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ヤドリ蔦の羨望
第10話__ヤドリ蔦の羨望
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「あ——あぁ。早我見……藍果ちゃんか」
チャ、と弓丸の太刀が鳴る。
棘を持つ蔦が複数絡み合い、木の根のように変化した両脚。その末端は岩肌の隙間へと千々に潜り込み、足の形を保っていない。男は、濁った瞳に私を収め、無精《ぶしょう》ひげに埋もれた半開きの口をもごもごと動かした。
「で、歩道橋にいた妙なガキが一人……ふうん」
「ゆ、弓丸、この人と会ったことあるの?」
「いや。藍果は?」
「私もない……と思うんだけど」
なんとなく、なんとなくだけれど、どこかで見たことがあるような。ただ、これだけは断言できる。
私は、この男に名前を教えたことは一度もない。
男は、笑みとも痙攣とも取れる動きを痩せた頬に浮かべ、白い殻の実の中身を手のひらに乗せた。渋皮に包まれクリーム色をしたそれは、まるで脳みそのような形をしている。
「藍果ちゃんもどうだ? こいつはヤドリ蔦っていう植物の実らしい。ちゃんと量を守ればこんなふうにはならねぇんだと。いい夢が見れるぞ」
周りの壁の亀裂からは、大小様々な〈ヤドリ蔦〉が顔を出していた。指程度の太さのものから足くらいの太さのもの。互いに絡み合い、電柱ほどのサイズになっているもの。そのうちの一つはスッパリと切れていて、断面から滲む液体が岩肌を赤く染めている。おそらく、あれがさっき私達を襲ったものだろう。
「あ、の……っ! 瀬名は、アヤちゃんは、無事なんですか!」
「藍果」
弓丸が、刺激するなとでも言うように小声で私を制する。けれど、黙ってなんていられなかった。
「瀬名ちゃん、彩ちゃん、眞月ちゃんか? お前のお友達に見せてもらった夢はな、どれも俺よりずっと綺麗で……だから」
コツン。
からん。
棘の先から膿のように染み出した液体が、丸い実となって地面に転がる。
「なぁ。俺のこと、助けてくれよ」
「えっ……え?」
肘を立て、男がゆっくりと上体を起こす。
「あの女の子達のことをさぁ、心配するみたいに。俺にも、大丈夫かって言ってくれ」
穴が空き、薄汚れたTシャツにほつれた半ズボン。それから、毎朝のゴミ出しで嗅ぐにおい。
「……ふ、ふ。俺の真実ってやつを教えてやろうか。なぁ」
ざんばらに切られ、使い古した箒のように傷んでしまった髪の毛が、男の表情を覆い隠す。むくんだ左手、何も付いていない薬指。
「この実を渡してくれたあいつだって、本当は俺を助けるつもりなんぞ無かったんだ!」
「……あ」
思い——出した。私は、この男を知っている。
いつも通り抜けする公園のそばに、腫れ物扱いされている家があった。物置のすりガラスいっぱいにうずだかく積もったがらくた、収まり切らず外に出された洗濯機。その横にうずくまって、毎朝タバコを吸っていた男だ。
彼はヤドリ蔦の実を投げ捨てて、肩を震わせ奇声を上げた。それはきっと悲鳴だった。
その声に一瞬気を取られ、弓丸の反応がわずかに遅れる。唸る一撃が弧を描き、その間隙に蔦の雨が降りそそぐ。
圧倒的な攻撃の密度——太刀の一振りでさばききれる量ではない。
弓丸は止めたのに、私が、この男を刺激してしまったから。そもそも、もう失うものがない彼に、もう人の体さえ失くしてしまったこの男に、私の姿で声をかけることそのものが。
「動くな藍果!」
弓丸の声が響き、次の瞬間視界が黒く塗りつぶされた。
チャ、と弓丸の太刀が鳴る。
棘を持つ蔦が複数絡み合い、木の根のように変化した両脚。その末端は岩肌の隙間へと千々に潜り込み、足の形を保っていない。男は、濁った瞳に私を収め、無精《ぶしょう》ひげに埋もれた半開きの口をもごもごと動かした。
「で、歩道橋にいた妙なガキが一人……ふうん」
「ゆ、弓丸、この人と会ったことあるの?」
「いや。藍果は?」
「私もない……と思うんだけど」
なんとなく、なんとなくだけれど、どこかで見たことがあるような。ただ、これだけは断言できる。
私は、この男に名前を教えたことは一度もない。
男は、笑みとも痙攣とも取れる動きを痩せた頬に浮かべ、白い殻の実の中身を手のひらに乗せた。渋皮に包まれクリーム色をしたそれは、まるで脳みそのような形をしている。
「藍果ちゃんもどうだ? こいつはヤドリ蔦っていう植物の実らしい。ちゃんと量を守ればこんなふうにはならねぇんだと。いい夢が見れるぞ」
周りの壁の亀裂からは、大小様々な〈ヤドリ蔦〉が顔を出していた。指程度の太さのものから足くらいの太さのもの。互いに絡み合い、電柱ほどのサイズになっているもの。そのうちの一つはスッパリと切れていて、断面から滲む液体が岩肌を赤く染めている。おそらく、あれがさっき私達を襲ったものだろう。
「あ、の……っ! 瀬名は、アヤちゃんは、無事なんですか!」
「藍果」
弓丸が、刺激するなとでも言うように小声で私を制する。けれど、黙ってなんていられなかった。
「瀬名ちゃん、彩ちゃん、眞月ちゃんか? お前のお友達に見せてもらった夢はな、どれも俺よりずっと綺麗で……だから」
コツン。
からん。
棘の先から膿のように染み出した液体が、丸い実となって地面に転がる。
「なぁ。俺のこと、助けてくれよ」
「えっ……え?」
肘を立て、男がゆっくりと上体を起こす。
「あの女の子達のことをさぁ、心配するみたいに。俺にも、大丈夫かって言ってくれ」
穴が空き、薄汚れたTシャツにほつれた半ズボン。それから、毎朝のゴミ出しで嗅ぐにおい。
「……ふ、ふ。俺の真実ってやつを教えてやろうか。なぁ」
ざんばらに切られ、使い古した箒のように傷んでしまった髪の毛が、男の表情を覆い隠す。むくんだ左手、何も付いていない薬指。
「この実を渡してくれたあいつだって、本当は俺を助けるつもりなんぞ無かったんだ!」
「……あ」
思い——出した。私は、この男を知っている。
いつも通り抜けする公園のそばに、腫れ物扱いされている家があった。物置のすりガラスいっぱいにうずだかく積もったがらくた、収まり切らず外に出された洗濯機。その横にうずくまって、毎朝タバコを吸っていた男だ。
彼はヤドリ蔦の実を投げ捨てて、肩を震わせ奇声を上げた。それはきっと悲鳴だった。
その声に一瞬気を取られ、弓丸の反応がわずかに遅れる。唸る一撃が弧を描き、その間隙に蔦の雨が降りそそぐ。
圧倒的な攻撃の密度——太刀の一振りでさばききれる量ではない。
弓丸は止めたのに、私が、この男を刺激してしまったから。そもそも、もう失うものがない彼に、もう人の体さえ失くしてしまったこの男に、私の姿で声をかけることそのものが。
「動くな藍果!」
弓丸の声が響き、次の瞬間視界が黒く塗りつぶされた。
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