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84 冒険

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「ご、ごめんなさい……ハァハァ……わ、私、もう……」

 体が重くて足が上がらない。完全に魔法の効果が切れちゃってる。

「俺が担いで走る。ドロシーさん、俺の背に」
「う、ううん。私は……ハァハァ……だ、大丈夫だから、二人は先に、い、行ってて」

 危険地帯を脱出して一時間くらいかな? この辺りなら魔物の出現率も低いし、シャドーデビルが追ってこなければ大丈夫。……だと思う。

「何言ってるんだよ。ドロシーさんだけ残して行けるわけないだろ」
「でも急がないとアマギさんが」
「それは……でもだからって……」
「ハァハァ……ちょ、ちょといい? 話すならさ、ウェ、す、少し休まない? 私もいい加減限界な感じなんだけど」

 そう言ってアリリアナさんはその場にへたり込んだ。

「三時間……は長すぎか。一時間! 一時間休もっ。ハァハァ……そ、それで頭が冷えたら結論出す。そんな感じでよくない?」
「……分かった」

 レオ君は炎の魔剣を地面に突き刺すと地面に胡座をかいた。

「ほら、ドロシーさんも」
「う、うん」
「そんなに離れて座らないでさ、こっちこっち。一応周囲の警戒もしないとだし、互いを背もたれ的な感じにしよ」
「え? ……こ、こうかな?」
「そうそう。いい感じじゃん。ほら、レオっちも」
「お、おう。てかレオっちってなんだよ」
「頑張ったちびっこ君へのプレゼント。新しい渾名です。嬉しいっしょ?」
「全然。あとチビ言うな」
「アハハ…………ハァ~。マジで疲れたぁ~。マジで死ぬかと思った~」

 後頭部にアリリアナさんの頭がコツンと当たる。背中に伝わる二人の体温に何だかホッとしちゃう。

「……シャドーデビル、凄い怖い魔物だったよね」
「ほんとそれ。危険度Sは伊達じゃないってね。……あ~あ~。もしも倒せてたら華々しいデビューになった上、メルルとセンカに超自慢できたのになぁ」
「あんな怪物と遭遇した後でも、冒険者を目指す気持ちに変わりはないのか?」
「そりゃあね。第一危険な仕事なのは初めから分かってたことじゃん。数ある危険の中で、今回はたまたまレアな魔物に遭遇しただけでしょ」
「お前、マジでタフだよな」
「アリリアナさんは凄いね」
「え? 何? 二人は冒険者合わなかった感じ? ……まぁ、それならそれで仕方ないけどさ、私は寂しいぞぉ~」

 後頭部に当たっているアリリアナさんの頭がグリグリと左右に動く。

「おい。犬みたいなジャレかたすんなよな」
「ワンワンって鳴いてあげよっか?」
「ドロシーさん、腕の調子はどんなだ?」
「無視かい。でも確かにそれ気になる。大丈夫? かなりひどい感じだったけど」
「うん。走ってたらだいぶ痛みは引いたから、もう平気」

 本当は泣きたいくらい痛い。でもそんなこと言ったら休憩の後、レオ君が私を置いて先に行ってくれなさそうだから黙っておこう。

「ヒーリングをかけるから見せてくれ。俺じゃあ応急処置にしかならないだろうけど、しないよりかはマシだろ」
「ううん。いいよ。魔力は温存しておいて。レオ君には先に戻ってもらわないといけないから」
「……やっぱり俺がドロシーさんを担ぐから、三人一緒に戻らないか?」
「それじゃあ時間が掛かりすぎちゃうよ」

 来る時は五時間くらいの道のりだったけど、多分今の私なら倍以上掛かると思う。でもアマギさん達の安否を思えば、そんなに時間はかけられない。

「大丈夫。もう危険地帯じゃないし、あの魔物も追ってきてないみたいだから」
「でも俺は……」
「ああっ!?」

 周囲を山に囲まれた見晴らしのいい平原。そんな世界にアリリアナさんが突然上げた大声が木霊する。

「ど、どうしたの?」
「敵かっ!?」

 私もレオ君も戦闘態勢を取る。でも遅い。私だけじゃなくて、レオ君の動きも明らかに鈍い。

「アリリアナさん、魔物は何処!?」

 集中しなくちゃ。どんなに辛くても、足手纏いにだけはならない。

「アマギさんとの最後のアレ……」
「う、うん?」

 アレ? アレってどれのこと言ってるんだろ? というか、魔物は? 魔物は何処にいーー

「私のファーストキスじゃん」
「…………え?」
「…………は?」

 思い出す。突然アマギさんに唇を奪われて呆然としていたアリリアナさんの顔を。顔、を……

「……ぷっ。クッ、クック……」
「……ふっ。ふっ……ふふ……」

 あ、あの時のアリリアナさんの顔。駄目。お、思い出したら、だーー

「「アッハッハッハッハッ!!」」

「おま、つ、疲れてんだから……クッ、クック……わ、笑わせんなよ」
「もう、や、やだ……ふっ、ふふ……や、やめてよ」

 痛い。笑う度に腕が揺れてすっごく痛い。

「いやいや。笑い事じゃないからね。気付いたらブチュ~!! だかんね、ブチュ~!! あの時の私の驚きが分かる?」
「そ、そりゃな。あの時の……クックッ……お前の顔を、み、見ればな」
「すっごい……顔……し、してたよね」

 もうだめ。お腹が、お腹が痛いよぉ。し、死んじゃう。腕とお腹が痛くて、し、死んじゃう。

 あまりの苦しさに思わずレオ君にしがみつく。

「ハァハァ……ふ、ふふ……ふふふふ!!」

 こ、呼吸を。呼吸を整えなきゃ。このままだと自分の腹筋でお腹が潰れちゃう。で、でもダメ。笑いが、笑いが止まらない。何がこんなにおかしいの? 分からない。不思議だ。不思議すぎるよ。なのに笑いを止められない。

 そして、そして私達はーー

「ハァハァ……し、死ぬかと思っちゃった」
「ゼェゼェ……そ、それな」
「いや、ウケすぎでしょ。後でアマギさんに頼んで二人にもブチューしてもらおうかな」

「「それは止めて(ろ)」」
「ブー、ブー」

 散々笑い転げたあげく、大の字に寝っ転がって空を見上げてる。危険地帯を抜けたからって油断しすぎかな? でももうちょっとこのままでいたい。きっと二人も同じ気持ちだ。

 風に揺れる草木。太陽が沈みかけて夜に変わりつつある空に浮かぶ星。呼吸の度、肺に入ってくるのは街の中とは全然違う世界の香り。なんだろ、これってすごくーー

「綺麗だね」
「ああ、綺麗だ」
「なんかさぁ、冒険者を目指す人が多いのも分かる瞬間じゃない?」
「うん」
「そうだな」

 凄く遠いところに来てるわけじゃない。全快の私達なら王都から日帰りできる距離だ。なのにーー

 私達は今、冒険をしてる。

 どうしてだか、そんな当たり前のことを強く実感する。そんな一時だった。
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