神に触れしは鎖の少女

戸浦みなも

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ドクロ蜘蛛の傷痕

第1話__パンドラの文箱

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「弓丸ー! いるんでしょ~?」

 鎮場ちんば神社のお社前。しめなわけられた戸をドンドンとたたきながら、わたしは弓丸を呼んでいた。前にた時は雨のせいで気づかなかったが、お社の裏からはかすかな水音が聞こえてくる。

「ねぇ、大丈夫だいじょうぶなの? てるんなら起きてよ~っ」

 返事はない。おとといとはうってかわって、さっぱりと晴れた空、賽銭箱さいせんばこに降りそそぐ木漏こも呑気のんきな鳥のさえずりだけが、私の呼びかけに答えていた。
 ヤドリづたの一件以来、私は弓丸に会えていない。と言っても昨日きのう丸一日姿を現さなかっただけ……ではあるのだが、どうにも不安でこの場所まで来てしまった。

「弓丸ってば」

 相変わらず返事はない。というか、気配も感じない。
 洞穴ほらあなからした後、瀬名せなは家と学校に連絡れんらくを入れ、むかえに来た車に乗って帰っていった。日向ひゅうがさんは不思議そうに首をひねりながら去っていき、アヤは私からかさを受け取って自宅にもどった。

「返事しないなら勝手に開けるよー……?」

 そして弓丸。本当は守り刀の中に入ってもらうつもりだったのだが、とある事情でそれが難しくなってしまった。あの洞穴からは、私の家よりここの方が近い。そういうわけで、おんぶにっこでこの場所まで連れていったということだ。その間、而葉しかるばさんは私の荷物を持ってくれていた。

「弓丸さーん……?」

 ゴトゴト、と戸を細く開けて首をみ、中の様子をうかがう。はちじょうほどの空間に外の光が差し込んで、ふわりと中が明るくなる。弓丸の姿はなかった。

「……困ったなぁ」

 あの、例のガラガラ鳴らすすずがあれば、簡単に来訪を知らせることができるのだが。この神社では片付けられているらしく、外にも内にも付いていない。私は小さく深呼吸をし、軽く礼をして中に入った。 

「お邪魔じゃましま~す……」

 このおやしろは、どうやら拝殿はいでん本殿ほんでんが一体となった造りであるらしい。おくの方は内戸で仕切られており、手前の壁際かべぎわにはたなが一つ置かれていた。くるくると巻かれ、立てかけられたわら敷物しきもの、その側には鹿しかの毛皮。棚には文箱ふばこや縄、編まれたカゴなどが収納されていて、例のガラガラ鳴らす鈴もここにあった。

「……ん?」

 棚の二段目。文箱のフタが中途半端ちゅうとはんぱかぶせてあって、半分だけ開いている。

「なんだろ、これ……」

 たくさんの白い封筒ふうとうと、紙切れのはし。何が書いてあるのかまでは、よく見えない。

「や、勝手にのぞくなんてサイテーだよね」

 手をばしかけてっ込める。秘密主義の弓丸のことだ、きっと知られたくないことだってあるにちがいない。
 そう考えて棚に背を向けたとき、ギュッと胸がしぼられるようなするどい痛みが体を走った。

「っあ……ぐ、うぅ……っ!」

 足元がふらつき、つい棚に向かって寄りかかる。その衝撃しょうげきで文箱が落ちて、中身がひっくり返ってしまった。

「はぁ、はぁっ……もど、さなきゃ……」

 ギリギリと心臓をめつけられるような痛み。胸元むなもとさえながらもひざをつき、散らばった封筒を拾い集める。表にはすべて同じ筆跡ひっせきで「ほうじょう弓丸様」と。そして、裏に書いてあった差出人の名は。

まがひめ……」

 指先がふるえる。さすがに中身を確かめるほどの勇気はない。ゆうに三十通はえていた。
 なんとか封筒を拾い終え、一枚の紙切れへと手を伸ばす。和紙のようにざらざらとしていて、厚みのある、画用紙を破り取ったような紙片しへん。そこには、青い水干を着たわらべの絵と、「芳帖弓丸」という文字、何やら難しげな文章がすみで書きつけられていた。

