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89 お菓子
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目を開けた途端、まるで眠気が詰まった風船を頭上で割られたかのような睡魔が降り注いできた。それは二度寝を試みるには十分すぎる効果を私にもたらしたけれどーー
「あっ、起きた? ドロシーさん」
その声がまどろみをほんの少し打ち払う。見ればレオ君の赤い髪をほんの少し薄くしたような波打つピンクの髪が開け放たれた窓から入る風で揺れていた。
「…………メルルさん。……ここは?」
「うちの病院よ。ドロシーさんは夜遅く、冒険者の方々に連れられてアリリアナちゃんと一緒にやって来たの。覚えてない?」
「えっと……何となく?」
そう言われるとそんな気もしてくる。けど……駄目。頭がボーとしてうまく思い出せない。徹夜を何日もした後、泥のように眠ると目覚めは決まってこんな感じになってたっけ。
「ひどく疲れてたものね。お水、飲む?」
「……ありがとう」
喉を潤すと気怠さが少しだけ消えた。メルルさんがお花の水を替えるのをボーと見ていると、骸のようだった体がゆっくりと熱を発し始め、それに伴って思考がハッキリとしてきた。
えーと、昨日は確か……そう、危険地帯で凄い怖い魔物に遭遇して、それで必死に逃げて、それで、それで……そうだ! アリュウさんに助けられたんだった。それでアリリアナさんと一緒にメルルさんの病院にーー
「あれ? アリリアナさんは?」
広い部屋に大きなベッドが二つだけ。でも隣人さんの姿は何処にも見当たらない。
「アリリアナちゃんならーー」
「たっだいま~! あっ、ドロシーさん起きてるじゃん。おっはー。てかもう昼過ぎだけど。お菓子買ってきたから、一緒に食べようぜい」
アリリアナさんに飛び乗られて、私のベッドが微かに揺れる。逆さまにされた袋から落ちたお菓子が、シーツの上にこれでもかと散らばった。
「もう、アリリアナちゃんったら。ドロシーさんは起きたばりなのよ。ご飯も食べてないのにお菓子だなんて」
「だ~いじょうぶだって。お菓子は別腹。ね? ドロシーさん」
「う、うん」
あんまり食欲ないけど、お菓子一つくらいなら良いかな。そう思って散らばるお菓子に手を伸ばすけど……どれにしようかな? あっ、チョコがある。レオ君にもらってアリリアナさんと分けたチョコはとっても美味しかった。でも寝起きだし。ん? 昆布? 昆布がある。これなら食べれそう。
「メルルも一緒に食べない? 本当は今日、仕事休みなんでしょう?」
「そうだけど……その前にその、聞いておきたいの。体調はどう? 気分が悪かったりしない?」
すっぱ!? こ、これ酢昆布だ!? なんで表記してないの? というかこの酢昆布。凄い! 凄い酸っぱい。
「ドロシーさん?」
「え? な、何?」
「体は大丈夫?」
「う、うん。全然平気だよ」
腕を除けば幸い大きな怪我をすることもなかったし、たっぷりと寝て魔力も随分と回復したから後一日もすれば……っあ、そうだ。腕はどうなってるんだろう?
今更ながらに右手を見てみれば、包帯が丁寧に巻かれていた。
ちゃんと動くし、特に痛みもない。それを確認してホッと息を吐く私を見て、どうしてだかメルルさんの顔が曇った。
「どうかしたの?」
「……あのね、ドロシーさん。腕のことで話があるの」
メルルさんの視線が言葉を探すように中空を彷徨った。もしかしてーー
「傷、呪痕になっちゃったかな?」
「知ってたの!?」
「ううん。ただ何となくそうなる気がしてたから」
魔法には無限の可能性がある。でも使い手が人である以上、どうしてもその可能性は制限されることになる。
現在の治癒魔法が及ばぬ領域、その一つが呪痕の治癒だ。
呪痕、それは呪いのように体にこびり付いて決して消えることのない傷跡。一説によれば呪痕が発生するのは肉体ではなく、生命の流れであるエーテルの方に異常が発生してるからだと言われているけど、それを実証できた人は誰もいない。
呪痕は何年も経つと稀に自然治癒で消えることはあるけど、それ以外の方法で治すことはできなくて、移植などの治療法も全て無駄とされている。
私は包帯に包まれた右腕を見てみる。恐らくこの下の皮膚は醜く焼け爛れているのだろう。光魔法を放った時に感じた、あの体の奥底から燃やされるような感覚を思い出すと、こうなったことが不思議でも何でもなかった。
「そっか、呪痕になっちゃったか」
「き、傷自体はそんなに大きくないし、今は呪痕を隠すケア用品も沢山あるから、その、えっと……げ、元気出してね」
「ありがとうメルルさん。でも私気にしてないから大丈夫だよ。だってレオ君とアリリアナさんが無事だったんだもの。こんな傷くらいで済んでむしろ嬉しいくらいだよ」
後、心配なのはアマギさんだけど、ギルドの凄い人達が助けに行ってるんだから、きっと大丈夫だよね?
