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117 教会の使者
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「日に二度もお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんジオルド殿」
「何をおっしゃいますか。教会の為とあらば時間などいくらでも捻出いたしますぞ」
リリーナとかいう小娘がソファに腰掛けるのを待ってから席に座る。赤い髪と瞳がどこぞの小僧を彷彿とさせるが、無論そのような瑣末なことはおくびに出さず、私は高貴な者に相応しい笑みを浮かべてやった。
「それで? 話とは何ですかな?」
「貴方の娘達についてです」
チッ。やはりそう上手くはいかんか。
聖人ガルド・セインクリアテッド。聖者最強と名高いあの男がアリアに惚れていると知って、このチャンスを利用しない手はないと考えていたのだが……。やはりというべきか、あれほどの男の行動に周囲が干渉してこないはずがない。それは巨大な力を持つ者の宿命。いかに聖者といえどもその業からは逃れられぬようだ。
「はて、私の娘達がどうかしましたかな?」
「お気付きになられているでしょうから、率直に申し上げます。ガルド様はドロシー・ドロテアとアリア・ドロテアの二人にご執心です」
「ほう、それはそれは」
ドロシーだと? 何故そこでドロシーが出てくるのだ? 何かの引っ掛けか? それともこの女が妙な勘違いをしているのか? ……いや、どちらも可能性は低い。ことの真偽は後で確認するとして、ここは話を合わせておくか。
「ハッハッハ。姉妹揃ってガルド殿程のお方に見染められるとは、二人の父親としてこれほど光栄なことはありませんな」
「貴方にとってはそうでしょう。ですが私達教会にとってはそうではありません」
「……はて、それはどう言う意味ですかな?」
「言葉の通りです。一貴族の娘でしかない姉妹と最強の聖人であるガルド様では格が違いすぎます。その点はご理解いただけてますね?」
「ハッハッハ。なるほど、なるほど」
このクソビッチがぁあああ!! 偉大なるドロテアの血筋を一貴族扱いだと? いかに教会の所属とはいえ、使いっ走り風情が言わせておけば。
「ゴホン。……失礼。無論ですとも、教会のお力があるからこそ、我ら人類は魔物という強力な捕食者が蔓延るこの世界で繁栄できているのですからな。その教会の顔たるガルド殿がどれほどの人物であるのか。ええ。勿論弁えておりますとも」
そう、小娘の発言は癪に触るが、血を尊ぶ者として教会の働きは認めざるを得ない。そこいらに捕食者が潜んでいるにも関わらず同族同士で争う愚か者、そのような愚物を多く抱える人類がここまで生存圏を広げられたのは、教会という最強最古の組織があったからこそなのだから。
「貴方が話の分かる人で良かった。それではこちらを」
女がテーブルの上に紙袋を置いた。最初にガルド殿と来た時には持っていなかったものだ。中身は……プロフィール絵巻?
「何ですかな、これは」
「教会内でそれなりに発言力を持ち、かつ私の裁量で縁談をまとめられるであろう相手の資料です。ガルド様は姉妹が望むのであれば、恋仲となるのは自分でなくても良いと考えておられます。アリア殿は王子と。そしてドロシー殿はこの中の誰かと結婚する。それが誰に取ってもいい落とし所になるとは思いませんか?」
ふむ。悪くない提案ではある。出来れば聖人の血をドロテア家に迎え入れたいところではあるが、教会がそれに反対しているのであれば、リターンはそれなりでリスクが低い小娘の提案にこそ乗っておくべきだろう。
……いや、即決することではないな。
「素晴らしい提案ではありますが、私は娘の幸せを心から願っております。なので簡単に頷くことはできませんな」
「なるほど。ごもっともな意見です。ところで話は変わりますが、ここ最近王妃が病で寝込んでいるそうですね。それで心配のあまり王子の性格が大きく変わったとか」
「これはこれは。教会は基本的にギルドと同じく国政には関わらない方針のはずですが。……何を仰りたいのかな?」
バレているのか? 情報が外に漏れないよう可能な限りの手は打った。だが相手は大陸最大の組織。手駒の質も数も桁違い。楽観はせずにここはバレていると考えるべきであろうな。
「別に。ただ危険な綱渡りの最中、命綱があればこれほど心強いことはない。そうは思いませんか?」
