも分かりませんわ」
「そうですね。本当に、その通りです」

 ニッコリと笑みを交わし合うメルルさんとイリーナさん。き、気のせいかな? ちょっと空気が重いような……

「あ、あの。イリーナさんはここで何してたんですか?」
「そうでしたわ。さぁ、お二人ともこちらへ。そこでは見つかってしまうかもしれませんわ」

 そう言って街路樹の後ろへと身を隠すイリーナさん。私達は一度顔を見合わせると、それに続いた。

「えっと、どういうことなんですか?」
「あれですわ。あれ」

 イリーナさんの指差す先には、手を繋いだ二人の女性ーー

「アリリアナとアマギさん!?」
「シー。声が大きい。気付かれてしまいますわ」
「気付かれるって、ひょっとして後を付けてるんですか?」

 それは人としてどうかと思うんだけど。

「違いますわ。たまたま街で見かけたので挨拶しようとして、しかしタイミングが掴めないだけですわ」
「ええっ!?」

 幾らなんでもその言い訳は苦しいと思う。

「あれが噂のアマギさんなのね。一見すると真面目そうな人だけど」
「見掛けに騙されてはいけませんわ。美形であれば男女問わず手を出す魔性の女として、一部の人には有名な方なのですから」
「友達として凄く心配。でもアリリアナちゃん、それ分かってて付き合ってるみたいだし」

 メルルさんまで街路樹から顔をひょっこりと出しちゃった。

「ねぇ、二人とも。友達を尾行するなんてよくないよ」
「そうね。ドロシーさんの言う通りだわ。私としたことが……って、嘘!? こんな所で?」
「ハレンチですわ。物凄くハレンチですわ」 
「え? ど、どうしたの? 何が起こってるの?」
「アマギさんの手がアリリアナちゃんの腰に回ったの。これは臨戦態勢よ! アマギさんはやる気なのよ」
「臨戦態勢!? やる気って、な、何を?」
「キッスですわ。キッスする気なんですわ」
「キッス!?」

 私は街路樹から顔をひょっこりと覗かせた。そしてーー

「「「きゃあああ!!」」」

「……いや、何してる感じなわけ?」

 呆れ顔のアリリアナに見つかった私達は、アマギさんのご好意でナオさんの喫茶店でコーヒーをご馳走になった。
しおりを挟む
感想 149

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。