「私もドロシーさんが無事で超嬉しいし」
「わっ!?」
アリリアナさんの体当たりのような抱きつきを受けて、私はベッドに横たわる。
「心配しなくても世界は広いんだし、呪痕を消す薬も何処かにはあるっしょ。それを手に入れたらドロシーさんのお肌は再びツルツルで、つまりは何の心配もなしって感じ。だから元気出してねドロシーさん。ほら、チュッ、チュッ」
頬にアリリアナさんの唇が何度となく当たって、ちょっとくすぐったい。
「ア、アリリアナちゃん? 何してるのかな?」
「ふっ。キスごときでその反応、メルルはまだまだお子ちゃまね」
「え? ど、どう言うことなの? 何なの、アリリアナちゃんのその意味深んな自信は? ド、ドロシーさん?」
「え、えーと」
私に振られても正直困っちゃう。というかこの体勢はアリリアナさんに押し倒されてるみたいでちょっと恥ずかしいから、出来れば解放して欲しかった。
「まぁ、黙っていてもいずれはバレることだし、教えてあげよっかな。実は私、大人の階段登っちゃった感じなんだよね~」
「きゃ~!? 嘘! 嘘!? 本当!? 誰と? いつ? どんな感じだった?」
メ、メルルさんが凄い食いついた。それにしてもアリリアナさんが言ってる大人の階段って、ひょっとしてアマギさんとのキスのことなのかな? あれは階段って言うよりも落とし穴の類だった気がするんだけど。
アリリアナさんは意味ありげに自分の唇を指でトントンと叩いてみせた。
「私としてはそんな大したことじゃないんだけどさ~。そんなに聞きたい感じなら教えちゃおうかな~」
「うん。うん。教えて。教えて」
アリリアナさんに続いてメルルさんもベッドインしてくる。そこで病室のドアがガチャリと開いた。
「興味深そうな話をしているな。私も混ぜてくれないか?」
「あ、センカさん。それに……」
「ドロシーさん。よかった。目を覚ましたんだな」
「レオ君。ごめんね。心配かけちゃったかな」
軍服を着たセンカさんに続いて赤毛の男の子が入ってきた。
「いや、俺が勝手に心配してただけだから。それよりも体調は大丈夫か? 腕は?」
「全然平気だよ。痛みも全然ないし」
「そうか」
ほっ、と息を吐くレオ君は実際の年齢よりも若く見えて、剣を振るってる時とは別人みたい。
「お~、いいところに。レオっちとセンカも一緒にお菓子食べながらゴロゴロしようぜい。ほら、こっち、こっち」
アリリアナさんは手招きの代わりにベッドの上をバンバンと叩いた。
「ふむ。では失礼しようか」
センカさんがベッドに乗る。軍服のスカートから覗くストッキングに包まれた足が、何だか大人って感じですごく格好良い。その一方で、レオ君はどうしてだかベッドに横たわる私達を見て顔を真っ赤にしてる。
「あ、いや、お、俺はいい。とにかくドロシーさんが元気そうでよかった。また後で様子を見にくるから、それじゃあ、その、そ、そういう訳で」
逃げるように部屋を出て行くレオ君。そんな不思議な彼の姿に私達は顔を見合わせた。
「何だかレオっち、つれない感じじゃん」
「照れたんじゃないのか? レオだってそういう年頃だ」
「私とドロシーさんと狭いテントの中で密着生活を送っていたのに今更? 冒険の中でのレオっち、あんなに激しくて逞しかったのに」
意味ありげに言うけれど、多分激しいとか逞しいと言うのは、魔物との戦いを指してるんだと思う。
「ど、どう言うこと? まさかアリリアナちゃんの相手って」
「何!? そうなのか?」
メルルさんのみならず、センカさんまでもが食いついちゃった。
「まぁまぁ落ち着きなさいって。今からお姉さんがアダルトな話をしてあげる感じだからさ」
ニヤリと笑うアリリアナさん。邪魔するのも悪いので、私は何も言わずに昆布の包みを新たに開けた。
酸っぱい!? これも酢昆布だ!