教会の使者はニコリともしない。こちらと良好な関係を作る気があるなら、せめて形だけでも友人に向けるような顔を作れないものか。仕方ないので手本を見せてやった。
「いやはや、頼もしいお言葉だ。前向きに検討させていただきます」
「そうしていただけると助かります。貴方の娘達はよほど魅力的なようで、ガルド様はこの街に本格的に移住されることを考えておられます。なので返事は可能は限りお早く」
気のせいか、女の口調に僅かな苛立ちが含まれている気がする。それは私に向けられているというよりはむしろ……。よし。突いてみるか。
「ほう、そこまで。しかし不思議ですな。ひょっとしてイリーナ殿は既婚者なのですかな?」
「違いますが……何が不思議なのですか?」
「いえ、イリーナ殿ほどの美女がそばに居れば普通の男であれば他の女に目移りすることなどあり得ぬと思いましてな」
「ガルド様は普通の男性ではありませんから。それに私などあの方に相応しくは……いえ、このような話に意味はありませんね」
赤い髪を揺らして女がソファから腰を上げる。
クックック。所詮は小娘だな。取り繕ってはいるが、感情の揺らぎを誤魔化せておらんわ。
「私はこれで失礼します。返事はいつ頃頂けますか?」
「そうですな。娘達とも話し合いたいので最低でも一週間は欲しいところですな」
「……それほど悩むようなことでもないと思いますが?」
「申し訳ありません。何せ可愛い娘の人生が掛かっておりますので」
教会が本当にガルド殿とうちの娘との結婚を反対しているのか、それともこの女の私情に過ぎないのか。その辺りを調べねばな。
「……分かりました。それでは一週間後に。それと私がこのような提案をしたことはくれぐれもガルド様には……」
「勿論ですとも。教会とは良い関係を築いていきたいですからな」
その為に誰に付くのが最もドロテア家に有益なのか、よく考えねばなるまい。
「何をおっしゃいますか。教会の為とあらば時間などいくらでも捻出いたしますぞ」
リリーナとかいう小娘がソファに腰掛けるのを待ってから席に座る。赤い髪と瞳がどこぞの小僧を彷彿とさせるが、無論そのような瑣末なことはおくびに出さず、私は高貴な者に相応しい笑みを浮かべてやった。
「それで? 話とは何ですかな?」
「貴方の娘達についてです」
チッ。やはりそう上手くはいかんか。
聖人ガルド・セインクリアテッド。聖者最強と名高いあの男がアリアに惚れていると知って、このチャンスを利用しない手はないと考えていたのだが……。やはりというべきか、あれほどの男の行動に周囲が干渉してこないはずがない。それは巨大な力を持つ者の宿命。いかに聖者といえどもその業からは逃れられぬようだ。
「はて、私の娘達がどうかしましたかな?」
「お気付きになられているでしょうから、率直に申し上げます。ガルド様はドロシー・ドロテアとアリア・ドロテアの二人にご執心です」
「ほう、それはそれは」
ドロシーだと? 何故そこでドロシーが出てくるのだ? 何かの引っ掛けか? それともこの女が妙な勘違いをしているのか? ……いや、どちらも可能性は低い。ことの真偽は後で確認するとして、ここは話を合わせておくか。
「ハッハッハ。姉妹揃ってガルド殿程のお方に見染められるとは、二人の父親としてこれほど光栄なことはありませんな」
「貴方にとってはそうでしょう。ですが私達教会にとってはそうではありません」
「……はて、それはどう言う意味ですかな?」
「言葉の通りです。一貴族の娘でしかない姉妹と最強の聖人であるガルド様では格が違いすぎます。その点はご理解いただけてますね?」
「ハッハッハ。なるほど、なるほど」
このクソビッチがぁあああ!! 偉大なるドロテアの血筋を一貴族扱いだと? いかに教会の所属とはいえ、使いっ走り風情が言わせておけば。
「ゴホン。……失礼。無論ですとも、教会のお力があるからこそ、我ら人類は魔物という強力な捕食者が蔓延るこの世界で繁栄できているのですからな。その教会の顔たるガルド殿がどれほどの人物であるのか。ええ。勿論弁えておりますとも」
そう、小娘の発言は癪に触るが、血を尊ぶ者として教会の働きは認めざるを得ない。そこいらに捕食者が潜んでいるにも関わらず同族同士で争う愚か者、そのような愚物を多く抱える人類がここまで生存圏を広げられたのは、教会という最強最古の組織があったからこそなのだから。
「貴方が話の分かる人で良かった。それではこちらを」
女がテーブルの上に紙袋を置いた。最初にガルド殿と来た時には持っていなかったものだ。中身は……プロフィール絵巻?
