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92 チョコのお店

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「えっと、その、げ、元気だった?」

 私は何を言ったらいいのか分からなすぎて、気付けば無難な言葉を選択していた。

「…………(コクン)」

 良かった。機嫌は悪くないみたい。

 妹は感情を中々表現しない氷で出来た仮面のような美貌とは裏腹に、酷く気分屋な一面がある。突然イタズラを(それも洒落にならないレベルのものを)仕掛けて来たかと思えば、唐突に何を話しかけても無視しだすのだ。

 機嫌が良い時は普通に会話が成り立つけど、そうでない時は他人以上に厄介になる。あるいはそれは普通の姉妹の一つの形なのかもしれないけれど、だからって厄介なことには変わりない。幸いなのは、少なくとも応答を見せた今日の機嫌は悪くないということだ。

「今日はね、お礼を言いに来たの」
「お礼?」

 小首を傾げるそのちょっとした所作が美しい。ここ数年はアリアを見る度、自らの才能のなさを突きつけられていたけれど、劣等感がだいぶ薄れた今、改めて妹を見て思ったことは、この子って私の妹にしてはちょっと美人すぎないかな? と言う自分でも意外な感想だった。

 私も大概だけれども、アリアだってお洒落に興味なんてないはずなのに、その髪の艶やかさとか、今にも光出しそうなお肌の白さとか、一体どうなってるんだろ? 案外私が知らないだけで肌や髪のケアを欠かさないのかな? ……聞いてみたい。聞いてみようかな?

「…………(ジー)」
「はっ!? えっと、あのね……」

 いけない。いけない。一先ずは会いに来た用事を先に終わらせてしまおう。

「ルネラード病院で助けてくれたでしょ。あの時アリアが来てくれなかったら、私多分だめだったろうから、本当に感謝してるの。ありがとね、アリア。私を助けてくれて」

 心からの言葉と共に頭を下げながら、しかし私はそこで重要なことに気がついた。

 なんて、なんて事なの!? 私ったら命を助けてもらった相手にお礼を言いに来ておいて、何の手土産も用意してこなかった。

 いくら社交性の乏しい私でも、普段であればあまりしない(と信じたい)行動だ。何処かで、実家だし、アリアだしと、甘く考えていたことは明白だった。

 もう私のバカバカ。何かないかな? あっ、ポケットにアリリアナさんに貰ったチョコが入ってる。

「あの、チョコ食べる?」

 って、何聞いてるのよ私はっ!?

 ポケットから取り出しかけたチョコをすんでの所で引っ込める。

 ないない。いくらなんでもコレはない。

「いつ」
「ん? へ? 何? 何か言った?」
「いつ帰ってくるの?」
「帰る? って、私が?」
「…………」

 え? どういうこと? この子まさか……

「私がいなくて寂しいの?」
「別に」

 だよねー。なによ、ちょっとは可愛いところがあるかなって勘違いしちゃったじゃない。

「食べる」
「はい? 何を?」
「チョコ」
「チョコ? 食べれば……って、あっ、チョコね。チョコ」

 私は咄嗟にポケットのチョコを出したけれど、それが失敗だった。それを見たアリアの瞳から一瞬でありとあらゆる熱量が消失してしまったのだ。

 その眼は何よりも雄弁に物語っていた「こいつ、マジか」と。

 私はおおよそ二百ゴールド前後と思わしきお菓子を慌てて引っ込めた。

「う、嘘よ。やだやだ。冗談に決まってるでしょ。ほら、お姉ちゃんについて来なさい。とっても美味しいチョコのお店を知ってるんだから」
「姉さんが?」
「な、なに? 私がそう言うお店知ってたら変?」
「…………」
「いや、何か言ってよ」
「…………」
「もうっ、ほらこっち。ついて来て」

 歩き出すとびっくりしたことに、アリアは普通についてきた。何だか今日のアリアは凄く普通の妹っぽい気がする。勿論まだ油断は出来ないけれど、妹と普通に会話して一緒にご飯食べに行くなんていつ以来だろう?

 遠い昔にほんの数回だけ味わったことがある、遠出を前にしたあのワクワクとした感情が、ふと甦って来た。

 もしかしたらこのままアリアと子供の頃のような仲に戻れるかもしれない。メルルさんやレオ君のような素敵な関係を築けるかもしれない。そしてそれを私が望んでいることは、最早疑う必要は無いように思えた。

 ただ一つ問題なのは……チョコの美味しいお店ってどこなのぉおおお!?
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