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99 笛

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 アリリアナが手続きしてくれていたので、日が暮れ始めた時間であっても王都の外に出るのは簡単だった。

 魔力を練ることのできる馬の脚力を最大限使えば、夜が明けるまでに危険地帯に戻ることもできたけれど、私達は夜での戦闘を好みそうな魔物の性質を考慮して、途中で小休憩を挟むなどして体力を温存しつつ進んだ。そして狙った通り、丁度陽が今から昇ろうかなってくらいの時刻に危険地帯へと戻ってきた。

 シロに跨っている私の肩にアリリアナが顎を乗せてくる。

「そういえばさ~、私のテント回収できる感じかな? 後、捌いた魔物も。あれがあれば当面の生活費は余裕になる感じなんだけどさ」
「どっちも数日でどうこうなるものじゃないから、回収は十分可能なんじゃないかな。それにお金なら危険指定S討伐の報酬金が入れば当面どころか十年は遊んで暮らせると思うよ」
「おお、そういえばそんな感じよね。よし、俄然やる気が出てきたんだけど」
「うっ!? ア、アリリアナ、腕に力入れるのは止めてくれないかな」

 私の胴に回ったアリリアナの両腕がキツキツのベルトみたいに締め付けてくる中、私達の少し前を歩いていた黒帝王が足を止めた。

「ドロシーさん、本当にまた光魔法を使う気なのか? いくら妖精の粉を使ったからって光魔法の反動をゼロにできるわけじゃないんだろ?」
「ちょっと、レオっち? その話はもう散々した感じでしょうが。いい加減納得しといたら?」
「そうだけどよ……でもやっぱり俺にもう一度チャンスをくれないか? そしたらきっと……。この剣の力をもっともっと引き出すことができたなら、あの魔物だって倒せると思うんだ」
「いや、気持ちは分かるけど、あれだけ斬り合っても倒せなかったじゃん。ドロシーの案はリスキーだけど十分な勝算があるけど、一方のレオっちのはリスクは高いくせに勝率は低い感じ。ならドロシーの案で行くしかないでしょ」

 二人には移動している間に私が光魔法を使ってシャドーデビルを倒すつもりでいることは説明しておいた。アリリアナは初めから予想していたのか、割とあっさり納得してくれたけれど、どうやらレオ君はそうではなかったみたい。

「レオ君、私なら大丈夫だから」
「でもドロシーさんは女の子なんだぞ。呪痕がそれ以上広がったら……その、辛いんじゃないか?」
「全然へっちゃらだよ。それにその時はアリリアナが言ったように、きっと世界のどこかにはあると思う呪痕を消す方法を探すことにするよ。だから今回はわがままを通させて欲しいの。ねっ、お願いだから」

 レオ君はなおも何か言い募ろうとしたけれど、一見直情的に見えてその実心の奥底には大人顔負けな冷静さを秘めている彼は、結局何も言えずに項垂れてしまった。けど、すぐに顔を上げるとーー

「……俺も」
「え?」
「俺も探すからな。呪痕を消す方法、絶対見つけてみせるからな」

 瞳に炎のような熱意を宿して、そう言ってくれた。

「レオ君……うん。ありがとね」

 呪痕の治癒方法は本で見たことないし、あのアリアだってリスクの高さから無理と答えたくらい。だから間違っても簡単に治るとは思ってないけど、レオ君の力強い瞳を見ていると、不思議と案外簡単に見つかるんじゃないかなって期待しちゃうから不思議だ。

「よし。それじゃあまずは打ち合わせ通り指輪を使ってアマギさん達に合流する感じで、そんでもって私達がどうにかして隙を作るからドロシーが光魔法でフィニッシュなシナリオね。状況的に細かく決めるのは難しいけど、足止めはレオっちが中心、私はアマギさん達にこちらの意図を伝えることと、ドロシーの護衛に注力するから、ドロシーは魔法を当てることだけに集中すること。オッケー?」
「うん」
「ああ」
「よし、それじゃあ……ああっ!?」

 いよいよこれから突入って時に、アリリアナが素っ頓狂な叫びを上げた。

「ど、どうしたの?」
「いや、これはとんだ盲点だった感じなんだけどさ」
「うん」
「何だよ?」
「いや、シロと黒帝王どうしよっか?」
「え? どうしよっかって、それは……」

 あれ? 本当だ。どうしようかな。魔物が出るこんな場所に繋いでおくなんて論外だし、でもいくら普通の馬よりも強靭な魔法種だからって、危険指定Sの魔物がいる場所に連れて行くのは危ないよね。

「二頭のことなら心配ない」

 私とアリリアナが揃って眉間に皺を寄せていると、黒帝王からレオ君が飛び降りた。そして荷物を探って、そこから掌サイズのまん丸い袋を取り出した。鼠色のそれが一体なんなのかちょっと分からなくて、私とアリリアナはシロから降りると、レオ君に近づいてそれをよく観察してみることにした。

「で、レオっち。これは一体何なわけ?」
「いや、俺も購入時に教えてもらったんだけどさ、魔法種はその強靭さからしつけとか条件付けとか、そういうのを結構厳しくするみたいなんだ。それで一定の基準に達しない個体は販売してはいけないようなんだ。だから二頭にこいつを嗅がせて、それからこうすると……」

 レオ君が腕を伸ばせば、シロと黒帝王はまるでそうするのが当然とばかりに袋を嗅ぎ始めた。そしてレオ君がそんな二頭の首の辺りを優しく撫でれば、シロと黒帝王は私達を置いてどこかへと駆けって行った。

「ちょっとぉおお!? 私の貯金が野生に帰っちゃった感じなんだけどさ、これって大丈夫なわけ?」
「心配ない。この笛を吹けば戻ってくる。三つ貰ったから二人にも渡しておくな」

 レオ君が手渡してきたのは小さな灰色の笛だった。

「へ~。さすが高いだけあって、色々と気が利いてる感じね。どれどれ?」
「アリリアナ、気持ちは分かるけど今呼び戻すのは可哀想だよ」

 私は駆けって行ったばかりの二頭を呼び戻そうとしたアリリアナの腕をそっと降ろさせた。

 そんなこんなで、シロと黒帝王のことを気にかける必要がなくなった私達は再び危険地帯へと足を踏み入れるのだった。
 
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