神に触れしは鎖の少女

戸浦みなも

文字の大きさ
上 下
8 / 16
ヤドリ蔦の羨望

第8話__誘う洞穴、あるいは悪癖

しおりを挟む
「ただ、その前に」

 弓丸はおもむろに太刀たちを抜き、その先で足首の肌を突いた。

「なっ、え……」
 弓丸の柔らかくきめ細やかな肌に、玉のような血が浮かんで太刀の先へと移る。赤い薄衣うすぎぬを身に絡め、薄暗がりで背を向ける白刃。
「それ、外して。下に置いていいから」
 うろたえるわたしとは正反対に、弓丸は落ち着き払って太刀で社の外を指した。
「こ、このつたのやつ?」
「そう。早く」
 言われた通り、守り刀から蔦の切れ端を取り外して石畳の上に置く。弓丸がその断面に血を垂らせば、蔦の切れ端は水を得た魚のように動き出す。
「うわっ、わっ、わ」
 さながらトカゲの尻尾しっぽだ。雨で湿った地面の上をかなりのスピードでい、石段の方へと向かっていく。
「追うよ。その先に本体がいる」





 昔あったらしいお堂の跡地。その岩陰にかくれていた洞穴の中へと、その蔦は消えていった。
「ここは……」
 入口の上部には太い木の根が張っている。地面が掘り下げられていて、洞穴の高さは百四十センチほど。私が入るにはかがむ必要がありそうだが、弓丸にその必要はなさそうだ。ご丁寧なことに、壁のくぼみには火皿と芯が置かれており、それには火がともされていた。揺れる炎の小さな明かりが、点々と奥へ続いている。
「ねぇ、弓丸……さん、ここに入る……」

 とさっ。かちゃん。
 子どもの体が、地に崩れ落ちたような音。それから、金属の擦れ合う音が。

「弓丸……っ!」
 弓丸は、腰が抜けたようにその場でへたり込み、きゅうっとすぼまった縦長の瞳孔どうこうを洞穴の奥へと向けていた。顔面蒼白そうはく茫然ぼうぜん自失——元々色白な顔からさらに血の気が引いていて、金色の欠片かけらが散る瞳、それを縁取ふちどる長いまつげがくっきりと際立つ。まるで人形のようでさえあったが、小刻みに震える肩、切れぎれの呼吸が、そんな戯言ざれごとを否定していた。どう見たって普通の状態ではない。

「ね、ねぇ弓丸、ゆっくり息……」
「か、ひゅ、わからない、な、なんで、こんっ……な」

 弓丸が激しくむ。せめて背をさすってあげようと手を伸ばしたが、にべもなく払われた。弓丸は目を見開いて下を向き、自分の体を手でかき抱くようにしながらかすれた声でぽつぽつとつぶやく。
「……拒むんだ。この、体は……どういうわけか、ここに入ることを拒否している」
 口元をぬぐって、弓丸は目の前の洞穴をにらみつけた。ぽっかりと開いたその空間からは、何の物音も聞こえてこない。ただ、等間隔に奥へと続く小さな炎が、おいでおいでと揺れている。

「……行こう。ここまで来たんだ、逃げられる前に打って出る」
「で、でも、体調悪いんじゃ……」
「大丈夫」

 弓丸は手首につけていたブレスレットから、玉を一つ引き抜いた。それを指に挟み、手品でもするように軽く手を振る。すると、その玉は一本の長い矢に姿を変えた。矢羽の付け根には青い糸がくくられており、先端には丹念にみがかれた鋭いやじりが光っている。
「それ……」
「……僕、神様だからね。こういうこともできるわけ」
 ばた、ばたた、と再び雨足が強まってきて、岩や草木に身を打っては砕け散る。
 弓丸は、その矢を両手で逆手に持ち、ゆっくりと息を吐き出した。矢を握る手が、かすかに震えている。

 まさか!

 私がその手をつかむよりも一瞬早く、弓丸は矢の先端をはかまの上へと振り下ろした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

糸と蜘蛛

犬若丸
ファンタジー
瑠璃が見る夢はいつも同じ。地獄の風景であった。それを除けば彼女は一般的な女子高生だった。 止まない雨が続くある日のこと、誤って階段から落ちた瑠璃。目が覚めると夢で見ていた地獄に立っていた。 男は独り地獄を彷徨っていた。その男に記憶はなく、名前も自分が誰なのかさえ覚えていなかった。鬼から逃げる日々を繰り返すある日のこと、男は地獄に落ちた瑠璃と出会う。 地獄に落ちた女子高生と地獄に住む男、生と死の境界線が交差し、止まっていた時間が再び動き出す。 「カクヨム」にも投稿してます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

