神に触れしは鎖の少女

戸浦みなも

文字の大きさ
上 下
14 / 16
ヤドリ蔦の羨望

第14話__再会

しおりを挟む
 瀬名せなあしに傷はない。ただ、少し足元はふらついていて、消耗しょうもうしているのが見て取れた。化け物も消え、しんと静まり返った洞穴ほらあなの中で、灯火の光をかげ亡霊ぼうれいのようにれている。

「もしかして、その子が藍果あいかにあのみょうな刀をわたした〈通りすがりの人〉?」
「えっとね、瀬名」
「その子が藍果をこんなことにんだの?」
「そうだ」
「ちょっと弓丸、今は」
「ふうん、弓丸くんって言うんだ」

 瀬名は私たちの側に寄ると、私の通学リュックを荒々あらあらしく置いた。その場にしゃがんで顔をかたむけ、ちょうど血が止まった弓丸の手首にするどい視線を向ける。出血さえ止まってしまえば、弓丸の傷はまたたに消えていった。

「……つまり、あんたが厄介事やっかいごとち込んだ張本人ってわけね」

 ヤドリつたおそわれ、さらわれ、つかまっていたであろう瀬名は、もはやこの程度のことでは動じなくなっていた。ショーウィンドウにかざられた人形のようなひとみを細め、瀬名は弓丸をにらみつける。

「もう、私たちにかかわらないでもらえる? どこのだれだか知らないけど、正直言って迷惑めいわく。これから帰ってさ、私三時間はお説教コースなんだよね」

 弓丸はといえば、つながった左手を閉じたり開いたりしながら、だまったまま瀬名の言葉を聞いていた。特に事情を話そうとするでもなく、あまんじて瀬名のいかりを受け止めているような——そんな様子に、もどかしさが込みげる。

「……ちがう。違うの瀬名」
「何よ」
「厄介事をき込んだのは私。自分で首をっ込んで、後戻あともどりができなくなった」
「そんなに制服ずたずたにして? それも元を辿たどれば藍果が悪いって言うわけ?」

「説明」

 瀬名のかたつかみ、目を合わせてそう言った。昨夜、最後にわした瀬名との会話。瀬名は化け物にい、関わりを持ち、弓丸の姿を見ている。幸か不幸か、やっと説明できる時が来たのだ。

「するって約束したでしょ。聞いて、瀬名」


***


「まっことに失礼いたしました!」

 私の説明、もとい弓丸の紹介しょうかいを聞いて、瀬名は綺麗きれいな土下座を決めた。まぁ、まさか神様が目の前にいるとは思うまい。
 
「別に……気にしなくていい」
「藍果もごめんね。そういう事情とは知らなくて」
「私こそごめん。瀬名まで巻き込んじゃったのは、私のせいだから」

 おそらく、今回の事件の流れはこうだ。
 
 あの男は〈マガツヒメ〉という人物からヤドリ蔦の実を受け取った。その実は私の血から作られており、それを食べることで私の記憶きおく幻覚げんかくとして味わった。服用をかえすうち、ヤドリ蔦におかされていった男は、何らかの経緯けいい——十中八九マガツヒメの指示だろう——によってこの洞穴にみついた。そして、ヤドリ蔦の実に見せられた〈うらやましい〉人間を、手当たり次第しだいに襲っていたのだろう。
 
「それにしても、歩道橋にバナナの皮を捨てる人なんているんだね」
「ね、ほんとにね~」
「僕はバナナの皮なんてもご」

 あわてて弓丸の口をふさげば、ふにゃん、としたやわらかい感触かんしょくが手のひらに当たった。
 
「わいあ」
「ご、ごめん」

 パッと手をはなすと、弓丸は少し気にしたようにくちびるを指でった。幼い顔立ち、うでの中に収まる体躯たいく。つい子どもあつかいしてしまうが、そういえば弓丸の精神年齢ねんれいはいくつなんだろう。八百さいというには、まだ少年らしさが残っているような気がした。
 
 それはともかく。
 
 実は、出会ったときのことについては「歩道橋を歩いていた弓丸がバナナの皮で足をすべらせ、転びそうになったところを助けた」ということにしてある。なってしまった、という方が正しいかもしれない。
 
——ねぇ、藍果はどうやって弓丸と出会ったの?

 咄嗟とっさうそだった。
 本当は、瀬名に嘘なんてつきたくない。けれど、弓丸のかかえるものが分からない以上、あれは私が他言すべきことじゃないし、無理にしゃべらせることでもない。だから——。
 ……バナナの皮。それにしたって雑過ぎたか。
 
「うーん。でも、確かに神様っぽいかも。昔の服着てるし、刀も持ってるし、しかも美形。私が小一だった頃に似てる」
「ちょっと瀬名、からかうのは」
「弓丸さん、少しならいいでしょ。ほっぺた触らせて」
「瀬名ってば」

 私が止めるよりも、瀬名の手の方がワンテンポ早かった。弓丸の白くモチッとした頬を挟んだり引っ張ったりしている。ファーストコンタクトであんな態度をとってしまったから、ヤケクソになっているのかもしれない。
 
