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122 それぞれの家庭

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「それじゃあ眠気もとれてきたし、そろそろ馬車の購入に行こっか」

 朝から甘いものを堪能した私達は、アリリアナのその一言で喫茶店『キャット』を後にした。

「それで、アリリアナ希望の馬車はいくらするんだ?」

 魔車屋までの道すがらセンカさんが思い出したように聞いてくる。

「う~ん。それがね……う~ん」

 あれ? ひょっとしてアリリアナ、馬車の値段忘れちゃったのかな?

「何を悩んでいるんだ?」
「いや、糖分が補充された頭で考えてみたら、やっぱイリーナの言ってた馬車でも良い気がしてきて」
「えっ!?」

 ここに来て変更するつもりなのかな? まだ代金を支払う前だから大丈夫だとは思うけど……。

「お前な、安い買い物じゃないんだぞ。そんな調子で大丈夫なのか?」
「いや、そうなんだけどさ。イリーナが指摘していた点ももっともだと思って。やっぱ私の欲しい馬車って大きすぎかな? いや、でも快適さは必須だし」
「何事も即決するお前がそこまで悩むのは珍しいな」
「私だけの問題じゃないしね。そう言うわけでごめんドロシー。ひょっとしたら今日買わない可能性あるかも」
「私は別に構わないけど、マジックブルーのアサガオはどうするの? 確か期間申請三週間だったよね?」

 アリリアナが依頼を納品して、すでに数日経過している。エルフの里に行って花を積んでくるだけだから、まだまだ余裕はあるんだけど、このまま移動手段が決まらないのはちょっと問題かも。

「だーいじょうぶ。大丈夫。試運転として今回の依頼で馬車使っておきたかったけど、いざとなったらシロと黒帝王に乗って依頼の品を取りに行こ。どうせ大した距離じゃないんだし」

 確かにシャドーデビルなんて例外的な存在と遭遇した後でなければ、エルフの里まで魔法を使って走って行くことを検討してたと思う。

「シロと黒帝王? ……ああ、アリリアナがメデオ先生に家を売り払って買った馬か」
「えっ!? アリリアナが家を売った相手ってメルルさんのお父様だったの?」

 よくあの短時間で売れたなって思ってたら、思いっきり知り合いに売ってたんだ。

 それにしてもメデオ先生か。何度かあったことあるけど、メルルさんと同じで優しそうな面差し……何だけど、怒らせると怖そうな雰囲気の人だったな。

「いや~。流石はメデオ先生な感じよね。何も聞かずに言い値の三倍の金額だしてくれたし」
「三倍? それは……すごいね」
「メデオ先生のことだ。アリリアナの様子から大方の事情を察したのだろう」
「二人はメデオ先生と親しいけど、やっぱりメルルさんの友達だから?」

 私もメルルさんの友達なのに、メデオ先生とは世間話をする程度。もっと積極的に話しかけた方がいいのかな?

「それもあるが、先生と私達の親が友人でな。その縁でメデオ先生には昔から良くしてもらってる。私が魔法学校に通えたのも先生のお力が大きい」
「え? それって……」

 どういうことなんだろ? 気になる。気になるけど、聞いていいことなのかな? 

 アリリアナが肩をすくめた。

「センカはお父さんの残したお金があるんだから、学校にいけないことはなかった感じじゃない?」
「今ならともかく、当時の私にあのお金をきちんと管理できたとは思えん。母もその手のことが上手くないしな。やはり先生のお陰だ」
「センカさんのご両親って……」
「母は子供相手に護身術を教えている。父は王国兵士で昔小さな村を襲った魔物と戦って、それで……」
「あっ、ご、ごめんね? 変なこと聞いて」
「いや、構わない。もう何年も前のことだし、魔物が跋扈するこの世界では特に珍しい話でもないしな。それにこうして父と同じ仕事にもつけた。これからは父の代わりに私が国を守る一助になるつもりだ」

 そう語るセンカさんは眩しくて、お化粧とか関係なく、すっごく綺麗だった。

「……お父様のこと、尊敬してるんだね」
「幼い私からみても愚直過ぎる人ではあったが、それでも私の父親だからな。いや、親子関係など家庭によって様々だろうがな」
「うん。そう、だね」

 最後の言葉はきっと私に気を遣ってくれたんだ。……どうしよう。センカさんと話してると何だかお父様の顔を見たくなっちゃった。でも会ったら会ったで喧嘩になりそうだし。そもそも今まで散々アリアと比べて出来損ないだ何だと言っておいて、S指定の魔物を倒した途端に手のひら返すなんて父親としてどうなの?