「あっ、起きた? ドロシーさん」
その声がまどろみをほんの少し打ち払う。見ればレオ君の赤い髪をほんの少し薄くしたような波打つピンクの髪が開け放たれた窓から入る風で揺れていた。
「…………メルルさん。……ここは?」
「うちの病院よ。ドロシーさんは夜遅く、冒険者の方々に連れられてアリリアナちゃんと一緒にやって来たの。覚えてない?」
「えっと……何となく?」
そう言われるとそんな気もしてくる。けど……駄目。頭がボーとしてうまく思い出せない。徹夜を何日もした後、泥のように眠ると目覚めは決まってこんな感じになってたっけ。
「ひどく疲れてたものね。お水、飲む?」
「……ありがとう」
喉を潤すと気怠さが少しだけ消えた。メルルさんがお花の水を替えるのをボーと見ていると、骸のようだった体がゆっくりと熱を発し始め、それに伴って思考がハッキリとしてきた。
えーと、昨日は確か……そう、危険地帯で凄い怖い魔物に遭遇して、それで必死に逃げて、それで、それで……そうだ! アリュウさんに助けられたんだった。それでアリリアナさんと一緒にメルルさんの病院にーー
「あれ? アリリアナさんは?」
広い部屋に大きなベッドが二つだけ。でも隣人さんの姿は何処にも見当たらない。
「アリリアナちゃんならーー」
「たっだいま~! あっ、ドロシーさん起きてるじゃん。おっはー。てかもう昼過ぎだけど。お菓子買ってきたから、一緒に食べようぜい」
アリリアナさんに飛び乗られて、私のベッドが微かに揺れる。逆さまにされた袋から落ちたお菓子が、シーツの上にこれでもかと散らばった。
「もう、アリリアナちゃんったら。ドロシーさんは起きたばりなのよ。ご飯も食べてないのにお菓子だなんて」
「だ~いじょうぶだって。お菓子は別腹。ね? ドロシーさん」
「う、うん」
あんまり食欲ないけど、お菓子一つくらいなら良いかな。そう思って散らばるお菓子に手を伸ばすけど……どれにしようかな? あっ、チョコがある。レオ君にもらってアリリアナさんと分けたチョコはとっても美味しかった。でも寝起きだし。ん? 昆布? 昆布がある。これなら食べれそう。
「メルルも一緒に食べない? 本当は今日、仕事休みなんでしょう?」
「そうだけど……その前にその、聞いておきたいの。体調はどう? 気分が悪かったりしない?」
すっぱ!? こ、これ酢昆布だ!? なんで表記してないの? というかこの酢昆布。凄い! 凄い酸っぱい。
「ドロシーさん?」
「え? な、何?」
「体は大丈夫?」
「う、うん。全然平気だよ」
腕を除けば幸い大きな怪我をすることもなかったし、たっぷりと寝て魔力も随分と回復したから後一日もすれば……っあ、そうだ。腕はどうなってるんだろう?
今更ながらに右手を見てみれば、包帯が丁寧に巻かれていた。
ちゃんと動くし、特に痛みもない。それを確認してホッと息を吐く私を見て、どうしてだかメルルさんの顔が曇った。
「どうかしたの?」
「……あのね、ドロシーさん。腕のことで話があるの」
メルルさんの視線が言葉を探すように中空を彷徨った。もしかしてーー
「傷、呪痕になっちゃったかな?」
「知ってたの!?」
「ううん。ただ何となくそうなる気がしてたから」
魔法には無限の可能性がある。でも使い手が人である以上、どうしてもその可能性は制限されることになる。
現在の治癒魔法が及ばぬ領域、その一つが呪痕の治癒だ。
呪痕、それは呪いのように体にこびり付いて決して消えることのない傷跡。一説によれば呪痕が発生するのは肉体ではなく、生命の流れであるエーテルの方に異常が発生してるからだと言われているけど、それを実証できた人は誰もいない。
呪痕は何年も経つと稀に自然治癒で消えることはあるけど、それ以外の方法で治すことはできなくて、移植などの治療法も全て無駄とされている。
私は包帯に包まれた右腕を見てみる。恐らくこの下の皮膚は醜く焼け爛れているのだろう。光魔法を放った時に感じた、あの体の奥底から燃やされるような感覚を思い出すと、こうなったことが不思議でも何でもなかった。
「そっか、呪痕になっちゃったか」
「き、傷自体はそんなに大きくないし、今は呪痕を隠すケア用品も沢山あるから、その、えっと……げ、元気出してね」
「ありがとうメルルさん。でも私気にしてないから大丈夫だよ。だってレオ君とアリリアナさんが無事だったんだもの。こんな傷くらいで済んでむしろ嬉しいくらいだよ」
後、心配なのはアマギさんだけど、ギルドの凄い人達が助けに行ってるんだから、きっと大丈夫だよね?