うちの兄がヒロインすぎる

ふぇりちた
ファンタジー
ドラモンド伯爵家の次女ソフィアは、10歳の誕生日を迎えると共に、自身が転生者であることを知る。 乙女ゲーム『祈りの神子と誓いの聖騎士』に転生した彼女は、兄ノアがメインキャラの友人────つまり、モブキャラだと思い出す。 それもイベントに巻き込まれて、ストーリー序盤で退場する不憫な男だと。 大切な兄を守るため、一念発起して走り回るソフィアだが、周りの様子がどうもおかしい。 「はい、ソフィア。レオンがお花をくれたんだ。 直接渡せばいいのに。今度会ったら、お礼を言うんだよ」 「いや、お兄様。それは、お兄様宛のプレゼントだと思います」 「えっ僕に? そっか、てっきりソフィアにだと………でも僕、男なのに何でだろ」 「う〜ん、何ででしょうね。ほんとに」

誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界

Greis
ファンタジー
【注意!!】 途中からがっつりファンタジーバトルだらけ、主人公最強描写がとても多くなります。 内容が肌に合わない方、面白くないなと思い始めた方はブラウザバック推奨です。 ※主人公の転生先は、元はシナリオ外の存在、いわゆるモブと分類される人物です。 ベイルトン辺境伯家の三男坊として生まれたのが、ウォルター・ベイルトン。つまりは、転生した俺だ。 生まれ変わった先の世界は、オタクであった俺には大興奮の剣と魔法のファンタジー。 色々とハンデを背負いつつも、早々に二度目の死を迎えないために必死に強くなって、何とか生きてこられた。 そして、十五歳になった時に騎士学院に入学し、二度目の灰色の青春を謳歌していた。 騎士学院に馴染み、十七歳を迎えた二年目の春。 魔法学院との合同訓練の場で二人の転生者の少女と出会った事で、この世界がただの剣と魔法のファンタジーではない事を、徐々に理解していくのだった。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。 小説家になろうに投稿しているものに関しては、改稿されたものになりますので、予めご了承ください。

声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~

卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。 この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。 エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。 魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。 アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。

あやかし憑き男子高生の身元引受人になりました

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
【あやかし×謎解き×家族愛…ですよね?】 憎き実家からめでたく勘当され、単身「何でも屋」を営む、七々扇暁(ななおうぎあきら)、28歳。 そんなある日、甥を名乗る少年・千晶(ちあき)が現れる。 「ここに自分を置いてほしい」と懇願されるが、どうやらこの少年、ただの愛想の良い美少年ではないようで――? あやかしと家族。心温まる絆のストーリー、連載開始です。 ※ノベマ!、魔法のiらんど、小説家になろうに同作掲載しております

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

♪イキイキさん ~インフィニットコメディー! ミラクルワールド!~ 〈初日 巳ふたつの刻(10時00分頃)〉

神棚 望良(かみだな もちよし)
ファンタジー
「♪吾輩(わあがはあい~)は~~~~~~ ♪一丁前(いっちょおうまええ)の~~~~~~ ♪ネコさんなんだもの~~~~~~ ♪吾輩(わあがはあい~)は~~~~~~ ♪一丁前(いっちょおうまええ)の~~~~~~ ♪ネコさんなんだもの~~~~~~ ♪吾輩(わあがはあい~)は~~~~~~ ♪一丁前(いっちょおうまええ)の~~~~~~ ♪ネコさんなんだもの~~~~~~」 「みんな、みんな~~~!今日(こお~~~~~~んにち~~~~~~わあ~~~~~~!」 「もしくは~~~、もしくは~~~、今晩(こお~~~~~~んばん~~~~~~わあ~~~~~~!」 「吾輩の名前は~~~~~~、モッチ~~~~~~!さすらいの~~~、駆け出しの~~~、一丁前の~~~、ネコさんだよ~~~~~~!」 「これから~~~、吾輩の物語が始まるよ~~~~~~!みんな、みんな~~~、仲良くしてね~~~~~~!」 「♪吾輩(わあがはあい~)は~~~~~~ ♪一丁前(いっちょおうまええ)の~~~~~~ ♪ネコさんなんだもの~~~~~~ ♪吾輩(わあがはあい~)は~~~~~~ ♪一丁前(いっちょおうまええ)の~~~~~~ ♪ネコさんなんだもの~~~~~~ ♪吾輩(わあがはあい~)は~~~~~~ ♪一丁前(いっちょおうまええ)の~~~~~~ ♪ネコさんなんだもの~~~~~~」

処理中です...