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132 手袋

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「ど、どうしてここにアリアさんが?」

 幻想的な美しさを持つ彼女が日常の象徴とも言える教室にいる。そのことに強い違和感を覚えた。見ればさっきまであんなに騒がしかったクルスの奴が、借りてきた猫のようだ。

「レオは今日、何限まで受けるの?」
「え? 今日は八限までいるけど。あっ、おい。アリアさん?」

 彼女は現れた時と同等の唐突さをもって身を翻す。……は? 今ので用事は終わり? マジか。一体なんだったんだ?

 アリアさんの後ろ姿を呆然と見送っていると、銀色の瞳が彼女の肩越しに振り返った。

「教室で待ってる」

 それだけ言って、彼女は今度こそ教室を出て行った。

「おっ……おいおいおいおい!? どういうことだ? こら、レオ、お前、どういうことだ?」
「落ち着けよ、バカ」

 クルスが俺の首に腕を回して締めてくるので、力尽くで引き離す。

「先日アリアさんと知り合う機会があったんだよ。それで……多分、それが理由だ」
「いや、その理由をもっと具体的に教えろよな。つーか、マジか。あのアリア様が、うわっ、スゲーショック」

 机に突っ伏して頭を抱えるクルス。教室中の目と耳が、いまだに俺に集っている気がした。

 そんな嫌な静寂の中、ガタッ、とやけに大きな音を立てて襟詰めの軍服を着た筋肉隆々の同級生が立ち上がる。

「さっきから聞いていれば男爵の息子風情がアリア様をさん付け呼ばわり。無礼にも程があるぞ」
「……ポット」

 ガチガチの貴族至上主義者。貴族でありながら、平民も貴族も同じように扱うウチの病院が気に入らないらしく、一日一回は俺に絡んでくる。

「俺とアリアさんの関係をお前にどうのこうの言われる筋合いはないぞ」
「様だ! アリア様っ! 高貴な方への無礼、最早許し難い。ガーロック家の名にかけて、貴様に決闘を申し込む」

 大仰にそう言って、ポットはこちらに手袋を投げてきた。宙を泳ぐ古風なメッセージを、横から伸びた手が掴んだ。

「何か手袋を受け取っちまったが、これはつまり俺に決闘を申し込むってことで良いのかよ?」
「ク、クルス様。いえ、決してそのような意図はありませぬ」

 クルスの親父は伯爵。そしてポットの母親は子爵だ。

「じゃあ、この手袋は投げられなかった。そういうことで良いよな?」

 二メートル近い巨体、そんな男の黒色の瞳が憎々しげに俺を睨んだ。

「あれ? ひょっとしてダメなのか?」
「い、いえ。そのようなことは。クルス様の仰る通り通り、その手袋は投げられませんでした」
「そりゃ良かった。ならこの拾った手袋はお前にやるよ……って、レオ?」

 クルスは横から手袋をヒョイっと奪った俺を意外そうな顔で見つめる。今までもポットが絡んでくる度にこんなふうにクルスが割って入ってきて、半端に決着していた。正直、クルスの影に隠れてるようで良い気はしなかったが、余計な争いがそれで回避できるなら良いかとも思っていた。だが今はーー

「いいぜ。決闘を受ける」
「おい、レオ。らしくないぞ」
「吐いた唾は飲めんぞ、ルネラード」
「ただし、約束してもらうぞ。俺が勝ったら二度と貴族がどうとかそういうことで絡んでくるな。お前の考え方にケチをつけたくないが、押し付けられるのはうんざりだ」
「いいだろう。その代わり俺が貴様に勝ったら、貴様は一年間俺の従者をやれ。高貴な者への接し方というものを一から叩き込んでやる」

 そんなこんなで俺はクラスメイトと決闘することになった。
 
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