 あの時のお父様の顔を思い出すとすっごくムカムカする。するのにーー

 それでこそ私の娘だ。

 油断するとあの日言われた言葉を何度も反芻してる私がいる。……お父様にあんな風に褒められたの、いつ以来だろ?

「何かさぁ、空気重くない? なんでこんな話になってるわけ?」
「え? なんでって……」

 あれ? そういえば何の話してたんだっけ?

「確かアリリアナがメデオ先生に家を売った話がきっかけだったか。そもそも勝手に売ってよかったのか?」
「友達のピンチだったんたし、全然オッケーでしょ。それにママからはあの家は好きにして良いって言ってもらってるし」
「お前のその行動力は本当に凄いと思うよ」
「えっと、アリリアナのご両親は?」

 というか、アリリアナってお母様のことママっていうんだ。ちょっと意外かも。

「私? 私のところはママが魔物の生態調査を生業にした研究者で、父親はいない感じ。あっ、死んだとかじゃなくて、初めから結婚しなかった感じね」
「そ、そうなんだ。……あれ? でも家を売ったならお母様は今どこで生活されてるの?」
「ママは仕事の都合で殆ど家に帰らないの。だから会えるのは年に数回くらいかな?」
「数回って……それはアリリアナが卒業してからの話だよね?」
「え? いや、私が十歳くらいの頃からそんな感じだけど?」
「ええっ!?」

 お父様がいないんだよね? なのにお母様とは年に数回しか会えない? メイドさんとかいたのかな? でもアリリアナの家は平民だし。もしも誰もいない家に十歳の子供を一人で生活させてたなら、それってーー

「友人のご家族を悪く言いたくないが、私はユーリリナさんの子育てについては正直腹に据えかねるところがある」
「ユーリリナ!? って、ギルドと教会から公式研究者として認定されてる?」

 大陸に大きな影響を与える教会とギルド。二者はそれぞれ研究者に公式研究者という肩書きを与えることで、現代の基準となる知識を大陸に広めている。つまり公式研究者に選ばれるということは、この大陸の『知』の基準になるということだ。

「一応はそのユーリリナな感じ。ママは確かに放任主義だけど、あれで良いところもあってリトルデビル事件の後も私の顔を見に来てくれたんだよ。まぁ無事を確かめたら三時間くらいで帰ったけど」
「三時間って……」

 年に数回しか会えないのに? お父様も親として相当アレだったけど、アリリアナのお母様も方向性が違うだけで結構な問題がある気がする。それなのに……何だろ? この気持ちは。共感? それとも安堵? 当たり前だけど、家族のことで悩んでるのは私だけじゃないんだよね。

「ってか、話題変えない? 空気重いし、丁度魔車屋が直ぐそこな感じだし」
「そうだな。では候補の馬車を見させてもらった上で、王国兵士としての視点から意見させてもらうとするか」
「おっ、頼もしい感じじゃん。ドロシーも気付いたことあったら言ってよね」
「う、うん。任せて」

 私達は親の話題なんてなかったかのように話題を替えて、魔車屋へと入店した。

「すみませーん。予約してたアリリアナ組のものですけど」

 よく通るアリリアナの声。それに引っ張られて店の奥から店主さんがやってきた……んだけども、どうしたんだろ? 店主さん、やけに機嫌が良さそう。

「ああ、アリリアナ様、それにドロテア様。お待ちしておりました」

 あれ? この間来た時、ドロテアだって名乗ったっけ? 対応はアリリアナとイリーナさんがしてたし、どちらかが言ったのかな? そらともまさか、この人も伝達絵巻読んだとか?

「予約してた馬車なんですけどーー」
「それなら代金は既に頂いております。馬車を納品する場所を教えて頂ければ、直ぐにでもお運びしますよ」
「「「え?」」」
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