「私もドロシーさんが無事で超嬉しいし」
「わっ!?」
アリリアナさんの体当たりのような抱きつきを受けて、私はベッドに横たわる。
「心配しなくても世界は広いんだし、呪痕を消す薬も何処かにはあるっしょ。それを手に入れたらドロシーさんのお肌は再びツルツルで、つまりは何の心配もなしって感じ。だから元気出してねドロシーさん。ほら、チュッ、チュッ」
頬にアリリアナさんの唇が何度となく当たって、ちょっとくすぐったい。
「ア、アリリアナちゃん? 何してるのかな?」
「ふっ。キスごときでその反応、メルルはまだまだお子ちゃまね」
「え? ど、どう言うことなの? 何なの、アリリアナちゃんのその意味深んな自信は? ド、ドロシーさん?」
「え、えーと」
私に振られても正直困っちゃう。というかこの体勢はアリリアナさんに押し倒されてるみたいでちょっと恥ずかしいから、出来れば解放して欲しかった。
「まぁ、黙っていてもいずれはバレることだし、教えてあげよっかな。実は私、大人の階段登っちゃった感じなんだよね~」
「きゃ~!? 嘘! 嘘!? 本当!? 誰と? いつ? どんな感じだった?」
メ、メルルさんが凄い食いついた。それにしてもアリリアナさんが言ってる大人の階段って、ひょっとしてアマギさんとのキスのことなのかな? あれは階段って言うよりも落とし穴の類だった気がするんだけど。
アリリアナさんは意味ありげに自分の唇を指でトントンと叩いてみせた。
「私としてはそんな大したことじゃないんだけどさ~。そんなに聞きたい感じなら教えちゃおうかな~」
「うん。うん。教えて。教えて」
アリリアナさんに続いてメルルさんもベッドインしてくる。そこで病室のドアがガチャリと開いた。
「興味深そうな話をしているな。私も混ぜてくれないか?」
「あ、センカさん。それに……」
「ドロシーさん。よかった。目を覚ましたんだな」
「レオ君。ごめんね。心配かけちゃったかな」
軍服を着たセンカさんに続いて赤毛の男の子が入ってきた。
「いや、俺が勝手に心配してただけだから。それよりも体調は大丈夫か? 腕は?」
「全然平気だよ。痛みも全然ないし」
「そうか」
ほっ、と息を吐くレオ君は実際の年齢よりも若く見えて、剣を振るってる時とは別人みたい。
「お~、いいところに。レオっちとセンカも一緒にお菓子食べながらゴロゴロしようぜい。ほら、こっち、こっち」
アリリアナさんは手招きの代わりにベッドの上をバンバンと叩いた。
「ふむ。では失礼しようか」
センカさんがベッドに乗る。軍服のスカートから覗くストッキングに包まれた足が、何だか大人って感じですごく格好良い。その一方で、レオ君はどうしてだかベッドに横たわる私達を見て顔を真っ赤にしてる。
「あ、いや、お、俺はいい。とにかくドロシーさんが元気そうでよかった。また後で様子を見にくるから、それじゃあ、その、そ、そういう訳で」
逃げるように部屋を出て行くレオ君。そんな不思議な彼の姿に私達は顔を見合わせた。
「何だかレオっち、つれない感じじゃん」
「照れたんじゃないのか? レオだってそういう年頃だ」
「私とドロシーさんと狭いテントの中で密着生活を送っていたのに今更? 冒険の中でのレオっち、あんなに激しくて逞しかったのに」
意味ありげに言うけれど、多分激しいとか逞しいと言うのは、魔物との戦いを指してるんだと思う。
「ど、どう言うこと? まさかアリリアナちゃんの相手って」
「何!? そうなのか?」
メルルさんのみならず、センカさんまでもが食いついちゃった。
「まぁまぁ落ち着きなさいって。今からお姉さんがアダルトな話をしてあげる感じだからさ」
ニヤリと笑うアリリアナさん。邪魔するのも悪いので、私は何も言わずに昆布の包みを新たに開けた。
酸っぱい!? これも酢昆布だ!
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