「何ですかな、これは」
「教会内でそれなりに発言力を持ち、かつ私の裁量で縁談をまとめられるであろう相手の資料です。ガルド様は姉妹が望むのであれば、恋仲となるのは自分でなくても良いと考えておられます。アリア殿は王子と。そしてドロシー殿はこの中の誰かと結婚する。それが誰に取ってもいい落とし所になるとは思いませんか?」
ふむ。悪くない提案ではある。出来れば聖人の血をドロテア家に迎え入れたいところではあるが、教会がそれに反対しているのであれば、リターンはそれなりでリスクが低い小娘の提案にこそ乗っておくべきだろう。
……いや、即決することではないな。
「素晴らしい提案ではありますが、私は娘の幸せを心から願っております。なので簡単に頷くことはできませんな」
「なるほど。ごもっともな意見です。ところで話は変わりますが、ここ最近王妃が病で寝込んでいるそうですね。それで心配のあまり王子の性格が大きく変わったとか」
「これはこれは。教会は基本的にギルドと同じく国政には関わらない方針のはずですが。……何を仰りたいのかな?」
バレているのか? 情報が外に漏れないよう可能な限りの手は打った。だが相手は大陸最大の組織。手駒の質も数も桁違い。楽観はせずにここはバレていると考えるべきであろうな。
「別に。ただ危険な綱渡りの最中、命綱があればこれほど心強いことはない。そうは思いませんか?」
教会の使者はニコリともしない。こちらと良好な関係を作る気があるなら、せめて形だけでも友人に向けるような顔を作れないものか。仕方ないので手本を見せてやった。
「いやはや、頼もしいお言葉だ。前向きに検討させていただきます」
「そうしていただけると助かります。貴方の娘達はよほど魅力的なようで、ガルド様はこの街に本格的に移住されることを考えておられます。なので返事は可能は限りお早く」
気のせいか、女の口調に僅かな苛立ちが含まれている気がする。それは私に向けられているというよりはむしろ……。よし。突いてみるか。
「ほう、そこまで。しかし不思議ですな。ひょっとしてイリーナ殿は既婚者なのですかな?」
「違いますが……何が不思議なのですか?」
「いえ、イリーナ殿ほどの美女がそばに居れば普通の男であれば他の女に目移りすることなどあり得ぬと思いましてな」
「ガルド様は普通の男性ではありませんから。それに私などあの方に相応しくは……いえ、このような話に意味はありませんね」
赤い髪を揺らして女がソファから腰を上げる。
クックック。所詮は小娘だな。取り繕ってはいるが、感情の揺らぎを誤魔化せておらんわ。
「私はこれで失礼します。返事はいつ頃頂けますか?」
「そうですな。娘達とも話し合いたいので最低でも一週間は欲しいところですな」
「……それほど悩むようなことでもないと思いますが?」
「申し訳ありません。何せ可愛い娘の人生が掛かっておりますので」
教会が本当にガルド殿とうちの娘との結婚を反対しているのか、それともこの女の私情に過ぎないのか。その辺りを調べねばな。
「……分かりました。それでは一週間後に。それと私がこのような提案をしたことはくれぐれもガルド様には……」
「勿論ですとも。教会とは良い関係を築いていきたいですからな」
その為に誰に付くのが最もドロテア家に有益なのか、よく考えねばなるまい。
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