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105 ナンパ男

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 ど、どうしよう。変な人に絡まれちゃった。

 アリアとお茶しようと約束の店に向かってただけなのに、どうしてこんなことに? しかもこの人、私に求婚したその直後に、偶々現れたアリアにまで求婚してるし。アリリアナが言ってた、これが女性に片端から声をかけるというナンパ男なのかな?

「えっと、スミマセン。私達これから喫茶店に行く予定で、それで、えっと……その、と、とにかくこれで失礼しますね」
「なるほど喫茶店。そこでならゆっくり話もできるというものだね」
「ええっ!?」

 何この人? ついてくる気なのかな? やだ、ちょっと怖いかも。

「って、アリア? 何してるの?」

 アリアはフードを深く被ったナンパ男さんに近づくと、その周りをぐるぐると回り始めた。

 ……何してるんだろ? この子。

 アリアの奇行は特に珍しくないし、こういう時は何を言っても聞かないので、男の人がアリアに何かしないか注意しながらも、私は妹の気が済むのをちょっとの間待つことにした。

「それ、取って」

 グルグル歩くのを止めたかと思えば、アリアは男の人がやけに深く被っているフードを指差した。

「ふむ。私としたことが、求婚をしておいて顔も見せていなかったとは。これは酷い失態だね。ああ、勘違いしないでくれたまえ。普段、こんなことはあまりないのだよ。どうやら君達のあまりの美しさに我を忘れていたようだ」

 歯の浮くようなセリフ。これもアリリアナが言ってたナンパ男の特徴に一致する。アリリアナのことだから面白おかしく言ってるんだと思ってたのに、本当にこんな人がいるんだ。

 私が新しい知識を仕入れたような、そんなちょっと新鮮な気分を味わっていると、男の人がおもむろにフードを外した。

「……わぁ」

 思わず声が出ちゃった。でもそれは何も私だけが特別大袈裟な反応をしたわけではなくて、すれ違う街の人達でさえ、男性がフードを外した途端にその足を止めた。

 男性にしては長い金色の髪は黄金で出来た王冠のように眩しくて、エルフにも引けを取らないその完璧な美貌はまるで男版のアリアを見てるみたい。

「私の名前はガルド・セインクリアテッド。夜空と月のように美しい君達。どうか私に名前を教えてくれないかね?」

 ……どうしよう。名乗られたんだからこちらも名乗るのが礼儀だよね? でもナンパ男さんに名前を教えて大丈夫かな? それにしてもセインクリアテッドなんてすごい名前。……ん? セインクリアテッド? あれ、どこかで聞いたことがあるようなーー

「……聖人」
「え? ああっ!? ……え? ええっ!? ほ、本当に?」

 聖人。それは現在この世界にたった八人しかいない人類最高戦力にして、教会の最高幹部。しかもガルドといえば、八人の中で最強と目されるお方だったはず。

「聖者であることを良いとも悪いとも思ったことはないが、君達が聖人という立場なり力なりに、何らかの価値を見出してくれるのであれば、これほど誇らしいことはない」

 そう言ってナンパ男さん……じゃなくてガルドさんは地面に膝をつくと、アリアの手を取ってその甲にキスをした。

 それは別に貴族の間では何てことのない挨拶の一つではあったけれど、私は咄嗟にアリアとガルドさんの間に割って入ると、そのまま二人を引き離した。

「あの、私達姉妹ですけど会うのは久しぶりで、それで二人でお茶したいので、その、今日はここで。いえ、今日はって言うか……と、とにかくさよならです。ほら、行こ。アリア」
「ふむ。私としても姉妹水入らずを邪魔しようとは思わない。時にアリアとは、もしやアリア•ドロテア? ならば君はドロシー•ドロテアなのかな?」

 な、何で私達のことを? ひょっとして活動絵巻を見たのかな? 

「そんなに警戒しないでくれないかな。私はね、君達に尽くしたいのだよ。確かに出会って間もない私を婚約者として見るのは難しいだろう。それならば、どうかな。いっそ使用人のように扱ってくれても構わないよ。君たちの傍にいられるならば、私はどのような命令だって喜んで聞くだろう」
「ええっ!?」

 どうしよう。この人やっぱりちょっと怖いかも。

 私が怯んでいるとアリアは何処からともなく取り出した三本の試験管を聖人(?)さんに手渡した。

「アリア?」
「ふむ。これをどうしろと?」

 私とガルドさんはアリアの唐突な行動に揃って首を傾げる。

「それぞれの試験管に毛髪と血液と尿を入れて提出して。今からが無理なら配送でもいい。宛先はドロテア家で」
「実験しない!」

 私はおおよそ十年ぶりに妹の後頭部を軽く叩いたのだった。
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