「やうぇれくれ。いひゃいらろ」
「手首ぶった斬っといてよく言う」

 瀬名はパッと手を離して、今度は真面目に弓丸を眺める。きっと、見て分かる情報を事細かに記憶しているのだろう。
「ねぇ、弓丸さんって何でもできるの?」
「いいや」
 弓丸は、少し赤くなってしまった頬をさすりつつも答える。
「僕の持ち物は刀と弓だけ。戦いで使えるものは、目眩めくらましの〈朧月夜おぼろづきよ〉と神器の力、そしておのれの体くらいだ。かなえられる願いの範囲はんいは、由緒ゆいしょ正しい格上の神とは比較ひかくにならない。僕にいのるより、いっそおに悪魔あくまにでもすがった方が願い事は叶えられるよ」

「鬼に悪魔に神ですか……」
「アヤちゃん!」

 その声に顔を上げると、アヤがおく部屋へやの出入り口にもたれながら立っていた。アヤは、仰向あおむけに転がっている男の姿をなんとなしにながめ、気だるそうにため息をつく。
 
「にわかには信じがたい話ですけど、先輩せんぱいたちが仲直りしてくれたんなら何でもいいです。お客さんもいますし、痴話ちわ喧嘩けんかはこの辺りにしときません?」

 そう言ったアヤのかげから、ひょっこりとのぞく頭があった。着ていたのは、私たちと同じ高校の制服。
 
「あの、お邪魔じゃましちゃってすみません……」

 ヘアオイルを付けていたのか、ふわり、と蜂蜜はちみつのようなかおりがした。アヤよりも短く、センターでけられたサラサラの黒髪くろかみ。女子校にいたら、きっと王子様だなんだとさわがれたであろうさわやかな顔立ち。百七十センチ近くある身長に抜群ばつぐんのプロポーション、その上吹奏楽部すいそうがくぶの第一フルート奏者けんパートリーダー。
 
「……しかるさん」 

 昨年度の冬、アンサンブルコンテストにて県大会に進出、そして金賞を手にした木管チームのリーダーも務めていた。その取材をした時に、新聞部メンバーとして会って以来だ。
 あと、これはどうでもいいことだと思うが、かなり胸が大きい。どうでもいいことだと思うが。
 
「お久しぶりですね、早我見さがみさん」

 我らがくに市立高校三年生、而葉真月が——獲物えものを見そめるたかのように、すうっと目を細めてった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法少女マヂカ

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
マヂカは先の大戦で死力を尽くして戦ったが、破れて七十数年の休眠に入った。 やっと蘇って都立日暮里高校の二年B組に潜り込むマヂカ。今度は普通の人生を願ってやまない。 本人たちは普通と思っている、ちょっと変わった人々に関わっては事件に巻き込まれ、やがてマヂカは抜き差しならない戦いに巻き込まれていく。 マヂカの戦いは人類の未来をも変える……かもしれない。

声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~

卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。 この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。 エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。 魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。 アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。

ダンジョン世界で俺は無双出来ない。いや、無双しない

鐘成
ファンタジー
世界中にランダムで出現するダンジョン 都心のど真ん中で発生したり空き家が変質してダンジョン化したりする。 今までにない鉱石や金属が存在していて、1番低いランクのダンジョンでさえ平均的なサラリーマンの給料以上 レベルを上げればより危険なダンジョンに挑める。 危険な高ランクダンジョンに挑めばそれ相応の見返りが約束されている。 そんな中両親がいない荒鐘真(あらかねしん)は自身初のレベルあげをする事を決意する。 妹の大学まで通えるお金、妹の夢の為に命懸けでダンジョンに挑むが……

糸と蜘蛛

犬若丸
ファンタジー
瑠璃が見る夢はいつも同じ。地獄の風景であった。それを除けば彼女は一般的な女子高生だった。 止まない雨が続くある日のこと、誤って階段から落ちた瑠璃。目が覚めると夢で見ていた地獄に立っていた。 男は独り地獄を彷徨っていた。その男に記憶はなく、名前も自分が誰なのかさえ覚えていなかった。鬼から逃げる日々を繰り返すある日のこと、男は地獄に落ちた瑠璃と出会う。 地獄に落ちた女子高生と地獄に住む男、生と死の境界線が交差し、止まっていた時間が再び動き出す。 「カクヨム」にも投稿してます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎町に住んでいたロボット好きの宮本荒人は、交通事故に巻き込まれたことにより異世界に転生する。 転生した先は、古代魔法文明の遺跡を探索する探索者の集団……クランに所属する夫婦の子供、アラン。 ただし、アランには武器や魔法の才能はほとんどなく、努力に努力を重ねてもどうにか平均に届くかどうかといった程度でしかなかった。 だがそんな中、古代魔法文明の遺跡に潜った時に強制的に転移させられた先にあったのは、心核。 使用者の根源とも言うべきものをその身に纏うマジックアイテム。 この世界においては稀少で、同時に極めて強力な武器の一つとして知られているそれを、アランは生き延びるために使う。……だが、何故か身に纏ったのはファンタジー世界なのにロボット!? 剣と魔法のファンタジー世界において、何故か全高十八メートルもある人型機動兵器を手に入れた主人公。 当然そのような特別な存在が放っておかれるはずもなく……? 小説家になろう、カクヨムでも公開しています。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...