 いわく、「此者屠生家、而以幻滝呑喰岐依悪神也」と。

 読めない。読めないのに分かる。これは、見てはいけないものだった。

 残っていた紙束もあわてて拾い、フタをして元の場所に戻す。痛みは引いたものの、心臓は激しく脈を打ってまない。びっしょりとあせれた手をパタパタとってかわかしながら、板の間に寝っころがった。

 うん。
 とりあえず、当面は見なかったていで通そう。

 だってだって、どう切り出せばいいというのか。ただでさえ何を考えてるのかよく分からない相手なのに、こんな明らかに深刻そうなこと聞けるわけがない。もし、もしも、逆上ぎゃくじょうされたりなんかしたら。

 おとといの、日向さんの件を思い出す。あの時、弓丸は確かに命をうばうことはしなかった。でも、私に矢の力をせたままあの矢を使って、日向さんに巣食った化け物を記憶きおくごと消し去った。

 こわい。
 という感情は、少なくとも高校生の私にとって、完全にコントロールできるものではない。弓丸が何もかも話してくれるオープンな性格なら、もう少し気楽に接することができるかもしれないけれど。あの秘密主義とそっけない性格が、どうにも色々と困る。そこが魅力みりょくであるとはいえ。

 天井てんじょうはりを見つめながら、ゆっくりと息をき出す。すると、開けていた戸の隙間すきまに小さなかげが差した。

「あれ、藍果あいか。来てたのか」
「えっと、うん。お邪魔してまーす……」

 お社に入ってきた弓丸は、水干を身につけていなかった。襦袢じゅばんのような、うすく白い着物だけを羽織っていて、帯もルーズでしどけない。ほどかれていたかみは水に濡れ、射干玉ぬばたまを呼ぶにふさわしいつやめきだった。なんというか、そこはやはり神様の神様的ゆえん、ということだろう。
 弓丸は、私があの文箱の中身を見てしまったことには気づいていないようだった。何となく気まずくて、そっと目を逸らす。

「すまない、裏の滝壺たきつぼで水浴びをしていたんだ。昨日は寝てたから、身を清めたかったのもあるし。それで、藍果は何の用?」
「何の用って……そうだなぁ」

 マガツヒメ、と日向さんが言った瞬間しゅんかん、ヤドリ蔦がれ落ちていったあの現象。その直後、かれの額に突きさった弓丸の矢のこと。禍者かじゃとは何か、マガツヒメとは何者なのか。弓丸が、どういう思いで矢を放ったのか……禍ツ姫とはどういう関係なのか。そして、弓丸の今までと、これからについて。

 きっと全部は聞けない。けれど、知りたいことがたくさんある。

「おいしい和菓子屋わがしやさんがあるんだけど。一緒いっしょに行かない?」

 そして、現在進行しているらしい〈旧五年一組メンバー失踪しっそう事件〉に関しての情報。どうしても、相談しておきたいことがあったのだ。
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みんなの感想(1件)

戸浦 隆
2024.09.17 戸浦 隆

戸浦隆です。このweb上に参加してから日も浅く、作者へのコメント欄を見つけることが出来ませんので、あなた同様新作感想欄から失礼します。
 私は自分が書き始めるようになってから、本をほとんど読みません。あなたからのコメントをいただいて興味を持ち、あなたの作品を読み始めました。ストーリー性に富んだ作品ですね。人物もよく活写されていて楽しいです。想像力が豊かなんだなあと思います。書くことは楽しいけれど、苦しみでもある。創造の生みの苦しさを羽ばたく楽しみにして下さい。
私は十月一日から「実朝の探して」を始めます。和歌の謎解き、実朝の暗殺の真相、実朝の首の行方を中心に千巻陶子の愛のお話を。もし興味があれば、ご一読下さい。

解除

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